106 / 230
第五章・火の神器レーヴァテイン
秘密の特訓場所
しおりを挟む……こうして世界を救った青年は人々から『勇者』と崇められ、勇者は光の剣――聖剣をこの世に残して天へと還っていった。
――著、グラナータ・サルサロッサ
ジュードは屋敷にある自室で本を閉じると、それを枕元に置いてから寝台に横になった。隣ではちびとライオットが既に気持ちよさそうに眠っている。
一方で、ジュードは仰向けに寝転がったままジッと薄暗い天井を見つめていた。頭に浮かぶのは、先ほどの神器についての話。
「(伝説の勇者は実在した……それに、あのグラナータ博士が勇者様の仲間だったなんて。博士ほどの偉大な人なら神器に選ばれるのもわかるけど、今の時代にそんな人はいるんだろうか……)」
ジュードが敬愛する伝説の勇者と、ウィルが崇拝するグラナータ博士。その二人がまさか同じ時代を生きていて、それも共に魔族と戦った仲間だったとは――知らなかった。恐らく学者たちだって知らないことだろう。
ライオットは「神器は六つある」と言っていた。ならば、他の五つにも所有者がいたはず。果たして今のこの世に、神器を手にする資格を持つ者なんて六人もいるのだろうか。もし誰も相応しい者がいなければどうなるんだろう。
「(……その時はその時か、オレが今やらなきゃいけないのは少しでも強くなることだ。メンフィスさんにお願いして稽古つけてもらおうかな、でも忙しそうだしなぁ……)」
一言で「強くなる」と言っても、我流で腕を磨くのには限界がある。実戦経験が豊富なメンフィスに頼むのが一番だし、今の二刀流も彼の勧めで始めたのだから頼んでもいいのだろうが、忙しい時に頼むのはやはり気が引けてしまう。まずは自分でできるところまでやってみるのがいいだろうか。そんなことを考えながら、ジュードはそっと目を閉じた。
* * *
次に目を覚ました時、彼の視界に映ったのは辺り一面に広がる白。そこは、以前も訪れたあの白の宮殿――らしき場所だった。慌てて隣を見てもちびもライオットもいない。それどころか寝台の上ですらなかった。どうやらいつの間にか眠っていて、またこの場所の夢を見ているらしい。
『こ、ここは、この前の……』
誘拐されたカミラを助けに行ったあの時、リュートという奴隷商人との戦いはほとんど相手にならなかった。
夢の中で戦ったあの人はもっと速くて、もっと強かったとハッキリ思ったほど。これはただの夢なのか、それとも何かしら意味のあるものなのか――あの、水の国の森でのことが正夢になった時のように。
『……考えるのは後だ』
正直、今のジュードにとっては意味のある夢でもそうでなくてもどちらでもいい。そう思うのと同時に、目の前の大扉に向かって駆け出していた。この先は四季の花が咲き誇る庭園だ、あの時はそんな庭でなぜか戦う羽目になった。しかし、もしもまたそんな状況になったら、なれたら――きっと今よりももっと強くなれる。
大扉を押し開けた先、そこにはやはり先日の夢と変わらず、季節ごとの花が綺麗に咲き乱れる庭園が広がっていた。高い天井から惜しみなく降り注ぐ陽光が花々を照らす様は非常に美しい。
そして庭園の中央には――今日も、あの紅色の髪をした人間が佇んでいた。ジュードが転がり込むようにやってきたのに気付くと、肩越しに振り返る。その顔はやはり異様なほどに整っていて、思わず息を呑んでしまうほどに美しかった。つい何を言おうとしていたのかを忘れそうになるくらい。
数拍ほど惚けてしまったものの、早々に意識を引き戻すと慌てて頭を下げた。
『あ、あの……オレを、鍛えてくれませんか? 今よりももっともっと強くならなきゃいけないんです。いきなり何言ってんだって思われるかもしれませんけど、その……』
ジュード自身、そう言葉にしながら自分で自分があまりにも滑稽だった。一度夢で見て思っていた以上に現実で身体が動いたからって、何を夢なんていうあやふやなものに縋って馬鹿なことを口走っているんだと。だが、どうせ夢なら何でもいい。馬鹿なことでも何でも口にしてやる、とも思った。ジュードが夢で何を言おうと、誰にもバレるわけではないのだから。
すると、深々と下げた頭に何かが触れた。やんわりと撫でるように動くそれは、恐らくは手だ。そっと顔を上げてみると、正面まで歩み寄ってきた当の相手がいた。近くで見れば見るほど、その顔は整っていて、胸のど真ん中を何かで撃ち抜かれるようだった。ジュードの頼みごとに対して柔らかく微笑んで、その口唇が何事か言葉を紡ぐ。しかし、声は聞こえなかった。
『……え?』
『――』
ジュードが思わず目を瞬かせると、相手は困ったように笑って辺りを軽く見回す。そんな一連の表情の変化や仕種のひとつひとつがまるで作り物のようで、綺麗などという言葉では到底表しきれない。
そんなことを考えるジュードをよそに、腰の裏に据え付けていた剣を鞘ごと外したかと思いきや、その先を地面に押しつける。芝生で綺麗に整えられているそこには、程なくして文字が刻まれた。所謂、筆談というものだ。
“今はまだ、声が届かない”――と。
『今は……?』
夢に何らかの意味合いを求めたり持たせるなど馬鹿げている。
頭の片隅では確かにそう思っているはずなのに、今のこの状況を、この相手をただの「夢」で片付けてしまっていいのかは疑問だった。これは眠っている時に見る普通の夢ではない気がして。確証なんてものはどこにもないが。
だが、深く追求するよりも先に相手は早々に踵を返してしまった。そしてある一定の距離を保って立ち止まると、改めて身体ごとジュードに向き直る。次の言葉は地面に書かれなくとも理解できた。
“――始めようか”
その口唇は、確かにハッキリとそう動いた。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる