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第四章・精霊
グラナータ博士が遺した警告
しおりを挟むジュードたちが王都ガルディオンに帰り着いて、既に五日。その間、彼らはほとんど休む暇もなく作業にあたっていた。性能確認はどれも完璧で、武器防具共に考えていた以上の素晴らしい結果を出せたと思っている。あとは、これらを実戦に投入するだけだ。
完成した魔法武器と防具は、城からやってきた騎士たちが先ほど運び出していったばかり。ウィルは久方振りの休息に、今日もいつも通り本を読んでいた。作業場の一角に座り込んで広げる本は水の国から借りてきたものではなく、彼が小さい頃に感銘を受けた本。ウィルが『グラナータ・サルサロッサ』という大昔の人間に興味を持つキッカケとなったものだった。
大量にあったとされる彼の文献は、そのほとんどが解読が難しく失われてしまったと聞くが、その中には今の時代の者が知らない知識も数多くあったことだろう。それを考えると、ウィルはいつも悔しい想いに苛まれた。
「(俺がもっと早く生まれていたら、意地でもその文献を全部解読したのになぁ……)」
文字そのものが魔力を持つ古代文字――これは多くの書物では『神聖文字』と呼ばれている。この知識を遺したのは、グラナータ博士ただひとりだけ。他にも似たような文字をさも偉大なもののように書き残した作家は数多くいるが、そのいずれも紛い物だった。どれだけ試しても何の変化も起きない、ただの子供だまし。
しかし、グラナータ博士が遺した古代文字は正しく綴ることで確かに効果を見せた。今ではその古代文字の数々は人々の生活のあらゆるところに潜んでいて、より快適な暮らしの手助けをしてくれている。
例えば、明かりや炎を灯す古代文字は街や村々の街灯に使われ、よくないものを浄化する文字は大体の井戸に刻まれている。魔物が街や村に入ってこないように、地面や壁に刻むことで結界を張る便利な文字も存在するのだ。そしてそれらの古代文字を独自に研究し、武器に応用することでジュードたちは魔法武器というものを生み出すことに成功した。
けれど、その一方で気になる言葉がある。それは一種の警告とも呼べるもの。
“……僕がここに書き残す神聖文字が、時を超えて多くの者の助けになることを願う。
神の眷属の加護と祝福を受ける神聖文字は、多くの人々の願いと祈りに応えるだろう。
暗き闇を照らし、魔を祓い、世界に泰平をもたらすものとなるだろう。
されど、人々が……文字を求めるのならば、この世界のすべては、そなたに牙を剥く。
あれを知ろうとしてはいけない。得ようとしてはならない。求めてはならない。
あれを願い求める行為は、泰平を破壊する一因となると知れ。
その行いは、この世を確実に破滅へと導くだろう――……”
そこまでを読んで、ウィルはぱたんと本を閉じる。ここに綴られている『……文字』の正体は、ウィルでも知らないことだ。多くの学者が「これではないか、いいやきっとこれだ」と議論を繰り返しているが、答えは未だ見つかっていない。
その文字を求め、知ろうとすることがなぜ世界の破滅へと繋がるのかは不明だが「駄目だ」と言われれば、余計に知りたくなるのが人間というものである。
グラナータ博士はそれを知っていてこう書いたのだ、彼は未来の人間がこれを解明することを心待ちにしているのだ、これは古代からの挑戦状なのだと、学者たちはそう息巻いている。もう何十年も――否、恐らく何百年も前から。
知りたいと思う気持ちは、ウィルの中にもある。けれど、敬愛するグラナータ博士が「やめろ」と警告しているのならば、それ以上踏み込む気にはなれなかった。
「ウィル!」
「……ん?」
そこへ、転がり込むようにしてジュードとマナが駆け込んできた。息が上がっているところを見ると、ここまで走ってきたのだろう。その顔に複雑な色が滲んでいることから、あまり嬉しい話ではなさそうだ。
「大変なの、前線基地に武具を運ぼうにも人手が足りないって……それで」
「ああ、わかったよ」
そこまで言われればわかる。どうせ自分たちが行くとでも言ったのだろう、恐らくジュード辺りが。ウィルは手にしていた本を作業台下の棚に入れると、ジュードやマナと共に作業場を後にした。
けれど、彼らが出て行ってからほんの数分後のこと。作業場に足を踏み入れる姿がひとつ。それは、ガルディオンの鍛冶屋で下働きをしている男で、名をヒーリッヒという。
ヒーリッヒは辺りを注意深く警戒しながら作業台に近づくと、台の下に納められている本の数々と、ウィルが普段作業の際によく見ているノートを引っ張り出した。
「あんな……あんなガキどもより俺の方がずっと上だ。この珍しい技術は俺様の手にあってこそ輝くんだ、見てろよ……!」
数冊の本とノートを抱き締めるように抱えると、ヒーリッヒは周りに誰もいないことを確認してさっさと作業場から逃げ出した。
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