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第十章・蒼竜ヴァリトラ
神さまはどこに
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エクレールをテルメースに会わせることはできたものの、やはりテルメースがそのまますぐに目を覚ますことはなかった。
ヴィーゼの話では命に別状はないとのこと、恐らく彼女の身に疲労が蓄積しすぎているのだろう。ヴェリア大陸がどのような状態なのか、これまでどういう生活を強いられてきたのか想像するしかできないため確かなことは言えないが、疲れていないはずがない。
もう夜も遅く、今からでは宿の部屋も空いているかわからないということで、ジュードたちもそのまま城に泊めてもらうこととなった。水の国から同行を申し出てくれた騎士たちもいるため、非常に有難いことだ。
水の国でそれなりに休めはしても、ここまでの旅路でクタクタだ。ジュードはその日、随分と久方振りにぐっすりと眠ることができた。
――とは言え、いつものように夢の中で手合わせはするのだが。
『はあああぁッ!』
上体を低くして身体全体を使うように剣を振るうと、その切っ先が微かにジェントの片足を掠める。直撃こそ難しいものの、卓越しすぎたその動きにようやく目だけでなく身体も慣れてきたようだ。もちろん、それだけで勝てる相手ではないのだが。
どこからどう攻めても捉えることが難しい相手。力の差はまだまだ大きい。
それでも、ジュードはこの時間が好きだった。
素早く体勢を立て直すなり、即座に飛び出して離れた距離を一気に詰める。思いきり振るった刃は――今度は回避ではなく、真正面から同じく剣によって受け止められた。鍔迫り合いの形になり、間に互いの得物を挟んで武器越しに睨み合う。
『ジェントさん、この前のあの技、あれでいいんですか?』
『ああ、あれでいいんだよ。あれが……閃光の衝撃、本当なら手本でも見せれれば一番よかったんだが……あれは気功を操る技でな、生身の肉体がないこの状態では難しい』
『閃光の衝撃……』
ネレイナに向けて叩き込んだあの一撃は、ジュード自身が無我夢中でほとんど覚えていない。ぶっつけ本番になってしまったものの、どうやら問題なかったようだ。竜化したネレイナを一撃で元に戻すほどの威力があった、あれを自由自在に出せるようになればジュードにとって大きな力になってくれるだろう。
『うわッ!?』
『言っておくが、大技ひとつあれば楽になるとは思わないことだ』
ほんの一瞬の隙をついて、ジェントが鍔迫り合いになっていた刃を寝かせて身を退いた。それと同時に身を落とし、バランスを崩しかけたジュードの足を問答無用に蹴り払うものだから、満足に受け身も取れないままその場に転ぶしかなかった。まったく油断ならない、少しでも気を抜くとまるで風のようにすり抜けておちょくるように仕掛けてくる。
いつかこの人を越えたいとは思うが、果たして本当にそんな日は来るのか否か。
* * *
『書状も残すところあと一枚か、滞りなく進むといいんだが』
『ああ、この国の王さまなら大丈夫ですよ。オレもそうだけど、ウィルとマナも顔見知りだし……こう、親戚のおじさんみたいな』
『……王族、なんだよな?』
『はい、風の国の王族は王さまも王妃さまも、さっき会ったヴィーゼ王子もみんな庶民派なんです。民と距離が近いっていうか、堅苦しいのを嫌う人たちで。前線基地にも積極的に支援を行ってきたんですよ』
手合わせが終わっても、まだ現実世界のジュードの身体は目覚めそうにない。そのため、今日もこうして雑談に花を咲かせることになった。
この白の宮殿は、いつも変わらない。今日も変わらず四季の花々が綺麗に咲き誇り、高い天井から射し込む光に照らされている。
ジュードは、この風の国ミストラルでウィルやマナと共にグラムに育てられた。
