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第五章・火の神器レーヴァテイン

秘密の特訓場所

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 ……こうして世界を救った青年は人々から『勇者』と崇められ、勇者は光の剣――聖剣をこの世に残して天へと還っていった。

 ――著、グラナータ・サルサロッサ


 ジュードは屋敷にある自室で本を閉じると、それを枕元に置いてから寝台に横になった。隣ではちびとライオットが既に気持ちよさそうに眠っている。

 一方で、ジュードは仰向けに寝転がったままジッと薄暗い天井を見つめていた。頭に浮かぶのは、先ほどの神器についての話。


「(伝説の勇者は実在した……それに、あのグラナータ博士が勇者様の仲間だったなんて。博士ほどの偉大な人なら神器に選ばれるのもわかるけど、今の時代にそんな人はいるんだろうか……)」


 ジュードが敬愛する伝説の勇者と、ウィルが崇拝するグラナータ博士。その二人がまさか同じ時代を生きていて、それも共に魔族と戦った仲間だったとは――知らなかった。恐らく学者たちだって知らないことだろう。

 ライオットは「神器は六つある」と言っていた。ならば、他の五つにも所有者がいたはず。果たして今のこの世に、神器を手にする資格を持つ者なんて六人もいるのだろうか。もし誰も相応しい者がいなければどうなるんだろう。


「(……その時はその時か、オレが今やらなきゃいけないのは少しでも強くなることだ。メンフィスさんにお願いして稽古つけてもらおうかな、でも忙しそうだしなぁ……)」


 一言で「強くなる」と言っても、我流で腕を磨くのには限界がある。実戦経験が豊富なメンフィスに頼むのが一番だし、今の二刀流も彼の勧めで始めたのだから頼んでもいいのだろうが、忙しい時に頼むのはやはり気が引けてしまう。まずは自分でできるところまでやってみるのがいいだろうか。そんなことを考えながら、ジュードはそっと目を閉じた。


 * * *


 次に目を覚ました時、彼の視界に映ったのは辺り一面に広がる白。そこは、以前も訪れたあの白の宮殿――らしき場所だった。慌てて隣を見てもちびもライオットもいない。それどころか寝台の上ですらなかった。どうやらいつの間にか眠っていて、またこの場所の夢を見ているらしい。


『こ、ここは、この前の……』


 誘拐されたカミラを助けに行ったあの時、リュートという奴隷商人との戦いはほとんど相手にならなかった。
 夢の中で戦ったあの人はもっと速くて、もっと強かったとハッキリ思ったほど。これはただの夢なのか、それとも何かしら意味のあるものなのか――あの、水の国の森でのことが正夢になった時のように。


『……考えるのは後だ』


 正直、今のジュードにとっては意味のある夢でもそうでなくてもどちらでもいい。そう思うのと同時に、目の前の大扉に向かって駆け出していた。この先は四季の花が咲き誇る庭園だ、あの時はそんな庭でなぜか戦う羽目になった。しかし、もしもまたそんな状況になったら、なれたら――きっと今よりももっと強くなれる。

 大扉を押し開けた先、そこにはやはり先日の夢と変わらず、季節ごとの花が綺麗に咲き乱れる庭園が広がっていた。高い天井から惜しみなく降り注ぐ陽光が花々を照らす様は非常に美しい。

 そして庭園の中央には――今日も、あの紅色の髪をした人間が佇んでいた。ジュードが転がり込むようにやってきたのに気付くと、肩越しに振り返る。その顔はやはり異様なほどに整っていて、思わず息を呑んでしまうほどに美しかった。つい何を言おうとしていたのかを忘れそうになるくらい。

 数拍ほど惚けてしまったものの、早々に意識を引き戻すと慌てて頭を下げた。


『あ、あの……オレを、鍛えてくれませんか? 今よりももっともっと強くならなきゃいけないんです。いきなり何言ってんだって思われるかもしれませんけど、その……』


 ジュード自身、そう言葉にしながら自分で自分があまりにも滑稽だった。一度夢で見て思っていた以上に現実で身体が動いたからって、何を夢なんていうあやふやなものに縋って馬鹿なことを口走っているんだと。だが、どうせ夢なら何でもいい。馬鹿なことでも何でも口にしてやる、とも思った。ジュードが夢で何を言おうと、誰にもバレるわけではないのだから。

 すると、深々と下げた頭に何かが触れた。やんわりと撫でるように動くそれは、恐らくは手だ。そっと顔を上げてみると、正面まで歩み寄ってきた当の相手がいた。近くで見れば見るほど、その顔は整っていて、胸のど真ん中を何かで撃ち抜かれるようだった。ジュードの頼みごとに対して柔らかく微笑んで、その口唇が何事か言葉を紡ぐ。しかし、声は聞こえなかった。


『……え?』
『――』


 ジュードが思わず目を瞬かせると、相手は困ったように笑って辺りを軽く見回す。そんな一連の表情の変化や仕種のひとつひとつがまるで作り物のようで、綺麗などという言葉では到底表しきれない。

 そんなことを考えるジュードをよそに、腰の裏に据え付けていた剣を鞘ごと外したかと思いきや、その先を地面に押しつける。芝生で綺麗に整えられているそこには、程なくして文字が刻まれた。所謂、筆談というものだ。

 “今はまだ、声が届かない”――と。


今は・・……?』


 夢に何らかの意味合いを求めたり持たせるなど馬鹿げている。
 頭の片隅では確かにそう思っているはずなのに、今のこの状況を、この相手をただの「夢」で片付けてしまっていいのかは疑問だった。これは眠っている時に見る普通の夢ではない気がして。確証なんてものはどこにもないが。

 だが、深く追求するよりも先に相手は早々に踵を返してしまった。そしてある一定の距離を保って立ち止まると、改めて身体ごとジュードに向き直る。次の言葉は地面に書かれなくとも理解できた。

 “――始めようか”

 その口唇は、確かにハッキリとそう動いた。

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