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第一章:最弱と最強
落としものはどこですか
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「うわっ!?」
底が見えない崖っぷちを一歩一歩慎重に進んでいく最中、不意に足を置いた岩場が崩れ落ちる。
慌てて近くの岩壁にしがみついて転げ落ちることだけは避けられたけど、いつまで続くんだ、この緊張状態は。
明かりが乏しいせいで崖の下がどうなっているのかまったく見えやしない。つい今し方崩れ落ちた破片の数々が底に激突した音は……まだ聞こえなかった。それだけで、この穴がどれだけ深いのかが容易にわかる、むしろ考えたくない。
「リーヴェ、あった?」
「い、いや、まだ……見当たらないな。薄暗いからよく見えなくてさ」
そんな時、不意に頭上から耳慣れた声が聞こえてくる。
視線だけを上げてそちらを見ると、今日も今日とて可愛い彼女――ティラがいた。
なんでこんな今にも崩落しそうな崖っぷちにいるのかと言うと、それはこの可愛い彼女が大事な婚約指輪を洞窟の崖付近に落としてしまったと言うからだ。指輪をなくしてしまったとわんわん泣く彼女をあやして宥めていたのはいいが、するとティラは「じゃあ探して」などと言い出した。
同じデザインの指輪を改めて贈ると言っても嫌だと言うし、じゃあ別のを、と言ったらもっと嫌だと言う。あれがいいんだと。結婚を控えた可愛い彼女にそう言われてしまっては、断ることもできないわけで。
日も暮れかかった時間帯であるにもかかわらず、ティラに引っ張られる形でこうして洞窟まではるばるやってきたというわけだ。落とした指輪を探しに。
「な、なあ、ティラ。もう暗くなったしまた明日にしないか?」
「だめ! 他の人に拾われちゃったらどうするの!?」
「夜遅くにこんな洞窟に来るやついないって……」
「甘いわね、リーヴェだってあの噂は知ってるでしょ?」
「ドラゴンの怪物が出るって話だろ、だから帰ろうって言ってるんだよ……」
俺たちが現在潜ってるこの洞窟は、夜になると大きなドラゴンの魔物が出るって結構前から噂になってる場所だ。つまり、かなり危険なダンジョンなわけで。もう外はすっかり暗くなってるだろうから、噂が本当ならいつそのドラゴンが出てきてもおかしくはない。
けど、ティラは大きな胸を張って力説し始めた。
「もう、リーヴェってほんとダメね。そういう怪物がいるって噂があるからこそ人が来るのよ。あの怪物には多額の懸賞金が懸けられてるんだから、腕に覚えのある人ならその怪物を倒そうとするのが当たり前ってわからないの?」
「はあ……懸賞金ねぇ……」
「なぁに? 不満そうだけど……」
「いや、怪物が出るとは聞いたけど被害はまだ出てないんだろ? 特に悪さをしたわけじゃないのに金のために討伐されるなんて、可哀想だなと思ってさ」
いつからか、この洞窟にはドラゴンの怪物が出ると言われるようにはなったが、誰かが襲われて怪我をしただとか殺されただとか、そんな話はまだ聞いていない。もちろん、今まで何もなかったんだから今後も大丈夫だなんて保証はどこにもないけど。
それでも、ただ生きてるだけで勝手に金を懸けられて殺されるなんて可哀想じゃないか。
でも、オレのその言葉を聞いたティラは「理解できない」というような複雑な表情を浮かべた。
「リーヴェって本当に変だよね、怪物に対して可哀想だなんて普通は思わないでしょ……」
……そうかな。ティラが言うならそうなんだろうな。
雑談はそこそこにして、また一歩足を進めようとした時――ふと鼓膜に低い音のようなものが響いた。
「……ん?」
それが唸り声だと気付いたのは、果てが見えない真っ暗な崖下から聞こえてくるその音が唸るようなものに変わった頃だった。暗い真っ黒な空間にギラリと真紅の輝きがふたつ。猛然と迫ってくるその光は、崖下からやってくる何者かのもの。
噂をすれば何とやら……とはよく言うけど、言うけどさぁ!
「ティラ! 逃げろ!」
「え? えっ?」
真下から迫ってくるものが非常にヤバい生き物だと、本能が大声で悲鳴を上げる。辛うじてティラに声を掛けることだけはできたけど、オレは場所が場所だ。足場が不安定な崖っぷちで、咄嗟に上になんて登れるはずもなくて。
次の瞬間、全身が大きく揺さぶられるような、口から内臓も何もかも飛び出てしまうんじゃないかってくらいの衝撃を受けた。脳が揺れて目の前が真っ暗になる。そのまま、吸い込まれるように意識が呑み込まれていった。
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