上 下
22 / 172
第二章:ウラノスとウロボロス

太古の昔・1

しおりを挟む

 目を開けると、どうしたことか見覚えのない森の中にいた。
 右を見ても左を見ても辺り一面木々に覆われた森の中、傍には小川が流れていてひとつの濁りもない水が止まることなく流れ続けている。

 ……えっと、オレはいったいどうしたんだっけ。なんで、こんなところにいるんだ?

 ここに至るまでの経緯を思い返そうとしても、頭の中にぼんやりとモヤがかかっているようでまったく思い出せない。しばらくそうしていると、ふと森の奥から人がやってくるのに気づいた。


「……? あれは……」


 程なくして、腰の曲がった爺さんと長い髪を左右ふたつのおさげに結った少女が歩いてきた。けど、どちらも独特のいかにも民族衣装らしきものに身を包んでいて、スターブルの街周辺では見かけない装いだった。それこそ、こうした森の中に隠れ住んでいる一族みたいな雰囲気が漂っている。

 軽やかな足取りで弾むように歩いてくる少女は傍らの爺さんと楽しそうに話をしていて、オレのことなんて眼中にもないようだった。二人の目の前に出て声をかけてみようとした時――不意に、彼らの身がオレの身体をすり抜けた。


「……え? なにこれ……」


 ……どうやら、眼中にないというよりは単純に見えていないだけらしい。試しに近くの木に触ってみようとしたけど、やっぱり触れることはできずにするりとすり抜けるだけ。なんだ、オレはいったいどうしちまったんだ。


「……小川はあるけど、まさか三途の川とは言わないよな」


 とにかく、こうしてても仕方ない。他にできることもなさそうだし、さっきの爺さんと女の子を追いかけてみよう。まずは、ここがどこなのか現在地を確かめないとな。


 爺さんと女の子が歩いていった方を駆けていくと、思っていたよりも早くその姿を見つけることができた。どうやら森の最奥に向かう途中で、さっきすり抜けた場所はもう最奥の手前だったらしい。二人は森の奥地で、何か・・を仰ぎ見ていた。何を見ているのかとその視線を追ってみて、思わず身構えてしまう。


「……! ヴァ、ヴァージャ……!?」


 いつかの時に見た、あの馬鹿デカい身体を持ったドラゴンが――ヴァージャがいたからだ。見事な緑色の鱗に覆われたその身は、間違いない。理性を失って暴れていた竜の姿のヴァージャだった。この姿は一度見たらそうそう忘れられるものじゃない。


「……あれ、目の色が……」


 あの時と違って、その瞳はいつもと変わらない穏やかな黄金色をしている。確か暴れ回ってた時や洞窟でいきなり襲ってきた時は血のように真っ赤な目をしていた……気がする。それに、暴れ出すようなこともなく、今のヴァージャはひどく落ち着いていた。鱗に覆われた長い尾をゆったりと揺らして、自分を見上げる爺さんと女の子を見下ろしている。すると、少女は胸の前で手を合わせて必死に声を上げた。


「翼の君、翼の君。どうかお願いです、雨を降らせてください。今年はずっと日照りが続いていて、作物が駄目になってしまいそうなの」


 少女がそう懇願すると、ヴァージャはゆったりとした動きで天を仰ぐ。それから間もなく、深い森の中であるにもかかわらず、ぽつりぽつりと天から雨粒が降ってきた。それを見るなり、爺さんも少女も跳びはねんばかりに大喜びをして、深々とヴァージャに頭を下げる。そして、先ほど辿ってきた道を今度は大急ぎで戻り始めた。その顔に嬉しそうな笑みを浮かべながら。

 相変わらずオレの姿は見えないようで、二人はまたオレの身体を真正面からすり抜けて突っ切っていった。

 改めてヴァージャを見てみると、やはり暴れ出すようなこともなく落ち着いている。眠そうに大きな欠伸なんて洩らしてるくらいだ。大きな両翼を折りたたんで腹這いになったかと思いきや、そのまま目を閉じて寝息なんぞ立て始めた。ヴァージャでさえ、今のオレには気付いていないようだった。


「これってもしかして……」


 ただの夢っていう可能性も否定はできないんだけど、これはもしかして、もしかしなくても――ヴァージャの昔の記憶か何かなんじゃないだろうか。まだ神さまとして人々から崇められていた時の。

 ……そういえば、ヴァージャと過ごすようになってそれなりに経つけど、オレってあいつのことほとんど何も知らないんだよな。もしこれがヴァージャの過去の記憶なら、いい機会かもしれない。

 取り敢えず、このヴァージャらしきドラゴンは惰眠を貪り始めちまったし、さっきの爺さんと女の子を追ってみよう。何かわかることがあるかもしれない。どうせ今の状況でできることも他にないしな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

処理中です...