125 / 230
第六章・風の神器ゲイボルグ
その名は変態伯爵
しおりを挟む部屋の奥から次々に駆け出してきた男たちを前に、ジュードとリンファは困ったように彼らを見回す。この屋敷をアジトにしている盗賊か何かかと思ったのだが、社会のはみ出し者というような印象は受けない。
それに、つい今し方の「人さらい」という言葉を思えば、何かしらの勘違いをされているのではという可能性が二人の頭に浮かんだ。
「ま、待って兄さん! その人たち、この前の人たちとは違うわ!」
「馬鹿野郎、手下が毎回同じとは限らないだろ! こいつ、魔物を連れてやがる! 間違いねえ、グルゼフからお前をさらいに来たんだ!」
「え、えっ、ちょっ……!」
暗くてよく見えないが、部屋の最奥には一人の少女がいるようだった。恐らく、先ほど耳にしたすすり泣くような声はこの少女のものだろう。彼女に「兄さん」と呼ばれたジュードとそう変わらない年頃の青年は、木の棒を構えたままそう返答するなり、じりじりと距離を詰めてくる。
だが、そのやり取りで理解できた。彼らは何か勘違いをしているのだ。ジュードを庇ったちびも矢を銜えたまま困惑している。困ったようにジュードを見上げて、へにょりと尾を垂らした。
リンファは一歩前に足を踏み出すと、取り敢えず誤解を解くために声を上げた。
「お待ちください、私たちは火の国から来た旅の者で、これから王都グルゼフに向かうところです。あなた方が仰っている者たちとは違います」
「火の国からだって? 鎖国が解除されたなんて話は聞いてないぞ、いい加減なこと言うな!」
「と、取り付く島もないにね……」
ライオットはジュードの肩の上に乗ったまま、困り果てたように男たちを見遣る。彼らから感じられた警戒は、ジュードたちを人さらいだと思い込んでいるためだろう。
どう説明すれば納得してもらえるだろうか。日頃から働きの悪い思考を極力フル回転させてジュードが打開策を考える最中、不意に背中から声がかかった。
「随分と騒がしいな。ジュード君、リンファちゃん、無事か?」
「あ、シルヴァさん。あの、実は……」
それは、シルヴァだった。ジュードとリンファの帰りが遅いのを心配して見に来たのだろう。彼女の後ろにはウィルの姿も見える。ジュードとリンファは男たちが襲ってこないのを確認しつつ、彼女に事情を話すことにした。こういう状況は、やはり大人に任せるのが一番だ。
* * *
「――本当にすまなかった!!」
その後、シルヴァが身につける軽鎧に火の国エンプレスの紋様が刻まれているのを見た男たちは慌てて警戒を解き、更に関所でもらった通行証への確認の印を見せたことで何とか誤解を解くことができた。
先ほど言い合っていた部屋は宿で言うところのロビーになっているらしく、燭台に火が灯されたことで不気味さも緩和され、マナたちも合流してようやくひと安心といったところだ。深々と頭を下げる彼らを前にジュードもリンファも小さく頭を横に振る。
「いや、そんな……オレたちも勝手に入っちゃったし、怪我とかも何もないしさ」
「はい。事情が事情だと思いますから、どうかお気になさらず」
あわや、というところではあったが、ちびのお陰でジュードにも怪我はない。きっと彼らには暴力に訴えてでもそうしなければならなかった理由があるのだろう。それでも申し訳なさそうな顔をする彼らに、ジュードは頃合いを見計らって声をかけた。
「それで、何があったの? 何か力になれることがあるかもしれないから、もしよかったら話してみてくれないかな」
「うむ、ジュード君の言う通りだ。これも何かの縁だろう、差し支えなければ我々にも事情を教えてもらいたい」
ジュードとシルヴァのその言葉に、男たちは困惑したように仲間内で目配せしていたものの、ややあってから先ほど「兄さん」と呼ばれた男が話し始めた。
彼はトリスタンという名で、この旅館の責任者らしい。他の男たちは彼の同僚で、全員この旅館で働く者たちなのだそうだ。
トリスタンたちは若い身ながら、親から託されたこの温泉旅館を切り盛りしてきたのだが――そんなある日、彼らの前にルーヴェンス伯爵という貴族が現れた。彼はトリスタンの妹のメネットを大層気に入り、自分の妾にすると言い出したのである。また、伯爵はこの旅館にも目を付けたようで、妹を差し出せ、嫌なら旅館を明け渡せとあまりにも自分勝手な要求を突きつけてきたのだ。
トリスタンたちにしてみれば、そのどちらも冗談ではない要求だった。
彼らの話をそこまで聞いて、ルルーナは木製の椅子に腰かけたまま「はあ」と疲れたようにため息をひとつ。
「ルーヴェンス伯爵ねぇ……厄介なやつに目を付けられたものね」
「ルルーナ、その伯爵のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、グランヴェルではわりと有名よ。変態伯爵ってね。あの伯爵はとにかく綺麗なものや美しいものに目がないの。人だろうと宝石だろうと、自分が美しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れる強欲な男よ」
ルルーナが語る話を聞いて、ジュードたちは思わず表情を顰めた。特にマナやカミラ、若い女性陣は殊更嫌悪感を覚えたようだ。嫌そうな表情を浮かべながら、ぐっと唇を噛み締める。カミラはいち早くジュードに向き直ると、懇願するような様子で口を開いた。
「ねえ、ジュード。わたしたちで何とかしてあげられないかな?」
「そうよ、そんな変態に妹さんや旅館が奪われるなんてあんまりだわ」
「その伯爵をボコボコにすれば諦めてくれるかな」
「待て待て待て、そんな簡単な話じゃないんだよ。相手は伯爵だろ、平民が手出したら罪に問われて使者だの何だのの話じゃなくなっちまう」
何やら物騒な話を始めるジュードたちに待ったをかけたのはウィルだ、その隣ではシルヴァやリンファが困ったような顔をしている。そんな仲間内を呆れたように横目で見遣りながら、ルルーナはまたひとつため息を洩らすとその視線をトリスタンへと向けた。
「それで、伯爵は近いうちに来るの?」
「以前手下が来たのが十日前だから、今日か明日くらいには……」
それで、武装して待ち構えていたのだろう。ルルーナはそこで納得したように頷くと、座っていた席から立ち上がった。
「今夜、ここに一泊お願いできるかしら。これでも長旅でクタクタなのよ」
「え、あ、ああ……」
「心配しなくてもいいわ、私が話をつけてあげる。ジュードたちに任せてたら問題が余計に大きくなりそうだし」
トリスタンたちはルルーナのその言葉に目を白黒させていたが、ルルーナの方にそれ以上何かを言うつもりはなかった。いちいち説明が面倒くさいのだ。今はとにかく、温かい湯に浸かってゆっくり休みたい。それだけだ。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
ハイエルフの幼女に転生しました。
レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは
神様に転生させてもらって新しい世界で
たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく
死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。
ゆっくり書いて行きます。
感想も待っています。
はげみになります。
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
チートな親から生まれたのは「規格外」でした
真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て…
これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです…
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます
時々さかのぼって部分修正することがあります
誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)
感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります
クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される
こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる
初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
こちらの作品も宜しければお願いします
[イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]
18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした
田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。
しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。
そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。
そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。
なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。
あらすじを読んでいただきありがとうございます。
併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。
より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!
王子様を放送します
竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。
異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって?
母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。
よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。
何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな!
放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。
ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ!
教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ!
優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。
小説家になろうでも投稿しています。
なろうが先行していましたが、追いつきました。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
弱小流派の陰陽姫【完】
桜月真澄
ファンタジー
神崎月音、十五歳。今日も白桜様と百合緋様を推して参ります!!
++
陰陽師としては弱小流派の神崎流当主の娘・神崎月音。
同じ学校で陰陽師大家(たいか)の当主・白桜とその幼馴染の百合緋を推しとして推し活にいそしむ日々。
たまたま助けたクラスメイトの小田切煌が何かと構ってくる中、月音の推し活を邪魔する存在が現れる。
それは最強の陰陽師と呼ばれる男だった――。
+++
神崎月音
Kanzaki Tsukine
斎陵学園一年生。弱小流派の陰陽師の家系の娘。推し活のために学校に通っている。
小田切煌
Odagiri Kira
月音のクラスメイト。人当たりのいい好青年。霊媒体質。
神崎碧人
Kanzaki Aoto
月音の父。神崎流当主。
月御門白桜
Tukimikado Hakuou
陰陽師の大家、御門流当主。
影小路黒藤
Kagenokouji Kuroto
斎陵学園二年の転校生。小路流次代当主。
水旧百合緋
Minamoto Yurihi
白桜の幼馴染。
2023.2.10~3.10
Satsuki presents
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる