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第五章・火の神器レーヴァテイン

未知との遭遇

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『ねえ、ママ。どうしてあの子とあそんじゃいけないの?』
『どうしてもよ。ほら、早くいらっしゃい』


 山の麓にある名もない小さな村の隅、マナはいつも膝を抱えて座り込んでいた。視界にはいつだって楽しげに駆けずり回る同年代の子供たちの姿。彼らはマナをちらりと見ては声をかけたそうにしていたが、親に厳しく言われているらしく、実際に声をかけてくる者はひとりもいなかった。

 他の国に比べて緩やかとは言え、風の国ミストラルも魔物の狂暴化を受けて一部の魔物が暴れ回ることがあった。特にオーガなどの大型の魔物は攻撃性を増し、人間を見かけるだけで襲いかかってくるようになった。

 この麓の村はそんな魔物の襲撃を受けて、つい先日田畑を荒らされたばかり。その際にマナは両親を亡くした。

 地の国グランヴェルが完全鎖国になってからというもの、商人たちは大口の取引相手が大幅に減り、転職を余儀なくされる者も多かった。これまでは平穏に、それなりに裕福に暮らしていけた風の国の民は次第に貧しくなり、どこも余裕がなくなっていたのだ。

 だから、天涯孤独になったマナに懐かれて養うことになったら困る。大人たちの本音はここにある。

 マナはいつもひとりぼっちだった。


『何してるの?』


 そんな時、当たり前のように声をかけてきてくれたのが――ジュードだった。
 後に、自宅近くの森に遊びに出掛けたつもりが、道を間違えて村まで降りてしまったと言っていたが、当時小さな身で孤独に耐えていたマナにとって、泣きたいほどに嬉しい瞬間だった。



 過去の懐かしい記憶を思い返しながら、マナはぼんやりとした様子で鍋を引っ掻き回す。外からは耳に心地好い鳥のさえずりが聞こえてくる。
 昨夜、屋敷を見て回ったが幸いにも特に大きな被害はなかった。庭の一部が燃えたような痕跡はあったが、屋敷に燃え移ることはなかったようだ。

 現在は朝の七時を回って少しと言ったところ、そろそろ仲間も起きてくるかもしれない。マナは火を止めると、人数分の食器の用意を始めた。頭の回転は普段よりすこぶる悪いが、染みついた癖だ。一行の食事はいつも彼女が担当している。


「(……はあ。あたしって可愛くないな、全然大丈夫じゃないくせに強がっちゃってさ)」


 マナの初恋は、ジュードだった。それからずっと今の今まで淡い恋心を抱いてきたつもりだ。だが、女王アメリアに呼ばれてこの火の国まで行ったジュードが帰ってきた時、カミラが彼の隣にいた。なんとなく嫌な予感がしたのだ。所謂“女の勘”というもの。


「(考えたってどうしようもないのよね、わいわいするの好きだし、あたしが原因でみんながギクシャクするのも嫌だし)」


 最初こそ色々あったが、今となってはルルーナだってマナにとっては友人の一人だ。小さい頃はひとりぼっちだったマナにとって、今の環境はとても楽しくて幸せでもある。カミラだって、いくら恋敵であろうと大事な友人だった。彼女さえいなくなれば、などと思ったことは一度もない。

 そんなことを考えていた時――不意に、玄関の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。ドアノッカーさえ使わずに勝手知ったる様子で入ってくる物音を聞けば、他に思い当たる人物はいない。この屋敷の本来の持ち主であるメンフィスだ。


「おおい、誰か起きとるか?」
「メンフィスさん、おはようございます。どうしたんですか?」
「おお、マナ。ジュードのやつはまだ寝とるか? あいつに荷物を預かってるとかで部下からこれを受け取ってな、どうやらあの旅人からのようだ」
「あの旅人って……シヴァさんって人と、イスキアさんっていう……」
「うむ、……どれ、ワシはジュードを起こしてこよう。疲れて休んでいるところを悪いが、あの者たちの素性も気になるからな」


 思った通り、程なくして顔を覗かせたのはメンフィスだった。まだ王都は街も城もメチャクチャの状態だ、その厳つい顔には隠し切れない疲労が見て取れる。けれど、そんな彼は小脇にひとつの白い箱を抱えていた。メンフィスはその箱をテーブルの上に置くと、ジュードを起こすべく再び廊下に出て行く。

 確かに、シヴァとイスキアの素性は不明だ。昨日は助けてくれたが、彼らはいったい何者なのか。あの魔族の女の攻撃をものともせず、あっさりと防いでしまったあの力。ただ者でないことだけはマナにもよくわかった。


「ジュードに荷物って、何かしら。この軽さだと本とかではなさそうね……食べ物、も違うかなぁ……」


 テーブルに置かれた箱を持ち上げてみても、重量はそれほどないようだ。例えるなら、小玉のメロンひとつ分ほどの重さ。頑丈に封もされていない箱をテーブルに置いて、改めてジッと眺めてみる。しかし、押し寄せる好奇心に抗いきれず、いけないとは思いつつもそっと蓋を開けてみた。


「…………なに、これ……」


 すると、箱の中には――真っ白い丸々とした何かが入っていた。一目見た限りでは餅のような何かだが、白いそれがゆっくりと上下しているところを見ると、恐らくは生き物で、これは呼吸だ。だが、眠っているのか動く気配はない。

 未知の生き物(?)を前に、マナはただただ固まるしかなかった。

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