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第九章・不可侵の領域
聖ヴェリアの子供たち
しおりを挟む今や伝説となっている勇者が現実にいるとなると、説明が面倒くさい。それにきっと信じてもらえないだろう。
だから、伝説の勇者本人が傍にいることをヘルメスやエクレールにだって話さなかった。
それなのに、現在ジュードたちの目の前にいるこの大臣とその取り巻きたちは、どこかでその話を聞いてしまったらしい。背こそジュードより随分と低いものの、ふんぞり返って仁王立ちをする様にはやや気圧されてしまう。エクレールは不可解そうな面持ちで大臣とジュードとを何度か交互に眺めた。
ジュードの後ろにいるシルヴァとウィルには、わかっていた。大臣は別に、伝説の勇者がいてもいなくてもどっちでもいいのだ。ただ、ジュードを聖剣の所有者として相応しくないと弾劾したいだけ。そのために自国の英雄たる伝説の勇者の存在を利用しているのは、この大臣の方なのだ。
何を言うか、どう出てくるか。
ジュードの反応を待っているだろう大臣は、その顔ににたりと薄笑みを浮かべていた。
「……今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよ!!」
けれど、ジュードは項垂れていた頭を上げるなり、そう声を張り上げた。みっともなくああでもないこうでもないと言い訳を並べ立ててくるだろうと予想していた大臣は、その怒声に思わず目をまん丸くさせる。ジュードはその隙にさっさと大臣の横を駆け抜けてしまうと、大急ぎで城のテラスへと足を向けた。ちびはその隣を並走する。
今はとにかく、メルディーヌの死の雨によってアンデット化させられた民を救うのが第一だ。この方法で本当に助けられるかどうかもわからないのだから。
「そ、そんなことですと!? そんなことですとぉ!? こ、この詐欺締めが! エ、エクレール様! どちらへ行かれるのです!?」
憤慨する大臣を後目に、エクレールは思考を切り替えるように小さく頭を振ると一拍ほど遅れてジュードの後を追いかける。大臣はそんな彼女の背中に慌てて声をかけたが、エクレールが振り返ることはなかった。
二階に通じる階段を段飛ばしで駆け上がり、階段を挟んだ謁見の間の真向かいにあるテラスに出る。そこからは城下街を一望できた。依然として凍り付いたままの民の傍には、家族か友人だろう数人が座り込んで付き添っている。距離があってジュードの目にもハッキリとは窺えないが、泣いているように見えた。
それを目の当たりにしたジュードは、ぐっと下唇を噛み締める。ライオットはそんな彼の頭の上に乗り上がるなり、短い手を高く挙げた。
「マスター、ライオットと交信するに!」
「ああ、久しぶりだから上手くいくかな……頼むよ」
考えてみれば、思いがけずジェントと繋がりはしたものの、精霊との交信は久しぶりだ。頭の上にいるライオットに意識を集中させると、もっちりとしたその身は空気に溶けるようにフッと消えた。それと同時に、言いようのない感覚が胸の中央部分から全身に広がっていく。
その手で腰にある聖剣を引き抜くと、刀身が瞬く間に白の光で包まれた。
後方に気配を感じて振り返った先には、軽く息を切らせて佇むエクレールと、その隣には途中で合流しただろうヘルメスの姿もある。エクレールはジッとジュードを見つめた後、目を細めてふわりと笑った。
「わたくしは、ジュードお兄様を信じますわ。わたくしたちを助けてくださったのも、こうして水の国のみなさまのために尽力されるお姿も……決して偽りなどではありませんもの」
「ああ、他国の民を救うために必死になれるお前を、私は誇りに思うよ。水の国は我々を快く受け入れて下さった、本来ならば私が動かねばならないのに……」
ヘルメスはエクレールの言葉に小さく頷くと、彼女から渡された腕輪に――ケリュケイオンに意識を合わせる。すると、腕輪は眩い光に包まれ、その形状を錫杖の形へと変化させた。リン、と鳴る錫の音は、この場の全てを浄化するような美しい響きをしている。これが、かつて姫巫女が使ったとされる聖杖ケリュケイオンだ。
ジュードの隣に並んだヘルメスは、彼の手にある聖剣にそっと聖杖を重ね合わせる。聖剣と聖杖、その二つは重なり合うと同時に更に強く光り輝いた。都全体を照らすその光はあまりにも強烈で目を焼きそうなほどなのに、不思議なことに不快感の類も痛みも一切感じない。エクレールは二人の兄の後ろにそっと寄り添った、彼女の周囲をふわふわと浮遊したまま離れないウィスプと共に。
「(……ありがとう、二人とも)」
エクレールとヘルメスから寄せられる信頼と言葉に、ジュードは何も言えなかった。彼の頭では適切な言葉がどうにも見つからなくて。
二人が実の兄妹であるなどと、未だに実感は湧かない。それでも、言葉では表現できない絆のようなものは確かに感じる。ジュードが感じているくらいなのだから、きっと二人も同じだろう。
ジュードとヘルメスが揃って腕を上げると、天に翳された聖剣と聖杖は水の国全体を照らすかの如く輝きを放った。太陽にも劣りそうにない光は、雨のように雪のように地上に柔らかく降り注いでいく。まるで、魔族に蹂躙された大地を癒さんばかりに。
死の雨の被害者たちがどうなったかは――この状態では、よく見えなかった。
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