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第六章・風の神器ゲイボルグ

今あるのは気力だけ

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 アグレアスが放ったグランドバーストによって彼らの身はいとも容易く吹き飛ばされ、それぞれ岩壁に身を強打する。幸い魔法ではなく物理による攻撃のようだが、物理的な攻撃に弱いマナにとっては何よりも重いダメージとなった。その手からは神杖が離れ、抉れた地面の上を転がる。

 いずれも意識を飛ばしてしまうことはなかったが、全身の激痛で起き上がるどころか身動きさえままならない様子だった。


「フン、所詮人間など……この程度というわけだな」


 アグレアスは己の攻撃により簡単に吹き飛んだウィルたちを見て、小さく――そして失望したように吐き捨てた。己の好奇心を刺激し、戦いへの欲を満たしてくれる存在はいない、そう認識して。そうなれば、彼の用事は他にはない。


「う……ッ、ま……待て……」


 ウィルは、ジュードの元へと向かい始めたアグレアスを見て、掠れた声で言葉を向けた。だが、既にアグレアスの興味はこの場の誰にも向いてはいない。未だ倒れたまま起き上がれずにいるウィルを肩越しに振り返るのみで、特に足を止めたりはしなかった。


「ガウゥッ!」
「来るなに! あっち行けに!」
「そうだナマァ、ダメだナマァ」


 一方でちびやライオット、ノームは同じくうつ伏せに倒れたまま動けずにいるジュードの傍に立ち、必死にアグレアスを威嚇していた。ジュードを守ろうとしているのだとは容易に窺えるのだが――ちびはともかく、精霊二人はその姿形の影響でまったく効果を成さない。

 ライオットもノームも、先の戦いで既に力が残っていなかった。ライオットはジュードとの交信アクセスで、ノームは先ほどの戦闘ですっかり疲弊してしまっていたのだ。
 アグレアスはそんなライオットとノームを見下ろすと、様々な意味で目を惹くライオットを片手で掴み上げる。


「や、やめろに!」


 当のライオットは短い手足を必死にバタつかせて抗議の声を上げたが、アグレアスの興味は特に刺激されることはなかったらしい。すぐに地面へとその身を投げ捨てた。

 放られたライオットは地面にぶつかった拍子にバウンドし、何度か転げ回ってようやく落ち着く。もっちりとしたその身は、先のグランドバーストでも大きなダメージを受けていなかった。だが、ライオット一人でアグレアスを止められるはずもない。


「ガウウゥッ!」
「ふん、ゴミばかりだな。ザコがどれだけ集まろうが結局はザコのままよ」
「やめるナマァ!」


 次にアグレアスは、飛びかかってきたちびを片腕で振り払うように殴り飛ばした。そして片足でノームを踏みつけ、グリグリと捻るように何度も足を押しつけて低く笑う。踏みつけられたノームは円らな瞳からポロポロと涙を零し、ライオットと同じように手足をバタバタと忙しなく動かした。

 それを見たジュードは起き上がることはできないものの、無理矢理に手を動かしてノームの身を掴む。そして軽く勢いをつけて、自分の方へと引っ張り込む形で救出した。それと同時に軽くバランスを崩したアグレアスではあったが、すぐにその相貌には薄い笑みが浮かぶ。

 アグレアスにとって、今のジュードはまったく怖い存在ではない。かつて水の国の森で遭遇した時のような圧倒的な力は、今の彼では出せないだろう。それは深く考えなくとも一目瞭然だった。
 ジュードは震える両手でしっかりとノームを抱き締めると、顔だけを上げてアグレアスを睨み上げた。だが、それに対してアグレアスは愉快そうにフンと鼻を鳴らして笑う。


「ククッ、その状態では何もできまい」
「……っ、くそ……ッ!」


 アグレアスは目を細めて笑うと、今度はジュードの頭を片手で鷲掴みにした。そして、片腕ひとつでその身を掴み上げてしまったのだ。既に力もあまり入らないのか、それと共に彼の手からはノームがぽろりと落ちた。


「さあ、アルシエル様がお待ちだ」
「ぐ……ッ、は、なせ……!」
「この俺が、離せと言われて離すような男に見えるか?」


 ウィルはそんな光景を、未だ立ち上がれずに倒れ伏したまま眺めていた。マナやリンファを見れば、彼女たちも深いダメージから回復できずに苦しげに呻いている。この状況でジュードを助けられるのは、やはり自分以外にいない。そうは思うのだが、身体がまったく言うことを利いてくれなかった。


「(俺じゃ……やっぱり俺じゃ、あいつには勝てないのかよ……魔族との差がありすぎる……マナに風魔法を込めてもらったのに、それもほとんど効いてないみたいだ……)」


 そう考えた時、ふと彼の脳裏にはある光景が浮かんだ。
 それは、大事な家族を失った時の痛ましい――悲痛な記憶のひと欠片。

 グラムが偶然通り掛かったことでウィルだけは助かったが、彼の両親や最愛の妹はウィルにとって当たり前の日常から突然失われてしまった。

 その光景が頭に浮かぶや否や、ウィルは全身に熱が灯るのを感じる。それと同時に目の奥が熱くなり、頭で考えるよりも先に片手を大地につき無理矢理に身を起こしていた。

 動くたびに全身には依然として痛みが走るが、心なしか先ほどよりもやや楽になっているような錯覚さえ感じるほどだ。歯を食いしばり、槍を支えになんとか立ち上がる。身体の痛みや、敵わないのかという絶望感など、もう気にしてはいられなかった。


「……っ、待てよ! まだ……終わってないぞ!」


 ジュードを、家族を助けたい。
 今のウィルの頭にあるのは、それだけだ。

 そんなウィルの声にアグレアスは静かに彼を振り返ると、一度こそ驚いたような顔をしたが、すぐに口元に薄く笑みを滲ませてジュードの頭から手を離した。それと共に重力に倣い、彼の身は再び大地へと落ちる。ライオットとちびはそんなジュードの傍に寄り添い、必死に声をかけていた。

 ウィルの身は既にボロボロだ。それでも、決して退くわけにはいかない。そんな意志を感じ取ってか、アグレアスは再び表情に笑みを滲ませると剣を片手に彼へと向き直った。


「勝手に……勝手に、家族を連れて行かれちゃ……困るんだよ!」
「ククッ……如何にも人間らしい戯言だな。いいだろう、気に入った! 死ぬまで相手をしてやる!」


 声を上げたウィルに対しアグレアスも吼えるように応えると、両手で剣を構えて再び彼の元へと駆け出した。それはやはり、猛獣のような勢いだった。

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