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第九章・不可侵の領域

精霊族の事情

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「大昔は、魔法は異質な力で、使える者が少なかったっていう話は以前したわよね。彼らは当時、魔法を使えない者たち――人間によって迫害されていたのよ」


 イスラが用意してくれた夕食の席で、ジュードたちはこの精霊の里の成り立ちを聞くことになった。なぜこの里が閉鎖的な場所なのか、どうして里を守るような幻術が展開されているのか、疑問はいくつもある。

 イスキアが語る話に耳を傾けながらたくさんの野菜を煮込んで作られたスープを口に運ぶと、ほっこりと胸の真ん中辺りが暖まるようだった。優しい味だ。


「魔法を使える人たちって……普通の人間だったんですよね?」
「そうだに、ごく普通の人間だによ。けど、魔族が扱う力と酷似してるからって、魔法を扱える者は“親が魔族と情を交わした証”として忌み嫌われたんだに」
「魔法はこの世界に漂う精霊の力を借りて使うもので、魔族が扱う魔術は死霊文字による詠唱によって顕現する力ナマァ。だけど、当時の人間さんたちは当然その違いがわからなかったんだナマァ」


 つまり、当時の魔法を使えない人間たちは魔法と魔術の違いがわからず、魔法能力者たちを迫害していたのだろう。確かに、魔法と魔術の見分けるのは難しい。ジュードたちだって当時を生きていれば、全て魔族が扱うものと同じ“魔術”だと思ったかもしれない。

 今でこそ魔法という力が当たり前になったお陰で「おかしい」などと思わないが、自分たちには使えない“力”を使っている者がいたら、当然その出どころは気になるだろう。


「人間たちは魔法能力者たちを穢れた生き物として扱い、見つけ次第殺すか生け捕りにしていたわ。……この里は、迫害され続ける魔法能力者たちにとっての最後の楽園だったのよ」
「ジェ……伝説の勇者が、魔法能力者たちが平和に生きていけるようにって望んだんだに。だから竜の神はこの里に聖石を置いて、人間たちが入ってこれないようにしたんだによ」
「では、この里は勇者様が外部の者を入れないようにしたというわけか。勇者様は魔法能力者たちの味方だったのだな」


 イスキアとライオットが語る話に耳を傾けて、シルヴァが納得したようにひとつ頷く。見つかっただけで殺されたり捕まったりするほどだ、今とはまったく違う世界だったのだろう。その世界の様子を満足に想像さえできなかった。


「魔法能力者と魔法能力者が結ばれることで、この里にはより強い魔力と魔法の才能を持つ者が生まれるようになったの。それが、人ならぬものと心を交わす精霊族の祖先ってわけ。魔法が一般的になった世の中でもそういう異質な力が表に出れば、また過去のような差別が生まれるかもしれない、……だから精霊族は永くこの里に引きこもってきたのよ」
「……お母さまのように、ジュードの……精霊族の力に目をつける人も出てくるかもしれないものね」
「そう。人間は自分たちとは異なるものは恐れて排除しようとするくせに、それを欲しがる部分もあるワガママな種族だからね」


 イスキアが口にした言葉に、誰も反論はできなかった。確かに人間にはそういう性質がある、もし精霊族の力を大多数が知ることになれば、今の世では多くの者が助けを求める。

 だが、平和になった先では誰しも彼らのような力を持ちたいと願い、争いになる、または新しく差別が生まれる可能性も――ないとは言えなかった。


「あ、あの、ジュードとエクレールさんのお母さんはどうして里の外に……?」
「私たちの娘は好奇心が旺盛でねぇ、ずっと里の外に憧れていたのよ。こっそり都まで遊びに行っては、私たちにいつも叱られていたわ」


 そこで気になったのはジュードとエクレールの実母だろうテルメースという女性が、どうして精霊の里を出たのか、だ。マナが率直に疑問を向けると、ラギオは難しい顔で黙り込んだままだったが、彼の代わりにイスラが答えてくれた。小さな手を頬に添えて困ったように語る姿は穏やかで、急かそうという気さえ起きない。

 どうやら、テルメースは随分と行動的な女性だったらしい。好奇心旺盛で行動力があるというところは、ジュードによく似ている。


「それがある日、森の出入り口で旅の男の人を拾ってきてね……私たちの反対も聞かずに、元気になるまで里で面倒を見るって言い出して……それで、その男の人が元気になると同時に勝手に旅について行っちゃったのよ。お世話をしているうちにお互いに惹かれ合ったんでしょうねぇ……」
「へえぇ、なんだかロマンチック……」


 恐らく、その旅の男がジュードやエクレールの父、当時のヴェリアの王子ジュリアスだったのだろう。マナやルルーナはその話を聞いてなんとなく夢見心地といった様子だが、愛娘をどこの馬の骨とも知れぬ男に取られたラギオにしてみれば面白くないことだったらしい。当時のことを思い出してか、胸の前で腕を組むと「フン」とそっぽを向いてしまった。

 ライオットはそんな仲間たちや精霊族たちを交互に見遣ると、ぽつりと呟く。


「魔族のことが落ち着いたら、精霊族が安心して外に出て行けるようにライオットたちも協力した方がいいかもしれないにね……」


 今回の魔族との戦いでジュードやエクレールのことが人々に知れれば、きっと今後は精霊族のことを隠すには難しくなる。それを機に、彼らの力や存在を知ってもらうよう働きかければ、精霊族もこの里に隠れ住まなくてもよくなるはずだ。

 その力を悪用しようという者が出てこないとは限らないが、それは今考えたところでどうしようもない。
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