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第六章・風の神器ゲイボルグ

地の男再び

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 地のアグレアス――その強さは、実際に刃を交えたウィルだからこそ痛いほどに理解していた。
 そして、恐らく勝てない相手だろうということも。


「フン、まだまだ俺の相手ができるとは言えんなぁ!」
「――くッ!」


 アグレアスは己と真正面から対峙するウィルに狙いを定めると、両刃の大剣を軽々と片手で振り上げながら猛然と突撃してくる。両手で扱わねば狙いさえ定まりそうにないほどの大剣を、至極当然のように片手で振り回しながら矢継ぎ早に攻撃を叩き込んでくる様は、まるで猛獣だ。本来攻撃後の隙が多いはずの大剣を自由自在に振り回して攻撃を繰り出してくる、反撃の隙さえ見えない。

 一撃でも深く入れば、命を落とす可能性さえある。不気味に黒光りする刃は、命を刈り取る死神の鎌のようだった。力にものを言わせて無遠慮に振り下ろされる刃を、ウィルは全神経を集中させてなんとか寸前でいなし続ける。

 アグレアスは前回刃を交えたウィルに攻撃を集めているため、両脇からはリンファとマナがそれぞれ打撃と魔法による攻撃を向けてはいるのだが、それはアグレアスの注意を惹く要因にさえならないようだ。彼の標的は、ただただウィルのみに絞られていた。
 アグレアスの表情や言葉からは、余裕さえ感じられる。恐らくこれは彼の本気ではない、あくまでも様子見程度のものだろう。


「(なんて馬鹿力だよ……ッ! こんなモン何回も受けてたら、腕がおかしくなっちまう!)」


 交信アクセス状態を除けば、ウィルはジュードよりも力は上なのだ。その彼であっても、アグレアスの重過ぎる一撃には腕が――否、身体が悲鳴を上げていた。槍の柄を両手でしっかりと握り締めて攻撃を受けるたびに、両手から肩に雷でも走ったかのような痛みと痺れが伝わる。

 ウィルはジュードやリンファと異なり、どちらかと言えばパワーファイターだ。しかし、同じタイプだろうアグレアスとの差はこうも大きい。それを痛感してウィルは憎々しげに舌打ちを洩らす。


「(相手が魔族だってのはわかってるが、それでもこんなに……こんなに違うものなのかよ!!)」


 普段、常に一歩退いた位置で仲間を見守ることの多い立場とは言え、ウィルも男だ。こうも力量に差があるのだと思えばプライドを刺激される。それが例え自分とは異なる『魔族』という存在であっても、だ。


「まったく堪えてない……嘘でしょ……!?」
「いえ、私たちの攻撃はほとんど……効いているように見えません……!」


 一方で、リンファとマナは自分たちの方には見向きもしないアグレアスの背中を悔しそうに見つめていた。どれだけ攻撃や魔法を叩き込んでも、アグレアスはこちらを振り返ることさえしないのだ。

 新しいオモチャでも見つけた子供のようにウィルに興味を抱き、ただただ攻撃を繰り出している。アグレアスが振り下ろした剣は、以前同様に大地に衝突するなり爆発するように地面が爆ぜる。その際に飛び散る大小様々な破片によりウィルはもちろんのこと、アグレアス自身もある程度のダメージは受けているはずなのだ。それに加えて、マナとリンファの攻撃も受けている。

 それなのに、当のアグレアス本人には苦痛の色さえ滲んでいない。怪物だ――口には出さないが、リンファは純粋にそう思った。


「こんな男を、あの時ジュード様は……」


 リンファが小さく洩らした呟きに、マナは神器の先端に意識を集中させていきながらしっかりと一度だけ頷く。だが、そこで――ふと彼女の頭にはひとつの疑問が湧いた。


「(……でも、ジュードが交信アクセスしたのって……いつが最初なの? あの時は精霊なんて……)」


 ジュードが異常な力を発揮したのは、吸血鬼アロガンの館に乗り込んだ時が最初だ。幼い頃から彼を知っているマナであっても、それ以前にあのような異変を来したことはないと記憶している。

 だが、精霊とのコンタクトは吸血鬼騒動の前には一度たりともなかったはずだ。それなら――


「(なら、あの時ジュードは……いったい何と、誰と交信アクセスしてたの……!? あの館の中には精霊なんて誰もいなかったはずなのに……)」


 精霊や魔族のことなど、様々な出来事があって失念していた。あの時は、まだ精霊と遭遇したことさえなかったはず。

 しかし、あの吸血鬼との戦いに於いても、その後のアグレアスとヴィネアとの戦いでもジュードは圧倒的な強さを誇り、絶望的な状況を打破してみせたのである。当時は仲間の無事に安堵し、喜ぶだけしかできなかったが、よくよく考えてみればおかしな話だ。

 だが、忘れてはいけない。今は、決して油断のできない戦いの真っ最中なのだということを。


「マナ様! 何かきます、気を付けて!」
「……え?」


 間近から聞こえたリンファの声にマナは慌てて意識を引き戻し、その視線を改めてアグレアスへと投じた。すると彼は黒光りする大剣を両手で持ち、高く掲げている。
 何をしようというのか――そう思いはしたものの、それはすぐに知れる。


「これに耐えられるかな? 喰らえ、グランドバースト!」


 アグレアスは高く掲げた剣を、勢いよく足元の大地へ突き刺したのだ。
 それと共に、アグレアスのいた場所を中心に大爆発が起きた。大地が大きく爆ぜたのである。その爆発と衝撃は空間全てに広がり、間近で交戦していたウィルは無論のこと、リンファやマナ――到底戦える状態ではないジュードさえも、ちびや精霊二人と共に巻き込んだ。

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