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第九章・不可侵の領域
祖父母と孫
しおりを挟む足を踏み入れた精霊の里には、ごく普通の村に似た風景が広がっていた。
畑があり、小川が流れ、家畜がいる。精霊族の住む里だと言われない限りはどこかの村に迷い込んだとしか思えないような長閑な雰囲気。
建ち並ぶ家屋も、村々とほぼ変わらない一般的な木造の小屋ばかりである。周囲こそ大きな木々に覆われてはいるものの、幻想的であったり神秘的な様子は一切見受けられない。
「ここが、精霊の里なの? 普通の村みたいなところね……」
「幻術を張ってまで隠さなきゃいけない場所には見えないけどねぇ……」
先導するイスキアについて歩きながらマナとルルーナは物珍しそうに辺りを見回すが、彼女たちの目にもごく普通の村のようにしか見えなかった。多少の暗さはあれど長閑で平和で、そうまでして守らなければならないような雰囲気はまったく感じられない。
すると、幻術が解かれたのを察知してか、里の奥地から住人だろう者たちが駆けてきた。いずれも深い緑色を基調とした肩掛けの民族衣装に身を包んでいるが、耳が尖っているだとか、魔族のように肌の色が人間と違うだとかもない、ごく普通の人間のようだ。
彼らは皆一様に、様々な意図を孕んだ視線を送ってきていた。警戒するもの、敵意を滲ませるもの、恐怖するもの——本当に様々なものを。先頭に佇む白い顎ヒゲをたくわえた老人は、手に持っていた木の杖を突き出して声を上げた。
「な、何者だ! いったい何用でここへ来た!?」
老人の後ろには若い男たちの姿も見える。各々、手には槍や弓を携えているが、完全に怯えていてとてもではないが戦えそうになかった。戦い慣れていないのは一目瞭然だ。
イスキアは困ったように眉尻を下げると、先頭に立つ老人へと軽く一礼してみせる。
「お久しぶりです、ラギオ族長。もうずっと会ってないから、アタシの顔忘れちゃったかしら。あなたのお孫さんたちをお連れしましたよ」
「イスキアは変わり過ぎだに、前来た時はそうなる前だったによ」
ライオットの言葉から察するに、以前この精霊の里を訪れた時、イスキアはまだオネェではなかったのだろう。だが、それよりも気になったのは当のイスキアが口にした「お孫さんたち」という言葉だ。老人――ラギオ族長と呼ばれた彼も不可解そうに瞠目している。
「イスキアさん、お孫さんたちって……?」
「ジュードちゃんとエクレールちゃんのお母さんはこの精霊の里の出身で、ここにいるラギオ族長の娘なのよ」
至極当然のように告げられたその言葉に、ジュードとエクレールはもちろんだが、ラギオ族長が誰よりも一番驚いていた。瞬きも忘れたようにイスキアとジュードたちとを交互に眺めた後、信じられないと言わんばかりの様相で力なく頭を振るものの、視線が孫二人から外れることはなかった。
「ま、まさか、そんな……テルメースの子供だというのか……!?」
「え、ええ、確かにお母様はテルメースといいます。では、この方がわたくしとお兄様の……」
ラギオとエクレールを見遣りながら、ジュードはあることを思い返していた。あれは、鉱石を求めて水の王都に足を運んだ時、リーブルに言われたこと。
『きみは……テルメースという名の女性を知っているかな?』
『……きみは、彼女に雰囲気がとてもよく似ているんだ。だから、もしや血縁か、それに近しい子かもしれないと思ってね』
リーブルがそう口にしたのは、恐らくジュードにテルメースという女性を重ねたからなのだろう。テルメースがジュードの母なら、雰囲気が似ていても何もおかしいことはない。しかし、エクレールが一緒にいるせいか、ショックらしきものは受けなかった。むしろ、良い意味で胸の辺りがドキドキしている、まるで高鳴るような。
精霊の里の住人たちに話が通じるかどうか心配だったが、どうやら衝突の類は避けられそうだ。ラギオや里の者たちから、既に敵意は感じられなくなっていた。
* * *
ラギオに案内され、彼の自宅にお邪魔することになったジュードたちは、ラギオから事の経緯を説明されただろう妻にそれはそれは大変なほどに感涙された。彼女はイスラと言って、ジュードとエクレール、そしてヘルメスの祖母にあたるらしい。眦が下がったとても温厚そうな老婆だった。
突然の孫とその友人たちの来訪に、里の者たちも一斉に族長の家に押しかけてきたため、現在広々とした居間の中にはたくさんの住人の姿が窺える。警戒している者も中にはいるようだが、ほとんどが友好的な視線を送ってきた。
「……なるほど、事情はよくわかった。聖石の間に行きたい、ということか」
「はい、許可をもらえますか? それとイスキアさんが更にその奥にも行きたいって言ってるんですが……」
「ああ、精霊が共にいるのなら反対する理由がない。ただ、今日はもう日が暮れる、明日の朝に案内しよう。今夜はここに泊まるといい」
「そうね、それがいいわ。今まであなたたちがどう暮らしてきたのか、ゆっくりお話を聞かせてほしいもの」
ラギオもイスラも、どちらも嬉しそうだ。族長とその妻は里の者たちからの信頼も厚いらしく、老夫婦が純粋にその顔に喜色を滲ませているのを見て、周りにいた住人たちもその相貌を和らげた。
無事に許可をもらえたことにジュードはそっと胸を撫で下ろし、ウィルたちはまじまじとラギオとイスラを見つめる。
「あの……どうしてこの里は外と関わりを持たないんですか? その、神さまの力を秘めた聖石があるから?」
おずおずとマナが投げた疑問に、ラギオは口を固く結んで黙り込んでしまった。聞いてはいけないことだったかとマナが困ったように眉尻を下げ、居心地悪そうに視線を下げた頃、イスキアがふっと笑った。
「外と関わっちゃいけない決まりなんてないのよ、これは昔からそう。けど、人間っていう生き物は何かと困った部分があるから慎重にならざるを得ないのよ」
「……? どういうことですか?」
「う~ん、そうねぇ……何から話せばいいかしら」
見た目は普通の人間と変わらない彼ら精霊族の背景に何があるのか、ジュードたちには想像もつかないし知る由もない。ラギオは難しい顔で黙り込み、イスラはそんな夫を心配そうに見つめていた。
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