188 / 230
第九章・不可侵の領域
好きな人がいるんだ
しおりを挟む魔族の襲撃から一夜明け、水の王都シトゥルスにはプラージュからやってきたカミラとヴェリアの王女エクレール、彼女たちが引き連れてきたヴェリアの民が到着した。
確認するまでもなく兵や騎士たちは疲れ切っていて、とてもではないが他国に向かってすぐに出立できるようには見えなかった。彼らには暫し、この水の王都で静養が必要だ。
ジュードは謁見の間には顔を出さず、王城二階のテラスで外を眺めていた。
王都の一角は昨夜の戦闘でメチャクチャな有り様だ、その傍にはフォルネウスが造り出した氷の塊がいくつも並んでいる。死の雨の被害を受けた者たちを救う方法を探すことを思えば気分も落ちるが、それ以上に彼を悩ませているのは――ヴェリアの大臣のこと。
「本物のジュード様は十年前に魔族に喰われてお亡くなりになられたッ、この偽者めが! さっさと聖剣をヘルメス様にお返しせぬか!」
つい先ほど、バッタリと鉢合わせるなりそう怒号を飛ばされたばかりだ。ジェントはそんなジュードの隣にふわりと現れるなり、心配そうにその様子を見つめた。
『今のこの身に肉体があったら口を利けないようにしてやるんだが』
「ジェントさんって見た目に反して力業で解決するタイプですよね」
何を物騒なことを言い出すんだと、ジュードは思わず苦笑交じりにそちらを見遣る。無論、半分ほどはジュードを元気づけようと冗談で口にしているのだろうが。
偽者ではないと証明する方法がない以上、何をどう言われようと受け流すしかない。聖剣はもうジュードにしか使えないのだから。
「ジュード、ここにいたか」
そこへ、ヘルメスとエクレールがやってきた。どちらの顔にも心配の色が浮かんでいるが、やはり兄妹。その表情はどちらもそっくりだ。ジェントは彼らの姿が見えるなり、サッと空気に溶けて消えてしまった。
「申し訳ありません、ジュードお兄様……大臣があのような無礼を……」
「あ、いや。昔のこと覚えてないから、自分でも本物かどうかなんてわからないし……リーブル様はなんて?」
「ヴェリアの民を快く受け入れて下さった、他に頼る場所がないならこの国に住居を用意させると……一部の民はそうさせようと思う」
大臣のことはともかくとしても、リーブルとヴェリア側の話は問題なく進んだらしい。戦い続きで疲弊しているだろう民のことを思えば、確かにこの水の王都に腰を落ち着けるのも悪い話ではない。
「ヘルメス王子とエクレール王女は?」
「私たちは西に向かう、確か……風の国は西にあるのだったな?」
「そうですけど……風の国に用事が?」
「リーブル様には既にお話ししましたが、わたくしたちは二手に分かれて逃げてきたのです。一部は水の国に、もう一部隊は風の国に……お母さまや他の者たちはそちらに行っています」
どうやら、プラージュの街に着いた部隊が全てではなかったらしい。風の国というと、無事に辿り着けたなら恐らくジュードたちも以前立ち寄ったタラサの街に入港しているはずだ。エクレールが「母」と言うのだから、ジュードにとっても母になる。
母親が生きているかもしれないという情報に、どきりと胸が高鳴るようだった。
「ジュード、お前は?」
「ウィルたちがあの大臣様を見返してやるんだって、さっき訓練所に行くのが見えたから発つのは明日になる……かなぁ、多分。オレたちも風の国には行くんだけど、その前に精霊の里ってところに寄ることになりました」
現在、ウィルたちは以前言っていた「神器に自分たちの技術を使う」という話を実行に移している真っ最中だ。大臣の捲し立てるような言葉に余程腹を立てたようだった。
朝食の席で昨夜ジェントに聞いた話をイスキアやライオットにしたところ、ジェントが言っていた集落は現在は「精霊の里」になっているらしい。ライオットと初めて会った時、“精霊族は北の森深くに隠れ住む一族”だと口にしていた。恐らく、その精霊の里が――精霊族の住まう場所なのだろう。
死の雨の被害者を救う方法があるかどうかはわからないが、まずは聖石に尋ねてみてからでも遅くはない。
「わたくしたちがお役に立てることがあればよいのですが……」
「はは、ヘルメス王子もエクレール王女も疲れてるだろうし、ゆっくり休んでください。リーブル様は本当にいい王さまだから、この国にいる限りは危険なこともないと思います、……魔族の襲撃以外は」
「……そのようだ、外の世界の者は……優しいのだな」
ヘルメスは聖剣を使って外の世界の者たちに復讐すると言っていたようだが、今の彼からはそんな素振りはまったく見受けられない。彼らはゆっくり休むことでこれ以上ないほどの戦力になってくれるだろう。
「それと、……ジュード、カミラのことなんだが……私は父上と母上の決定に従おうと思っている。つまり、彼女の婚約者はお前だ」
「えっ、いや、それは……」
その思わぬ言葉に、ジュードは目を丸くさせると複雑そうな表情を滲ませた。昨日のプラージュでの彼の様子を思い返すと、とてもではないが「わかった」とは言えない。エクレールの心配そうな面持ちも手伝って、ジュードは慌てたように頭を振った。
「ヘルメス王子は、カミラさんのこと好きなんじゃ……それにオレ、あの……す、好きな人いるし……」
「まあ……! ジュードお兄様がお慕いしている方って、どの方なんでしょう……!」
「そ、それは言えないけど……」
ジュードの返答を聞いて、エクレールは白い頬をほんのりと赤く染めると両手をその頬に添えた。ヴェリアの王女と言えど、こういうところは年相応の普通の少女だ。
ヘルメスはジュードに負けず劣らず複雑な表情を浮かべると、ゆるりと小首を捻った。
「だが……記憶が戻った時に後悔しないか?」
「……どうかな。その時は思いきり後悔するかもしれないけど……今の自分の気持ちに嘘はつきたくないんだ。……その人がいなかったら、きっと途中で挫折してたと思うから」
苦しい時には、いつだってジェントが夢の中で励まし、背中を押してくれた。それは今でも変わらない。ジュードは基本的に仲間のことは全員大好きだが、ジェントに対しては別の好意を抱いていると今ならハッキリわかる。
ヘルメスは暫し無言のままジュードを眺めていたが、やがて目を伏せて小さく頷いた。
「わかった、お前がそう言うなら……カミラと話をしてみよう、彼女の気持ちも重要だからな。お前に悪いようにはしない」
エクレールはエクレールで、ヘルメスの気持ちを知っているのだろう。彼女は二人の兄を交互に見つめて、それはそれは嬉しそうに頷いた。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
斬られ役、異世界を征く!!
通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
剣の腕を見込まれ、復活した古の魔王を討伐する為に勇者として異世界に召喚された男、唐観武光(からみたけみつ)……
しかし、武光は勇者でも何でもない、斬られてばかりの時代劇俳優だった!!
とんだ勘違いで異世界に召喚された男は、果たして元の世界に帰る事が出来るのか!?
愛と!! 友情と!! 笑いで綴る!! 7000万パワーすっとこファンタジー、今ここに開幕ッッッ!!
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
家の猫がポーションとってきた。
熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。
ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。
瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。
始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる