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第五章・火の神器レーヴァテイン

災厄を生む子

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 神器が覚醒したお陰で死霊文字が刻まれた剣は文字もろとも破壊され、ヒーリッヒは騎士団に厳重に拘束された後、王城の地下へと投獄された。親方はリンファの気功術で治療され、他の鍛冶屋たちにも目立った怪我はない。

 気味の悪いツタに力を吸い取られただろうウィルはぐったりとしていたが、特に問題はなさそうだった。その顔には隠し切れない疲労が滲んでいるものの、意識もハッキリとしている。それどころか、現在の彼の意識と目はマナが手にした火の神杖レーヴァテインに釘付けだ。

 あの憧れのグラナータ博士が手にしたという火の神器――というだけでなく、神器という彼の好奇心と興味を刺激してやまない未知の存在。つい先ほどまでぐったりとしていたのは何だったのかと言いたくなるくらいに、すっかり元気を取り戻していた。


「それにしても、本当にあたしでいいのかしら……これって、誰かに譲るわけにはいかないのよね?」
「火の神器を使う資格は、何者にも屈さない勇気だに。他の誰かに渡したら、元の置き物の形に戻っちゃうによ」
「マナのガサツさが神器に選ばれる条件だったってわけ? なかなか物好きなのね、火の神器って……」
「あんたこんな時くらいもうちょっと気の利いたこと言えないの?」


 神器というとてつもない力を秘めた武器に選ばれたという事実は、誇らしさよりも心配の念をマナに強く与えた。無理もない、彼女はまだ成人にも満たない子供なのだから。自分に果たしてこの力を振るうだけの資格があるのだろうか、考えれば考えるほどわからなくなった。

 そんな彼女に軽口という名の激励を向けるのはルルーナだ。既にそれなりの付き合いである、マナもそれが彼女なりの励ましだとはわかっているのだろう。怒鳴り立てるようなことはなく、じっとりと恨めしそうな目で見返すばかり。ウィルもリンファも、それにちびも。そんな様子を微笑ましそうに眺めていた。


「……サラマンダー、カミラさんが姫巫女って……」
「……ああ。お前らが知らねえなんて……いや、隠してるなんて知らなかったんだ。悪かったよ」
「いや、それは別にいいんだけど……」


 ジュードは仲間たちの様子を見守りながら、傍らに佇むサラマンダーに声をかけた。精霊と言えどやはり疲れは溜まるらしく、彼の顔にも疲労の色が見え隠れしている。

 神器のことも気にはなるし、今後のことも考える必要はあるのだが、今のジュードが気になるのはやはりカミラのことだった。思えば彼女と出逢ったばかりの頃、ジュードは不思議な夢を見た。あれは確か、女王との謁見後、馬車でミストラルに戻る道中でのことだ。

 “破邪の力を持つヘイムダルの姫巫女ひめみこを守れ――――”

 妙に心地好い声がそう告げてきたのを今でもハッキリと覚えている。水の国で見たあの夢といい、ジェントのことといい、もしやあの夢も何かしらの意味を持っているのかもしれない。というよりは、一種の予言に近いのだろう。


「(姫巫女様を……カミラさんを守れ、か)」


 すると、マナたちと話していたライオットが跳びはねながら傍までやってきた。いつものように足にしがみつくと、そのまま身体を伝ってよじよじと登ってくる。


「カミラのこと、悪く思わないであげてほしいに。ただみんなに自分の素性を明かすのが怖かっただけなんだに」
「怖かった?」


 その話に、ジュードやサラマンダーのみならず、それまで談笑していたウィルたちの視線も一斉にライオットに集まった。ジュードは傍に駆け寄ってきたちびの頭を撫でながら、肩まで登ったライオットを横目に見遣る。すると、ライオットは言葉を探すようにもじもじと短い手を身体の前ですり合わせて語り始めた。


「四千年前の魔大戦の後、ほんの数百年の間は姫巫女が生まれてたけど、この世界はあの大戦の後はずっと平和だったんだに。だからもう巫女は必要にならないってことになって、生まれなくなったんだによ」
「み、巫女が生まれる生まれないって調整できるものなの?」
「もしかして、火の神殿で会った命の大精霊って……」
「そうだに、命の大精霊フレイヤはこの世に生まれる全ての生死を見守る存在だに。彼女が神と相談して、巫女の誕生について決めたんだによ」


 精霊と神が話し合って誕生を決める――人間であるジュードたちには想像もできないような話だ。だが、恐らく重要なのはそこではないのだろう。それについては誰も口を挟むことをしなかった。


「けど、魔族を封印した結界が徐々に弱まってきたのを感じたんだに。だから、もしもの可能性を考えて再び巫女を……カミラを巫女として誕生させることにしたんだによ。けど……ずっと生まれなかった巫女がいきなり生まれたことで、人間たちはきっとよくないことが起きる、この子は災厄を生む子だって言って、カミラはひどい幼少期を過ごしたんだに」
「そんな……」
「自分の正体がバレたらみんなにもそう思われちゃうんじゃないかって、怖かったんだによ。怒らないであげてほしいに」


 姫巫女は、かつて伝説の勇者と共に魔族と戦った英雄だ。本来なら大切にされるはずの存在とも言える。それなのに“災厄を生む子”と忌み嫌われて生きてきたというのは――あまりにも皮肉すぎた。

 ジュードは複雑そうに暫し黙り込んでいたものの、やがて静かに踵を返した。


「オレ、カミラさんのこと探してくる。もうすぐ暗くなるし、ここまで大急ぎで戻ってきたから疲れてるだろうし……みんなは先に休んでて」
「疲れてるのはお前も同じだろ、早めに戻ってこいよ」


 ジュードとて全速力で帰ってきた上に、ライオットとの交信アクセス、そして戦闘で疲労困憊なのだ。背中にかかるウィルの声に一度肩越しにそちらを振り返ると、軽く片手を振って了承とした。


「待ってジュード、私も行くわ」


 そんな彼の背中に声をかけたのはルルーナだった。座っていた中庭のガーデンベンチから立ち上がると、早足にその傍まで駆け寄る。ジュードはその意外な申し出に目を丸くさせて数度瞬いた。


「一人で探すよりずっといいでしょ、……ほら、行きましょ、暗くなっちゃうわ」
「あ、ああ、うん」


 当初と比べてルルーナは変わったとジュードは思っている。今回もカミラのことを心配しているのだ。そう思いはしたが、うまく言葉にできない不安も確かにある。

 さっさと先を歩いて街中に向かうルルーナの背を、ジュードは慌てたように追いかけた。

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