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第十章・蒼竜ヴァリトラ
もうひとつの部隊、その行方
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水の王都シトゥルスを出て陸路で風の国に向かうこと、約三日ほど。
特に大きな問題に見舞われることもなく関所を越え、ジュードたちは久方振りになる風の国への入国を果たしていた。現在は関所の一番近くにある港街タラサに到着したばかり、という状態である。
ラギオとイスラたちに礼を伝えに精霊の里に立ち寄りたいところではあったのだが、今は状況が状況だ。魔族を倒して平和になったら、その時に改めて挨拶に行こうという話になった。その時はヘルメスも一緒に。
このタラサの街は風の国の中でも活気がある場所だが、どうしたことか今日は何となく物々しさが漂っていた。街人たちはこちらを見るなり、ジュードたちと共にいる水の国の兵士や騎士の姿に気付いてそそくさと離れていく。まるで逃げるように。
「どうしちゃったのかしら……?」
「おかしいですね、なんだか空気が張り詰めているような気がします」
「何かあったのだろうか、急ぎたいところではあるのだが……気になるな」
そんな街人たちを見てマナは疑問符を浮かべながら小首を捻り、リンファは辺りを見回して様子を窺う。シルヴァは困ったように眉尻を下げてリンファと同じように周囲をぐるりと見回した。
ジュードは馬車に近寄ると、中にそっと耳を澄ませる。ちびが中にいるのだが、特に唸っているような声は聞こえない。街の中に何らかの危険が潜んでいる――なんてことはなさそうだ。では、今のこの状況はいったい何か。
「おお? ジュードにウィルじゃないか、久しぶりだなぁ!」
「え?」
そこへ、声をかけてきた一人の男がいた。ウィルが真っ先に反応してそちらを見遣ると、そこには体格のいい中年男性の姿。ジュードとウィルはその男の顔を見るなり、揃って「あ」と声を洩らす。彼は、このタラサの街で武器防具屋を営む店主だ。ジュードがメンフィスに二刀流を勧められた時に短剣を買ったのも、その店だった。
「おじさん、久しぶり。なんか街の様子がおかしいけど、何かあったの?」
「ああ、それがなぁ……少し前にヴェリア大陸から船がやってきてよ、港の方が結構な被害を受けたんだ。それでみんな不安になってんのさ」
その情報に真っ先に反応したのは、エクレールだった。サッと青ざめるなり店主の男性に掴みかかるような勢いで詰め寄る。その表情はどこまでも必死なものだった。
「ヴェ、ヴェリアの船が!? 船は、船はどうなりましたか、ヴェリアの者たちはどこに!?」
「お、おぉ!? ヴェリアの連中ならフェンベルに行ったよ。怪我人が多くて、ここや近隣の村だけじゃ収容しきれなかったんだ、治療の手も足りなかったし……」
「フェン、ベル……?」
「フェンベルはこの風の国の王都だよ、ここから少し南西に行ったところにあるんだ。オレたちの目的地もそこだから……急ごう」
風の王都フェンベルは、火の国で言うところのガルディオン、水の国のシトゥルスと同じく王族が住まう都だ。風の王族は庶民派で、ジュードやウィル、マナも彼らのことはよく知っている。ヴェリアから逃げてきた者たちを、右も左もわからない環境に捨て置くはずがない。きっと今頃、フェンベルで大切に保護されていることだろう。
とは言え、被害を受けたと言うし怪我人が多かったと聞けば心配になるのは当然のこと。依然として真っ青な顔をしたままのエクレールの肩を軽く叩いて、ジュードは街の外を示した。
今日はもうじき陽が暮れる。ジュードたちはもちろんのこと、水の王都から同行している兵士や騎士も長旅で疲れているだろうし、できればこのタラサの街で一泊したいところではあったが――こうなると話は別だ。
エクレールは店主に非礼を詫びるようにぺこりと頭を下げると、先に街の出入口に向かうジュードたちの後を追いかけた。
* * *
「じゃあ、風の国に逃げてきた船の中に王妃様がいるってこと!?」
「は、はい、わたくしたちは二部隊に分かれて大陸を出たのです。お母様は敵の目を惹くために旗艦に乗って西へ……水の国のリーブル様ならきっと手を差し伸べて下さるはずだからと、わたくしとヘルメスお兄様には水の国に向かうように仰いました」
「……ということは、王妃様はリーブル様と旧知の仲なのだろうか」
「それは、わたくしにはわかりませんが……」
エクレールは以前、ふたつの部隊に分かれて逃げてきたのだと言っていた。王妃たる母や他の者たちは風の国に向かったと。水の王都に残ったヘルメスたちは、騎士たちの疲労が抜け次第、彼らを率いてこの風の国にやってくるだろう。もちろん、二手に分かれて逃げた部隊と――母と合流するために。
リーブルとヴェリアの王妃テルメースが知り合いであることは、ジュードは知っている。ただ、迂闊に口にしていいことかどうかは微妙なところだ。二人が過去にどのような関係だったかはわからないが、今は互いに子を持つ親同士なのだから。
「とにかく、フェンベルに急ごう。あれこれ考えるよりは自分の目で見た方が早い」
「そうだに、今はとにかく急ぐによ!」
エクレールの話を聞く限り、王妃テルメースはヘルメスやエクレールから少しでも敵の目を外すために旗艦という目立つものに乗り込んだのだろう。母として、可能な限り我が子を守るために。
そこまで考えて、ジュードは胸の奥が痛むような気がした。母の愛というものを知らない彼にとって、少しだけ――ほんの少しだけヘルメスとエクレールが羨ましかったのだ。
テルメースが無事なら、恐らくこれから向かう風の王都フェンベルで彼女と対面することになる。母がどんな人なのか、どうして自分はヴェリア大陸ではなく外の世界にいたのか――全てを知るのはまだ恐ろしいが、知りたいとも確かに思う。
平坦な草原の道を、南西に向かって馬車で駆ける。辺りを橙色に染める太陽は、山の向こうへと沈みかけていた。
特に大きな問題に見舞われることもなく関所を越え、ジュードたちは久方振りになる風の国への入国を果たしていた。現在は関所の一番近くにある港街タラサに到着したばかり、という状態である。
ラギオとイスラたちに礼を伝えに精霊の里に立ち寄りたいところではあったのだが、今は状況が状況だ。魔族を倒して平和になったら、その時に改めて挨拶に行こうという話になった。その時はヘルメスも一緒に。
このタラサの街は風の国の中でも活気がある場所だが、どうしたことか今日は何となく物々しさが漂っていた。街人たちはこちらを見るなり、ジュードたちと共にいる水の国の兵士や騎士の姿に気付いてそそくさと離れていく。まるで逃げるように。
「どうしちゃったのかしら……?」
「おかしいですね、なんだか空気が張り詰めているような気がします」
「何かあったのだろうか、急ぎたいところではあるのだが……気になるな」
そんな街人たちを見てマナは疑問符を浮かべながら小首を捻り、リンファは辺りを見回して様子を窺う。シルヴァは困ったように眉尻を下げてリンファと同じように周囲をぐるりと見回した。
ジュードは馬車に近寄ると、中にそっと耳を澄ませる。ちびが中にいるのだが、特に唸っているような声は聞こえない。街の中に何らかの危険が潜んでいる――なんてことはなさそうだ。では、今のこの状況はいったい何か。
「おお? ジュードにウィルじゃないか、久しぶりだなぁ!」
「え?」
そこへ、声をかけてきた一人の男がいた。ウィルが真っ先に反応してそちらを見遣ると、そこには体格のいい中年男性の姿。ジュードとウィルはその男の顔を見るなり、揃って「あ」と声を洩らす。彼は、このタラサの街で武器防具屋を営む店主だ。ジュードがメンフィスに二刀流を勧められた時に短剣を買ったのも、その店だった。
