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第九章・不可侵の領域
神の生死について
しおりを挟むジュードやちびには、目の前から猛然と迫る炎を避けるだけの余裕も時間もない。ネレイナはそれを理解すると、竜化したことで爬虫類のようになった目を笑むようにギラリと光らせる。
けれど、その余裕は早々に鳴りを潜めることになった。
ジュードの真横を通りジェントが彼よりも数歩前に出ると、駆ける足は止めぬまま片手の人差し指で宙を切り取るかのように円を描く。青い光を携えるそれは力強い輝きを放った直後、渦を巻く巨大な水流を放った。長い躯体を持つヘビか龍の如く唸る水流は、真正面から迫る炎のブレスを見事に割り、そのまま炎を吐き出したネレイナの口に叩き込まれる。
「がはぁッ!?」
『――ジュード!』
大きく開けた口の中に叩き込まれた水流は、ネレイナの巨大な身を大きく仰け反らせることに成功した。そうなると、当然狙いの胸部は無防備になるわけで。ジェントが声を上げると同時、ジュードは強く地面を蹴って高く跳躍する。狙いは――死霊文字が刻まれたネレイナの胸元。聖剣でなら浄化できるはずだ。
脳裏に、以前シヴァが教えてくれたことが次々に浮かぶ。移動の休憩時間を使って、シヴァはジュードに色々なことを教えてくれた。まさか彼が教えてくれた技がぶっつけ本番になるとは思っていなかったが、躊躇いはない。
「(……全神経を攻撃の手に集中、雑念を払い、呼吸を合わせて一気に――叩き込む!)」
頭を使うことは苦手だし、集中するのだってそれほど得意ではないジュードには精神統一が何より難しかった。だが、元々呑み込みはいいのだ。逆に言えば、それさえクリアしてしまえばその技の習得はそれほど難しくない。
「いっけえええぇ!」
常人よりも遥かに優れたジュードの目は、ネレイナの胸部に刻まれた死霊文字を的確に捉える。両手で持った聖剣を振りかぶり、刃をその胸部へと思いきり叩きつけた。刹那、辺りが一瞬眩い閃光に包まれる。
全神経を攻撃の手に集中することで、爆発的に威力を高める一撃――シヴァがジュードに教えたのはそれだ。
「きゃああああぁッ!!」
「くっ!」
ネレイナの胸元に刻まれた死霊文字からは、聖剣の刃が直撃するなり悲痛な叫びのような音が上がった。間近で聞いたジュードは、その耳触りな音に思わず下唇を噛み締めて表情を顰める。薙ぎ払うような一撃は確かに死霊文字の全体部分を真横から叩き斬ったが、痛みによりのたうつネレイナに振り払われてジュードの身は宙を舞った。
だが、そこはちびが見逃さない。素早く飛び上がり、投げ出されたジュードの身をふわふわと毛でちゃんと受け止めた。
死霊文字を叩き斬られたネレイナの身は見る見るうちに小さくなり、それと共に周囲に展開して暴れていたディオースの群れが空気に溶けるようにして消えていく。それまで交戦していた仲間たちからは、安堵が洩れた。それを背中で聞いたジュードは、すっかり元の人型に戻ったネレイナをジッと見据える。
「うぅ……ッ、わた、わたくしの、美しい、身体に……傷、傷、があぁ……ッ!」
「……」
「ゆ、るさない、わよ……ジュードくん、よくも……!」
地面に座り込んで憎悪の眼差しを向けてくる彼女を前に、ジュードはただただ複雑な表情を浮かべるしかできない。見た目はごく普通の人間だが、ネレイナは既にどこか壊れてしまっているような印象を受ける。いったい何が彼女をそうしてしまったのか、やはり地の国の――貴族の在り方のせいなのか。敵ではあるものの、いっそ憐れでもある。
「……なんで。魔族に魂を売ってまで、どうして神さまになんてなりたいんだ」
「……あなたは、あなたたちはまだ子供。本気で人を愛したことがないから……わからないわよ、わたくしの気持ちなんて。火の国の騎士殿だって、きっと愛とは無縁の人生だったでしょう?」
そう静かに声をかけると、少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いたようだった。依然としてその相貌から憎悪の色は消えないが、ネレイナは一度ジュードを眺めた後、その後ろに見える面々を視線のみで見回してから再びまっすぐにジュードを睨み据えた。
「人は愛によって育まれ、愛によって壊れるものなの。わたくしは絶対的な力を手に入れ、そして必ず……愛を、取り戻すのよ……邪魔なんて、させないわ……」
「……お母さま」
ネレイナのその言葉に、ルルーナは眉根を寄せて表情を曇らせた。
彼女の実の父は、ルルーナがまだ幼い頃に家を出て行ってしまった。恐らく、ネレイナは今でも夫を愛していて、彼を取り戻したいのだろう。そのために神になるというのは、あまりにも理解に苦しむぶっ飛んだ思考だが。
愛する夫を取り戻し、ノーリアン家の権威と栄誉を取り戻す。彼女の願いはきっとそれだけ。
「収穫はあったし、今回はこの辺りで退いてあげる。でも……覚えておくことね、わたくしはいつでもあなたを見ているわよ、ジュードくん。あなたが人間に嫌気が差した時、きっとわたくしに会いたくなるわ……」
「……そんなことにはならないよ」
ネレイナの胸部からはすっかり死霊文字が消えたが、聖剣で斬られたことで決して少なくない出血が確認できる。それ以上の戦闘継続は無理だと判断したらしい、それだけ言い残してネレイナは自らの足元に魔法陣を展開すると、そのまま転移魔法によって姿を消した。
やっと静寂が戻ったものの、書斎を中心に屋敷はほとんどボロボロだ。まだ解読が終わっていなかった文献も大半が破損し、とてもではないが読めるような状態ではなかった。まだ何も――何も、必要な情報を得られていないのに。
「ジュード様、勇者様、ご無事ですか?」
「人間があのような姿になるとは……死霊文字というのは、どうしようもなく恐ろしいものなのだな」
リンファとシルヴァはジュードの傍に駆け寄ると、真っ先に怪我の有無を確認し始める。見たところ、ディオースと交戦していた仲間たちにも目立った怪我はなさそうだ。
『死霊文字を自らの肉体に刻むなど……とんでもないことをするものだ』
「そう、ですね……神さまも十年前に死んじゃったって話だし、文献はメチャクチャだし……」
『……大丈夫、神は死んでなどいない。フォルネウスが言っていたことを思い出してみるといい』
「え?」
ジェントのその言葉に、ジュートはリンファと一度顔を見合わせた。フォルネウスが言っていたことで神に関することと言えば――
『――我々精霊たちは竜の神によって生み出され、竜の神と共に死ぬ。神が生きている限り精霊に“死”というものは訪れない』
謁見の間でシヴァの話をしていた時、彼は確かにそう口にしていた。
つまり、ライオットやイスキアたち精霊は、神が死ぬ時に共に死ぬもの。逆に言えば、精霊が生きているということは神もどこかで生きているということに他ならない。
状況は依然として変わっていないものの、それだけは確かに朗報だった。
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