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第五章・火の神器レーヴァテイン
ヒーリッヒとウィル
しおりを挟む不気味な黒いオーラを放つ剣を破壊すべくリンファはちびと共に飛び出したが、それぞれの攻撃は剣そのものに届く前に見えない何かに阻まれた。まるで透明なガラスでもあるかのようだ。
それならば繭を、と思っても、黒いツタは繭から大量に伸びていてヘビか何かのようにウネウネと蠢いている。絡め捕られたら剣を破壊するどころの話ではなくなってしまう。
「こんな……いったいどうすれば……!」
「きゅうぅ……」
マナとルルーナが後方から剣に向けて攻撃魔法をぶつけても、それさえも防がれてしまう。ヒーリッヒはそんな様を目の当たりにして、それはそれは愉快そうに高笑いを上げた。そうして、彼女たちには見向きもせずに依然として締め上げたままのウィルの目の前へと歩み寄る。
「お前らみたいなガキどもより、俺様の方がずっと有能な武器を造ったぞ。悔しいか、悔しいか?」
「有、能な……武器だって……? これが……?」
「くくくっ、俺様は歴史に名を遺す偉人になったんだ。多くの学者どもが今の今まで見つけられなかったアレの知識を手に入れたんだからなぁ! お前、グラナータのファンなんだろ? 悔しいか、悔しいかぁ!?」
ヒーリッヒが何を言いたいのかさしものウィルも最初は理解できなかったが、そこまで言われれば敏い彼のこと、容易に理解できる。この男は、多くの学者たちが遥か昔から探し続けてきた“……文字”を見つけたと言っているのだ、それも声高らかに。ウィルとてそれがどんなものなのか興味はあったが、躍起になって探そうだとか見つけようだとかは思わなかった。
「あ、れは……知ろうとしては、いけないって……!」
「馬鹿め! あんな子供だましを信じてるのか!? それとも、俺様に先を越されたからって優等生を気取ってやがんのか!? ククッ、やっぱガキだな!」
まったく話にならないヒーリッヒにそれ以上言葉を返すことはせず、ウィルは視線のみを動かして彼の肩越しに見える剣を見据える。宙に浮遊する剣の鍔部分には、何らかの肉片らしきものが付着しているようだった。それに気付いたヒーリッヒは口角を引き上げ、目を弓なりに歪めて笑う。
「こいつはお前らがやってる面倒な作業なんか何ひとつ要らなかったぜ! ある文字を刻んで、生贄となる血肉をくれてやるだけだ、簡単だろぉ?」
「な……」
「今回は近場の生き物を使ったが、もし人間の血と肉を使ったらどうなるんだろうなぁ? 光栄に思え、お前の血肉を使ってやるからよぉ!」
ヒーリッヒは意気揚々とそう声を上げた。すると、彼の感情の昂りに呼応するかの如く浮遊する剣と繭が黒光りしたかと思いきや、その周囲に同じく黒い靄が集束し始める。程なくして、それらは――あろうことかグレムリンの形へと変貌した。それにはマナやリンファたちも慌てて周囲を見回す。
「ま、魔族……!? なんで!?」
「まさか、あの剣が魔族を呼び寄せ……いえ、生み出したと……!?」
しかし、その現象は剣を造り出したヒーリッヒも予想外だったようで、つい今の今まで愉悦に満ちた笑みを浮かべていたというのに、周囲に展開するグレムリンの群れを見て途端に怯えを滲ませた。びくりと肩を跳ねさせて、口からは「ひぃ」という引き攣ったような声が洩れる始末。
「な、なんで魔族が!? なんでだ!?」
「あんたのその変な剣のせいじゃないの!? 造った本人ならそれ何とかしなさいよ!」
「ふ、ふざけんな! 妬みやがって!」
マナが怒声を張り上げると、それに負けじとヒーリッヒも吠える。どうしても自分に都合のいいように解釈したいようだが、この状況で妬みも何もあるわけがないのだ。グレムリンたちは「キヒヒ」と低く笑うと、見るからに怯えているヒーリッヒ目掛けて飛びかかった。
けれど、その鋭利な爪が彼の身に触れるよりも先に、紅蓮の炎の塊が弾丸のようにグレムリンたちの身に叩きつけられ、ものの見事に吹き飛んだ。それに続いて地面にどっしりと鎮座したままの繭に勢いよく剣が――刀が突き刺さる。その様子にリンファとちびはそれらが飛んできた方へと反射的に目を向けた。
「ロクでもねえブツに目ぇつけやがって! 死にたくなけりゃさっさと離れろ!」
「サ、サラマンダー、足速い……みんな、大丈夫か!?」
「ジュード様! あの中にウィル様が……!」
それは、ここまで全力疾走してきたサラマンダーが放ったものだ。メンフィス邸の門をジュードと共に潜った彼は、宙に浮遊する剣と痛がるように戦慄く繭を見据えて舌を打つ。
ジュードはリンファの声に奥歯を噛み締めると、目にするのも億劫になる光景へと視線を投じる。黒い不気味なオーラを放つ剣と、繭らしき物体、それから伸びるツタのようなもの。ウネウネとした動きに、ジュードは全身が粟立つのを確かに感じた。何が起きればこうなるのか、想像さえできないくらいだ。
サラマンダーはそちらに目を向けたまま、傍らのジュードに一声かけた。
「おい、マスターよ。そいつと交信しろ」
「え、ライオットと? ……ライオットって戦えるの?」
「そいつはそんなナリでも光の精霊だ、魔族相手になら有利に戦える。だからイスキアの野郎がお前のところに置いてったんだろうよ」
「そ、そんなナリとはなんだに! 失礼なやつだに!」
奇妙と可愛いが同居しているような見た目のせいでまったく強そうに見えないが、ライオットもれっきとした精霊だ。それに、交信はあくまでも一体化した精霊の力を借りて、ジュード自身が戦うこと。ライオットがいくら強そうに見えなくても、ジュードがその力を上手く使いこなせれば問題ないのだ。
こうしている間にも、グレムリンたちは再び起き上がり、宙に浮遊する剣は再び黒い靄を発生させ始めている。考えているだけの時間はなかった。
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