「おじさん、久しぶり。なんか街の様子がおかしいけど、何かあったの?」
「ああ、それがなぁ……少し前にヴェリア大陸から船がやってきてよ、港の方が結構な被害を受けたんだ。それでみんな不安になってんのさ」
その情報に真っ先に反応したのは、エクレールだった。サッと青ざめるなり店主の男性に掴みかかるような勢いで詰め寄る。その表情はどこまでも必死なものだった。
「ヴェ、ヴェリアの船が!? 船は、船はどうなりましたか、ヴェリアの者たちはどこに!?」
「お、おぉ!? ヴェリアの連中ならフェンベルに行ったよ。怪我人が多くて、ここや近隣の村だけじゃ収容しきれなかったんだ、治療の手も足りなかったし……」
「フェン、ベル……?」
「フェンベルはこの風の国の王都だよ、ここから少し南西に行ったところにあるんだ。オレたちの目的地もそこだから……急ごう」
風の王都フェンベルは、火の国で言うところのガルディオン、水の国のシトゥルスと同じく王族が住まう都だ。風の王族は庶民派で、ジュードやウィル、マナも彼らのことはよく知っている。ヴェリアから逃げてきた者たちを、右も左もわからない環境に捨て置くはずがない。きっと今頃、フェンベルで大切に保護されていることだろう。
とは言え、被害を受けたと言うし怪我人が多かったと聞けば心配になるのは当然のこと。依然として真っ青な顔をしたままのエクレールの肩を軽く叩いて、ジュードは街の外を示した。
今日はもうじき陽が暮れる。ジュードたちはもちろんのこと、水の王都から同行している兵士や騎士も長旅で疲れているだろうし、できればこのタラサの街で一泊したいところではあったが――こうなると話は別だ。
エクレールは店主に非礼を詫びるようにぺこりと頭を下げると、先に街の出入口に向かうジュードたちの後を追いかけた。
* * *
「じゃあ、風の国に逃げてきた船の中に王妃様がいるってこと!?」
「は、はい、わたくしたちは二部隊に分かれて大陸を出たのです。お母様は敵の目を惹くために旗艦に乗って西へ……水の国のリーブル様ならきっと手を差し伸べて下さるはずだからと、わたくしとヘルメスお兄様には水の国に向かうように仰いました」
「……ということは、王妃様はリーブル様と旧知の仲なのだろうか」
「それは、わたくしにはわかりませんが……」
エクレールは以前、ふたつの部隊に分かれて逃げてきたのだと言っていた。王妃たる母や他の者たちは風の国に向かったと。水の王都に残ったヘルメスたちは、騎士たちの疲労が抜け次第、彼らを率いてこの風の国にやってくるだろう。もちろん、二手に分かれて逃げた部隊と――母と合流するために。
リーブルとヴェリアの王妃テルメースが知り合いであることは、ジュードは知っている。ただ、迂闊に口にしていいことかどうかは微妙なところだ。二人が過去にどのような関係だったかはわからないが、今は互いに子を持つ親同士なのだから。
「とにかく、フェンベルに急ごう。あれこれ考えるよりは自分の目で見た方が早い」
「そうだに、今はとにかく急ぐによ!」
エクレールの話を聞く限り、王妃テルメースはヘルメスやエクレールから少しでも敵の目を外すために旗艦という目立つものに乗り込んだのだろう。母として、可能な限り我が子を守るために。
そこまで考えて、ジュードは胸の奥が痛むような気がした。母の愛というものを知らない彼にとって、少しだけ――ほんの少しだけヘルメスとエクレールが羨ましかったのだ。
テルメースが無事なら、恐らくこれから向かう風の王都フェンベルで彼女と対面することになる。母がどんな人なのか、どうして自分はヴェリア大陸ではなく外の世界にいたのか――全てを知るのはまだ恐ろしいが、知りたいとも確かに思う。
平坦な草原の道を、南西に向かって馬車で駆ける。辺りを橙色に染める太陽は、山の向こうへと沈みかけていた。
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