養父であるグラムが顔の広い男であることも手伝い、風の国全土に色々な知り合いがいると言っても過言ではない。この国の王族もそうだ。剣の名匠と謳われるグラムは騎士団が使う武具も手掛けているため、まるで親戚か何かのような付き合いだった。非常に目をかけてくれている。
だからこそ、風の国の王族がどのような性格なのか当然知っているのだ。そして、彼らが同盟の話を断るはずがないということも。
『まあ……それなら大丈夫そうか。地の国が色々と大変だったからな』
『そうですね、でもこれでやっと役目を果たして終われるんだと思うとちょっと安心します』
最初に使者を頼まれた時はどうなることかと思ったが、ようやく終わりが見えてきたのだと思うと肩に入っていた力が自然と抜けていくようだった。いくら考えることが苦手とは言え、使者として各国を巡るということがどれほど重要な役割かはさすがにジュードにだってよくわかる。その道中で本当に色々なことがあったものの、今はとにかく少しでも早く火の国に戻ってアメリアに報告したい。自分の出生のことを考えるのは、それからでも充分だ。
そこまで考えて、次にジュードが気になったのは神の行方についてだった。
『ジェントさん、神さまが生きてるならどうして姿を見せてくれないんでしょう?』
『俺もそれが気になってる、蒼竜ヴァリトラは自ら渦中に飛び込んでいくような勇ましい神だ。あの性格を考えると、今の状況を見て悠々と見物なんて決め込めるとは思えないんだが……』
この世界の創造主たる蒼竜ヴァリトラ――つまり神は、どうして人間たちの前に姿を現さないのか。なぜ手を差し伸べてくれないのか、かつての魔大戦の時のように。ライオットたち精霊が変わらず存在しているということは、彼らを創造した神もどこかで無事でいるはずなのだ。
神が降臨してくれれば、多くの人間たちにとって希望となるだろう。神、聖剣、神器。それらが揃えば魔族との戦いに光明を見出す者はもっと増えてくれるはず。地の国の者たちの考えだって、もしかしたら変わることもあるかもしれない。
神は何を思うのか、どこにいるのか。
考えても答えなど出るはずもないのだが、考えずにはいられなかった。
ヴィーゼの話では命に別状はないとのこと、恐らく彼女の身に疲労が蓄積しすぎているのだろう。ヴェリア大陸がどのような状態なのか、これまでどういう生活を強いられてきたのか想像するしかできないため確かなことは言えないが、疲れていないはずがない。
もう夜も遅く、今からでは宿の部屋も空いているかわからないということで、ジュードたちもそのまま城に泊めてもらうこととなった。水の国から同行を申し出てくれた騎士たちもいるため、非常に有難いことだ。
水の国でそれなりに休めはしても、ここまでの旅路でクタクタだ。ジュードはその日、随分と久方振りにぐっすりと眠ることができた。
――とは言え、いつものように夢の中で手合わせはするのだが。
『はあああぁッ!』
上体を低くして身体全体を使うように剣を振るうと、その切っ先が微かにジェントの片足を掠める。直撃こそ難しいものの、卓越しすぎたその動きにようやく目だけでなく身体も慣れてきたようだ。もちろん、それだけで勝てる相手ではないのだが。
どこからどう攻めても捉えることが難しい相手。力の差はまだまだ大きい。
それでも、ジュードはこの時間が好きだった。
素早く体勢を立て直すなり、即座に飛び出して離れた距離を一気に詰める。思いきり振るった刃は――今度は回避ではなく、真正面から同じく剣によって受け止められた。鍔迫り合いの形になり、間に互いの得物を挟んで武器越しに睨み合う。
『ジェントさん、この前のあの技、あれでいいんですか?』
『ああ、あれでいいんだよ。あれが……閃光の衝撃、本当なら手本でも見せれれば一番よかったんだが……あれは気功を操る技でな、生身の肉体がないこの状態では難しい』
『閃光の衝撃……』
ネレイナに向けて叩き込んだあの一撃は、ジュード自身が無我夢中でほとんど覚えていない。ぶっつけ本番になってしまったものの、どうやら問題なかったようだ。竜化したネレイナを一撃で元に戻すほどの威力があった、あれを自由自在に出せるようになればジュードにとって大きな力になってくれるだろう。
『うわッ!?』
『言っておくが、大技ひとつあれば楽になるとは思わないことだ』
ほんの一瞬の隙をついて、ジェントが鍔迫り合いになっていた刃を寝かせて身を退いた。それと同時に身を落とし、バランスを崩しかけたジュードの足を問答無用に蹴り払うものだから、満足に受け身も取れないままその場に転ぶしかなかった。まったく油断ならない、少しでも気を抜くとまるで風のようにすり抜けておちょくるように仕掛けてくる。
いつかこの人を越えたいとは思うが、果たして本当にそんな日は来るのか否か。
* * *
『書状も残すところあと一枚か、滞りなく進むといいんだが』
『ああ、この国の王さまなら大丈夫ですよ。オレもそうだけど、ウィルとマナも顔見知りだし……こう、親戚のおじさんみたいな』
『……王族、なんだよな?』
『はい、風の国の王族は王さまも王妃さまも、さっき会ったヴィーゼ王子もみんな庶民派なんです。民と距離が近いっていうか、堅苦しいのを嫌う人たちで。前線基地にも積極的に支援を行ってきたんですよ』
手合わせが終わっても、まだ現実世界のジュードの身体は目覚めそうにない。そのため、今日もこうして雑談に花を咲かせることになった。
この白の宮殿は、いつも変わらない。今日も変わらず四季の花々が綺麗に咲き誇り、高い天井から射し込む光に照らされている。
ジュードは、この風の国ミストラルでウィルやマナと共にグラムに育てられた。
養父であるグラムが顔の広い男であることも手伝い、風の国全土に色々な知り合いがいると言っても過言ではない。この国の王族もそうだ。剣の名匠と謳われるグラムは騎士団が使う武具も手掛けているため、まるで親戚か何かのような付き合いだった。非常に目をかけてくれている。
だからこそ、風の国の王族がどのような性格なのか当然知っているのだ。そして、彼らが同盟の話を断るはずがないということも。
『まあ……それなら大丈夫そうか。地の国が色々と大変だったからな』
『そうですね、でもこれでやっと役目を果たして終われるんだと思うとちょっと安心します』
最初に使者を頼まれた時はどうなることかと思ったが、ようやく終わりが見えてきたのだと思うと肩に入っていた力が自然と抜けていくようだった。いくら考えることが苦手とは言え、使者として各国を巡るということがどれほど重要な役割かはさすがにジュードにだってよくわかる。その道中で本当に色々なことがあったものの、今はとにかく少しでも早く火の国に戻ってアメリアに報告したい。自分の出生のことを考えるのは、それからでも充分だ。
そこまで考えて、次にジュードが気になったのは神の行方についてだった。
『ジェントさん、神さまが生きてるならどうして姿を見せてくれないんでしょう?』
『俺もそれが気になってる、蒼竜ヴァリトラは自ら渦中に飛び込んでいくような勇ましい神だ。あの性格を考えると、今の状況を見て悠々と見物なんて決め込めるとは思えないんだが……』
この世界の創造主たる蒼竜ヴァリトラ――つまり神は、どうして人間たちの前に姿を現さないのか。なぜ手を差し伸べてくれないのか、かつての魔大戦の時のように。ライオットたち精霊が変わらず存在しているということは、彼らを創造した神もどこかで無事でいるはずなのだ。
神が降臨してくれれば、多くの人間たちにとって希望となるだろう。神、聖剣、神器。それらが揃えば魔族との戦いに光明を見出す者はもっと増えてくれるはず。地の国の者たちの考えだって、もしかしたら変わることもあるかもしれない。
神は何を思うのか、どこにいるのか。
考えても答えなど出るはずもないのだが、考えずにはいられなかった。
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