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第五章・火の神器レーヴァテイン
フラムベルクの部下
しおりを挟むフラムベルクとフレイヤ、ふたりの大精霊に見送られて神殿を後にしたジュードたちは、その足で帰路につくことにした。またここまでの道のりを辿って帰らなければならないことを考えればウンザリとしてしまいそうだったが。
現在の時刻はまだ正午前、今から発てば魔物の群れと遭遇し続けても二日ほどで帰れるだろう。そこで、ジュードは己の肩に乗るライオットを見遣ると、先ほどフラムベルクから渡された小瓶を軽く示してみた。
「なあ、ライオット。さっきのこれって、一回きりなのか?」
「にょ? そういうわけじゃないに、この瓶は言わば寝床みたいなものなんだに。何回でも喚べるし、好きな時にしまえるによ」
「これがベッド? なんだか、狭くて少しかわいそうだね……」
「大きさにこだわるのは人間くらいのものだに、精霊は別に気にしないによ」
ジュードが取り出した小瓶を見てカミラが悲しげに呟くものの、ライオットは至極当然とばかりの返答を返して寄越す。人間は広々とした寝台の方が快眠できる者も多いが、精霊はそれとは感覚が異なるのだろう。それと同時に、重要なのは大小などの見てくれではないと言われているような気がして、真理を突かれた気分だった。
「ではジュード、一度喚び出してみるのか?」
「はい、挨拶もしておきたいし……それに、帰り道にちょっと加勢してもらえないかなって」
「それはいい考えだに、一晩休んだって言ってもみんなクタクタだと思うに。戦いに関することならあいつはきっと喜んで協力してくれるはずだによ」
メンフィスの言葉にジュードは一度頷くと、手に持つ小瓶の蓋を開けてみた。ライオットの口ぶりから察するに、フラムベルクの部下という精霊とは顔見知りなのだろう。それでも、何が出てくるのかわからないこともあって、騎士団は戦々恐々といった面持ちで緊張を露わにしているが。
ジュードが蓋を開けると、次の瞬間――小瓶の中から赤い光があふれ出し、少しばかり離れた場所に集まり始めた。それは瞬く間に人の形を成していき、程なくして青年の姿を形作る。茶色の髪を赤いバンダナで押さえる形で逆立たせ、和の着物を派手に気崩した出で立ちはひどく粗暴そうな印象を与えてくる。人間で考えると――その顔立ちは二十代半ばほどといった風貌だった。
その、あまりにも精霊とは思えないどこぞの野盗にも見える姿にジュードはもちろんのこと、メンフィスも呆気にとられていた。カミラなどジュードの隣ですっかり固まっている。
「なんだよ、もう俺様の出番か?」
「ど、どうも……」
「マスターそんなに固くならなくていいによ、こいつは見た目がこんなのだから怖く見えるけど根は悪いやつじゃないに」
「おい、ハンペン野郎。お前に見た目がどうとか言われたくねえよ、相変わらずふざけた顔面しやがって」
フォローのつもりで言っただろうライオットの言葉に即座にそんな切り返しが返れば、ジュードは思わず小さくふき出してしまった。ライオットは見た目がタマゴ型且つ真っ白で、その身は驚くほどにもっちりとしている。まるで吸い付くような。そのためジュードは「モチ」を連想したのだが、確かにハンペンの弾力も似ているかもしれない。すると、そんなジュードの心の動きに気付いたらしく、当のライオットが横目に見遣ってくる。
「マスター、おかしなこと考えてるにね、怒るによ」
「……へぇ、お前がフラムベルクの言ってたマスターか、まだガキじゃねえか。……まあいい、俺様はサラマンダーだ。好きな時に喚んでもいいが、今回はなんだ? 見たところ周りに敵らしいやつはいないようだが……」
「ああ、それは……」
どうやら、この粗暴そうな男はサラマンダーと言うらしい。瓶の中にいる時は外の会話は聞こえないものなのか、状況がまだよくわかっていないようだった。騎士団の面々を見て不思議そうに首を捻るばかり。
しかし、ジュードが簡単に事情を説明すると、サラマンダーはにたりと歯を見せて笑った。それはそれは嬉しそうに。目など子供が好物を前にした時のように輝いている。
「そういうことなら任せておきな、お前らは後ろで休んでていいぜ。俺様が全部ぶっ飛ばしてやるからよ」
「ぜ、全部?」
帰り道に少し加勢してくれるなら有難いと思ってのことだったのだが、あろうことか「全部」などと言い出した。それはハッタリか、それともそれほどの実力者かは――見てくれだけではわからない。さしものメンフィスも、サラマンダーのその実力を測りかねているようだった。特に、この火の国の魔物は狂暴で手強いものばかりなのだから。
「それじゃ、さっさと行こうぜ。寝起きの運動にはちょうどいい」
「メ、メンフィスさん……」
「う、ううむ……まあ、危険だと判断すれば加勢に入ればいいだろう。精霊の力を見るよい機会かもしれん」
「そう、ですね……」
早々に踵を返すサラマンダーを見て、ジュードは困ったようにメンフィスを振り返る。すると、メンフィスも幾分か困惑したような面持ちでどうしたものかと頭を抱えていたが、取り敢えずは任せることにしたらしい。サラマンダーの言葉が虚勢ではなく事実なら、疲労が溜まり放題の騎士たちにとっては何より有難い。
カミラはそんなジュードたちのやり取りを聞いた後、そっと南の空を仰ぐ。青空には、今日も雨雲らしきものはない。清々しいほどの晴天だった。サラマンダーの赤を見て思い出すのは、誘拐された時のこと。
まるで導くように見えたあの紅色の髪をした人は誰だったのだろうか。
助け出された少女たちの中にそれらしい人物はいなかった。
「(あの人は、いったい何だったのかしら……幻のような感じではなかったと思うんだけど……)」
考えたところで答えなど出るはずもないのだが、考えずにはいられなかった。
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