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第八章・水の神器アゾット

人間嫌いの大精霊

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 目の前の、ひどく整った顔立ちをした男を見据えて、ジュードは聖剣と愛用の短剣へとそれぞれ手を添える。刃物のように鋭い視線はジッとジュードを睨み据えたまま、外れることがなかった。

 肌は白いが、魔族の色合いとは違う。目だって透き通るようなアクアブルーで、魔族特有の赤ではなかった。だが、切れ長の双眸やその顔立ちには確かに既知感を覚える。どこかで知っているような。

 すると、ジュードの肩に乗ったままのライオットが短い手を片方上下に振って声を上げた。


「お……お、おおおまえッ! いったい何の真似だに!?」
「……ライオット?」
「マスター、こいつだに! こいつが水の大精霊フォルネウスだに!」


 ライオットのその言葉に、ジュードもカミラも絶句してしまった。
 行方を眩ました水の大精霊を見つけたはいいものの、当の本人は完全に敵意をむき出しに襲撃してきた。それがどうしてなのか、なぜなのかさっぱりわからない。ちびが傍らで低く唸っているところを見ると、相手――フォルネウスの方に敵意があるのは明らかだ。


「アルシエルたちが手を焼いているというからどんな相手なのかと見に来てみれば、こんな子供だとは。魔族も随分と落ちぶれたらしい」
「アルシエル……たち? お、おまえっ、まさか魔族の味方をしてるんだに!? どうしてなんだに!?」
「知れたこと、私の目的が連中の目的と似通っているからだ。愚かな人間どもなど、一人残らず死滅してしまえばいい」


 シヴァとイスキアがどれだけ探しても、見つからないはずだ。当の本人は敵であるはずの魔族に味方をしていたのだから。つまり、今までずっとヴェリア大陸にいたのだろう。だが、まさか魔族の側についていたとは――精霊たちだって想像もしなかったはずだ。

 そこで、ジュードはつい先ほど感じた既知感の正体を理解した。この水の大精霊――フォルネウスは、シヴァによく似ているのだ。顔立ちも目も、纏う雰囲気も。


『人間を……死滅させるために魔族の味方をするのか、お前は……』


 ジュードの傍らにいつものようにふわりとジェントが現れると、さしものフォルネウスも瞠目した。かつての勇者がジュードの傍にいることは、魔族にだって未だ知られていないことだ。けれど、それもほんのわずかな間のこと。状況を理解するなり、フォルネウスはその端正な顔にほの暗い憤りを宿して目を細めた。


「……そうだ。人間は学ばぬ、結局また同じことを繰り返す。お前たちが血を流し、多くの者が命を散らしたあの戦いとて時が過ぎれば関心さえ寄せぬ。自分たちには関係のないことだと嘲笑うかのように、また同じ歴史を繰り返そうとしている」
『お前たち精霊から見ればほんの短い時間かもしれないが、人間にとって四千年は永い時間だ。それほどの間、この世界は魔族を再び呼び込まずにいられたんだぞ、あの頃とは違う』
「だが、結局はこうして再び魔族が現れたではないか。人間どもが他者を恨み、妬み、醜く争い合うせいで。……人間は変わらぬのだ」


 吐き捨てるように呟かれたフォルネウスの言葉に、ジェントは複雑そうに眉根を寄せて表情を曇らせる。かつて共に戦った仲間がこうして憎き敵側に回るというのは、どれほどの想いか。ジュードはそんなジェントをちらりと横目に窺った。しかし、その複雑そうな様子も早々に鳴りを潜める。ジェントはひとつため息を洩らすと、視線はフォルネウスに向けたまま改めて口を開いた。


『こういうやつだ、仕方ない。ジュード、口で言ってもわからないならぶん殴ってやろう』
「え、ええぇ? い、いいんですか?」
『どうせ襲ってくるんだろうし、問題ないさ。正当防衛だ』


 とはいえ、相手はシヴァやイスキアと同等の力を持つだろう大精霊。聖剣を持っていても、果たして敵うものなのかどうか。このフォルネウスは精霊だからなのか、これまで対峙してきたアグレアスやヴィネア、イヴリースたちはどこか雰囲気が異なる。全身に突き刺さるような張り詰めた雰囲気は、非常に居心地が悪い。ゆっくりとその場に立ち上がり、三叉の槍を構える様からは――容赦などする気はなさそうだった。


「魔族は貴様がほしいらしいが、私には魔族の目的などどうでもいい。貴様も含めて人間は殲滅する」
「(人間を殲滅するのに協力はするけど、魔族の目的には加担しないってわけか。なんかメチャクチャだなぁ……)」


 イスキアに驚かされたり、ライオットやノームの見た目や語尾に何とも言えない気分になったりと、これまで精霊たちとは色々あったが、こうして敵対してくる精霊はこのフォルネウスが初めてだ。しかし、ここでフォルネウスを納得させられれば現在進行形で水の国全土を悩ませる異常気象の問題は解決できる。ジュードはフォルネウスを見据えたまま、己の後方にいるカミラに一声かけた。


「カミラさん、街の人たちを避難させて。ここにいたら巻き添えを喰いそうだ」
「で、でも、船が……」
「早く!!」


 船の方はイスキアが救助に向かった、彼ならばきっと何とかしてくれる。その船が船着き場に辿り着いた時にこのフォルネウスがいれば、ヴェリアの民がその戦いに巻き込まれる恐れもあるのだ。それまでにこの場を鎮める必要がある。

 人間を『敵』と認識している相手がこちらの準備が整うまで待ってくれるはずもなく。次の瞬間、フォルネウスは地面を強く蹴り、猛然と飛び出してきた。真正面から襲い来る様にジュードは舌を打つと、腰から聖剣を引き抜く。聖剣の所有者になってしまったものの、聖剣を使っての戦闘は今回が初めて。加減などできようはずもない。

 フォルネウスが突き出す三叉の槍と、ジュードが振るう聖剣。両方が激突した直後、周囲には巨大な爆弾でも爆ぜたような衝撃が走った。

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