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第三章:復讐に燃える少女

成長させる治癒術《グロウヒール》

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 バラクーダの連中はヴァージャに任せ、フィリアを追いかけて森の更に奥地へと足を向けた。今回の依頼の討伐対象はオーガって話だけど、受付嬢の話はどうにもあやふやだった。

 オーガらしき魔物が目撃されているものの、それが本当にオーガかどうかはわからないのだそうだ。

 魔物も種類によって性格は様々で、人間の姿を見かけたら逃げていく臆病なものもいれば、逆に襲いかかってくるのもいる。今回の討伐対象になっているオーガがまさにそうだ。人間を見かけると襲ってくる狂暴な魔物だから、発見次第ギルドに「倒してくれ」という依頼が入る。

 オーガは身の丈三メートル近くはある筋骨隆々の魔物で、ひどく乱暴だ。まだ十歳の女の子が一人で相手をするなんて危険すぎる。オレがいたって役に立つかどうかと言われれば微妙すぎるところだけど。


「グオオオオオッ!!」
「――!」


 焦燥に駆られながらフィリアの姿を探して先に進んでいくと、わりと近くから猛獣の雄叫びが聞こえてきた。大気がビリビリと震えるような錯覚を受けて、思わず足が止まる。出どころは――ちょうど真正面、目の前の茂みの奥辺りだ。気を抜いたら竦みそうになる身を叱咤して向かった先、そこには想像以上にずっと悪い状況が待っていた。

 やっと見つけたフィリアは、魔物と正面から睨み合っている。けど、その魔物は考えていたようなオーガとは全然別物で。オーガのような身体を持ちながら、頭部だけは猛牛の形をしたそれは、ブルオーガと呼ばれる極めて危険な魔物だった。フィリアは魔術を使うタイプらしく魔法円をび出してるけど――無茶だ、間に合わない!


「フィリア、よせ!」
「こんな、こんなやつに負けてたらクランなんてやっていけないわ!」


 ブルオーガはフィリアを敵と認識したらしく、いきり立って襲いかかった。フィリアは正面に魔法円を展開し、無数の風の刃を飛翔させたが、それらはブルオーガの身に直撃こそしたもののダメージを与えることさえできず、キンキンと高い音を立てて綺麗に弾かれてしまった。

 それに瞠目する暇もなく、ブルオーガは勢いそのままに右腕を振るう。慌てて手を伸ばしたけど――わずかに間に合わず、無情にもオレの目の前でフィリアの細く頼りない身は薙ぎ払われた。枯れ木のように殴り飛ばされてきた彼女の身を受け止めて怪我の具合を窺ったけど、確認などしなくても重傷なのが一目でわかる。


「……っ! フィリア、おい!」


 胸部から右脇腹にかけて、深い裂傷が刻まれていた。止め処なく流れ出る血が草を赤く染め上げていく様は、見ているだけでも恐ろしい。

 どうしよう、どうしたらいい。治療しようにも、力の使い方とかまだ全然教わってなかった。あの時、ヴァージャはどうしてたっけ。確か、傷口に手を翳して……ああもう! 何でもいいからとにかく治ってくれ、目の前でこんな小さい子供が死んでいくなんて冗談じゃない!

 ぐったりとするフィリアの身を抱き締めると、不意に目が眩むような強い光が彼女の胸部に出現した。白光の輝きは瞬く間にその身に刻まれていた傷を修復し始め、あっという間に元通りにしていく。まるで最初から怪我なんかしてなかったみたいに。

 これが、ヴァージャの言ってた巫術ってやつ……なのか?


「グ、ググッ、グオオオオッ!!」


 すると、それを見たブルオーガは余計に腹を立てたらしく、再び雄叫びを上げて猛然と襲いかかってきた。やべ、こいつのことすっかり忘れてた――!
 回避は今からじゃ到底間に合いそうにない、受ける……しか、ないのか。

 そんな時だった。オレとフィリアを囲むように五つの魔法円が宙に出現したかと思いきや、それら全てからゴツい雷が出現し、一直線にブルオーガ目掛けて叩きつけられる。雷撃は頑強なその身に確かなダメージを与えることに成功した。

 でも、ヴァージャが来てくれたのかと思ったけど、どうやら違うようで。


「よくも……ッ、やってくれたわね! 倍にして返してやるんだから!!」
「え、えっ、ちょっ……フィリ、フィリアさん? あの……」


 そのゴツい雷も、五つも浮遊する魔法円もフィリアが展開したものだった。ぐったりしていたはずの身はすっかり元気になったようで、これまでの大人しそうな印象を派手に裏切って、その可愛らしい顔を憤りに染め上げている。展開したままの魔法円は彼女の感情の昂りに応えるかのように力強い輝きを纏い、再び雷撃を放った。


「グオオォン! ギャヒイィン!」
「待ちなさいよ! こらぁ!!」


 ついさっきまで、魔法円をひとつしか出せなかった女の子が、放った魔術でダメージすら与えられなかったか弱い女の子が。
 今や五つの魔法円を展開させて、逃げ惑うブルオーガを魔術でボッコボコにしている。それはあまりにも衝撃的過ぎる光景だった。確かブルオーガって討伐難易度Aくらいの、秀才グロスたちでさえ苦戦を強いられるような魔物だったはずなんだけど。


『――傷を治療してやるたびに、相手を成長させる。お前に傷を治されると単純に強くなるわけだ』


 ……絶対あれだ、ヴァージャがさっき言ってたあれだ。巫術とグレイスを混ぜたヤバいやつだ。性格まで変わってるように見えるのは気のせいか?

 それにしても……なんか、思ってた以上にヤバい力のような気がする。今更ながら少し怖くなってきた。
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