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第二章:ウラノスとウロボロス

天才VS神さま

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 先ほどのように一斉に襲いかかったウロボロスのメンバーたちは、放った術の全てを叩き返されて呆気なく倒れ伏した。文字通りお返しされたとかじゃなく、彼らの放った術はヴァージャの身に触れる前にぐにゃりと軌道を百八十度変えて、術者たちの元へと跳ね返ってしまった。


「う、嘘よ、こんなの……! 有り得ませんわ……っ!」


 今回はマックやみんながいるからと口にしていたヘクセも真っ青になって座り込みながら、相変わらず涼しい顔をしたまま佇んでいるヴァージャを見据える。その顔は完全に怯えていた。


「テメェ……ふざけた真似してくれやがるじゃねえか!」


 それを目の当たりにしたマックはこめかみに青筋を立てると、大剣を片手にヴァージャ目掛けて飛び出した。それに続いてティラや他の前衛組も一斉に駆け出す。これまではヘクセやロンプのような魔法型の相手だけだったけど、さすがに近接戦闘となるとキツいんじゃ……。


「ぶっ飛んじまいな!!」


 マックの薙ぎ払うような渾身の一撃は――確かにヴァージャに直撃した。いや、直撃は・・・した。
 けど、鋭い切れ味を持つマックの大剣であるにもかかわらず、当のヴァージャは涼しい顔をしたまま片手ひとつで難なく受け止めてしまったのだ。その手の平にはやっぱり傷さえ刻まれていないのか、血ひとつ出やしない。マックはその光景を信じられないとばかりの表情で凝視するしかなかった。

 一拍遅れてティラたちが全員一斉に飛びかかったが、ヴァージャが逆手を彼らに翳すとその身を中心に衝撃波のようなものが発生した。何重にも重ねてかけられているはずの防壁はヴァージャの前では何の意味もなさず、ガラスが割れるような音を立てて砕け散る。


「ぐわああぁ!」
「きゃあぁッ!?」


 その衝撃波は、近くにいたマックはもちろんのこと、ティラを含めた前衛組を全員吹き飛ばしてしまった。

 その一連の反撃だけで、前衛組のほとんどが動けなくなってしまった。自分たちだってまだ本気なんて出していないだろうに、多分それでも勝てる気がしないんだろう。あのティラも地面に座り込んだまま、食い入るようにヴァージャの姿を見つめていた。

 けれど、やっぱりマックだけは目の前の現実を受け入れられなかったらしい。当然だ、ずっと天才天才って持て囃されてきたんだから、そんな自分が手も足も出ない相手なんていていいはずがない。

 再び大剣を手に立ち上がると、よりその顔に憤怒を滲ませて猛然と襲いかかった。それと同時にマックの大剣が力強い赤の輝きに包まれる。確かあれは、一時的に攻撃力を上昇させる補助的な役割を担う法術のひとつだ。


「手加減してやんのは終わりだ! 調子に乗りやがって!」


 一気に間合いを詰めたマックが再び渾身の一撃を繰り出すと、思い切り振られたその攻撃は――虚空を切った。一瞬にしてヴァージャがその場から姿を消し、あろうことか即座にマックの背後を取ったのだ。ヘクセが咄嗟に「マック後ろ!」と叫んだが、それはあまりにも遅すぎた。

 ヴァージャが片手を振り上げ、手刀の形でその手を勢いよく振り下ろせば、頑丈な鎖かたびらに覆われていたはずのマックの背中は容易に叩き斬られたようで、鎧が吹き飛び、次の瞬間鮮血があふれ出す。背中は一種の致命傷だ、さしものマックもその背中をやられてしまったら反撃もできないようだった。

 ヴァージャはそんなマックの片足首を掴むと、その身を片手で持ち上げる。がっしりとした体格の成人男性を片腕一本で持ち上げるなんて、普通は間違ってもできないことだ。マックはほぼ宙吊りの形で忌々しそうにヴァージャを睨みつけているようだった。


「テ、メェ……いったい、何者……ッなんでテメェみてえなのが、あんな無能野郎なんかと……」
「ふむ、リーヴェ。この場合、領地戦争とやらはどうなるのだ。統治権を得たばかりの者を叩きのめしてしまったが、私はクランというものに入っていないぞ」
「……え? ええっと……」


 そんなほとんど前例がないことをいきなりふられても。
 すると、傍にいた強面のおっちゃんが代わりに答えてくれた。その顔には隠し切れない期待の色が滲んでいる。


「た、確か、勝ったやつが決めていいはずだ。自分でクランを作って統治するか、もし統治権を第三者に譲るならどこに譲るのか……とか」
「勝手に決めるんじゃねえ! 領地戦争は大将が戦えなくなるまでだ! 俺様はまだ――」
「私にはこれ以上弱者を甚振る気はない。弱い者いじめ・・・・・・は趣味ではないのでな」
「……!!」


 マックにとって、ヴァージャのその言葉は許し難いものだったんだろう。ほんの一瞬だけ、その表情と瞳にあふれんばかりの憎悪が滲んだ。天才として生まれて、天才として生きてきたわけだから当然“弱者”と言われたことなんて一度もないはずだ。ましてや、弱い者いじめなどと。それはマックのどの山よりも高いプライドを粉々に打ち砕いたに違いなかった。

 ヴァージャは掴んでいたマックの足首を掴んだまま、その身をティラたちの方へと放り投げる。そして、いつかの時と同じようにひと睨みすると、マックの身体は更に大きく吹き飛んだ。建物の傍に積んであった木箱に激突して、そのままぐったりと項垂れる。どうやら意識を飛ばしたらしい。

 その圧倒的な力の差を目の当たりにして、ティラやヘクセたちはもちろん、ウロボロスのメンバーはすっかり戦闘意欲を失ってしまったようだ。一拍ほど遅れて我に返ると、彼らは大慌てでマックの傍に駆け寄り、その身を引きずって街から出て行った。今回もやっぱり「覚えてなさいよ!」という捨て台詞だけは忘れずに。


「……やった……」
「やった、やったわ! ウロボロスがこの辺りを支配するのはなくなったのよね!?」
「そうさ! あいつらの横暴に従わなくて済むぞ!」


 ウロボロスの面々が見えなくなって数拍後、辺りからは次々にそんな歓喜に満ちた声が上がった。ミトラとアンも手を取り合って喜んでいる。そりゃそうだよな。
 オレもちょっと安心した、安心したら眠くなってきた。……出血、多かったからなぁ。とにかく今は、ヴァージャを労ってやらないとな。

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