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第四章・精霊
あの人は怒らせると怖い
しおりを挟む「ちび、こっちでいいんだな?」
「ガウッ!」
王都ガルディオンを飛び出したジュードたちは、先導するちびに従い道なりに南下していた。ちびと、その背中に乗るジュードを先頭に立て、ウィルたちはその後に続く。彼らに今回初めて同行するシルヴァは、魔物が人の言うことを聞いている様子に瞠目していた。
そんな中、ウィルは馬を走らせながら彼女を振り返って気になることを聞いてみた。
「シルヴァさん、さっき言ってた奴隷商人っていうのは……?」
「あ、ああ、きみたちは知らないのか。ここ最近、若い女性や少女たちが次々に行方不明になってるんだ。最初は魔物に襲われたのだろうと思う者も多かったが……きみたちも知っての通り、我が国は狂暴な魔物であふれている、そんな中にか弱い市民が進んで出て行くことはない。都の中にいる者が魔物に襲われて人知れず命を落とすなど、有り得ないんだ」
この世界の街や村々、人の営みがある場所には必ず魔物の侵入を阻む神聖文字が描かれている。中にはその抵抗や影響を受けずに入ってくる魔物もいるが、ほとんどがその結界を嫌がり中までは入ってこないのだ。つまり、人が住まうところは神聖文字によって守られている。シルヴァの言うように戦う力を持たないか弱い女性たちが、進んで都の外に出て行くなど考えられなかった。
「確かにそうね……いつ魔物に襲われるかわからないんだもの、私なら絶対に一人で都の外に出ようなんて思わないわ」
「では、その方々が行方不明になったのは、都の中で誰かに襲われたか、もしくは……誰かと一緒だったから都の外に出た、というところでしょうか。確かに誘拐の可能性が高くなりますね」
その返答にルルーナは納得したように頷き、リンファは頭の中で情報を纏めながら呟く。
「で、でも、奴隷商人ってことは人を売るんでしょ? 人身売買って犯罪なんじゃ……」
「……他の国では、ね。でも、グランヴェルでは合法よ。もし今回の行方不明騒動に関わってるのが奴隷商人なら……どこから来たのか、なんとなく考えつくわね」
マナが言うように、人身売買は犯罪である。風の国、火の国、水の国では人身売買は人の尊厳を著しく損なう行為とされ、行った者は厳罰に処すくらいだ。
しかし、閉鎖的な地の国グランヴェルだけは例外らしく、未だに人身売買が認められているのだと――ルルーナは言う。もしそんな連中にカミラが捕まったのだとしたら。それを考えるとジュードは焦燥に駆られた。
* * *
王都ガルディオンを道なりに南下していくと、ひとつの森に辿り着く。比較的見通しのいい森だが、今は時間が時間だ。都を出た時には既に夕方だったが、太陽はどんどんと山の向こう側へと沈み、森に到着する頃には夕闇に包まれていた。
ちびは地面に鼻先を寄せ、すんすんと匂いを嗅ぐ。すると、森の中にある道を逸れて入り組んだ獣道へと飛び込んだ。ここから先は馬は入れそうにない。ウィルたちは下馬して、ジュードとちびの後に続くことにした。
「なるほど……本来の道から逸れて、獣道の先を拠点にしているというわけか。……見たところ、まだ新しい足跡があるな」
「そうですね、ここに人が出入りしてるのは間違いなさそうだ」
辺りは既に暗くなっているが、空から降る柔らかい月の光が微かに足元を照らす。そこには、草を踏みしめたような真新しい痕跡が残っていた。
「――なんだぁ、テメェらは!」
そんな時だった。獣道を奥へ奥へと進んだ先に見つけた野営地らしき一角、そこに佇む大柄な男が不意にこちらに向けて怒声を張り上げたのだ。
見るからにガラが悪い。片手には斧を持ち、奥にある大きな廃屋を守っているように見える。見張り役なのだろう。小屋の隣には簡素なテントが設置されており、中からは話し合うような声が聞こえてきた。
「ガウッ!」
「ちび、ここか?」
「ガウガウッ!」
「……間違いなさそうだ」
前脚をしっかりと大地に張りながら威嚇するように吼え立てるちびを見て、ジュードとウィルは確信する。間違いない、カミラはここにいる。
そうこうしている間に、テントの中からは複数の男たちが出てきた。見張り役の男と同じように何とも厳つく、屈強そうな者たちだ。中には魔法使いらしき装いの男も見えたが。
「なんだなんだぁ、ガキが揃いも揃って……」
「待て! ガルディオンの騎士もいやがるぞ!」
一人の男が、ジュードたちの後方にいる――自分たちを睨むシルヴァの存在に気付いた。彼女が身に纏う白銀の鎧は王都ガルディオンの騎士のものだ。火の国エンプレスでの活動がそれなりに長いのなら、わからないはずがない。シルヴァは腰から剣を引き抜くと、一歩一歩ゆっくりと男たちへと近づいた。
「こんなところに潜伏していたとはな。だが、お前たちの悪事も今日までだ、怪我をしたくなければ大人しくしなさい」
「女のくせに何を偉そうに! やれるモンならやってみやがれ!」
男たちはシルヴァの言葉に各々声を張り上げる、戦闘は避けられそうもない。
こちらの態勢が整うのを待つはずもなく、男たちは勢いよく駆け出してきた。シルヴァはそれを見て身構え、ウィルやリンファもそれぞれ武器を手にして構える。
ジュードは駆けてくる男たちの奥、魔法の詠唱に入る魔法使い数人を見て嫌そうに表情を歪ませた。ちびはそんなジュードを守るように彼の前に立ちはだかり、低く唸る。それを見て、ジュードは腰に提げる鞘から剣を引き抜いた。
相手は誘拐犯でも、人間だ。マナとルルーナに援護してもらうには少し難しい、彼女たちの魔法では命まで奪ってしまう恐れがある。やりにくいとジュードが思った、まさにその時。
「女を甘く見過ぎる者には、相応の仕置きが必要だな……」
先頭に出たシルヴァの口から、低いトーンでそんな呟きが洩れた。ジュードたちには背中側になっているせいで、彼女が現在どんな顔をしているのかはまったくわからない。だが、その声は怒りを押し殺したような恐ろしいものだった。思わず背筋に冷たいものが伝うくらいに。
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