上 下
79 / 230
第四章・精霊

もしもの話

しおりを挟む

 翌朝、マナは朝食の支度に勤しみ、ウィルは持っていく作業道具の確認をしていた。作業道具は火の国の王都ガルディオンでも揃えることはできるが、やはり自分の手に馴染んだものが一番である。
 ルルーナは勝手知ったる様子で寛ぎ、カミラは花の水遣りでご機嫌状態。リンファはマナの手伝いをしていた。

 そして、ジュードはと言えば――


「……ジュード、傷の具合はどうだ?」


 朝の支度を終えたジュードは、階下に降りようと自室を出たところで父グラムと廊下で鉢合わせた。グラムは心配そうにジュードの右肩を見遣り、眉尻を下げる。魔族と関わるジュードのことを、父であるグラムが心配しないはずがない。


「おはよう、父さん。大丈夫だよ、リンファさんのお陰でもう随分いいんだ」
「そうか……なら、いいんだが」


 魔法を受けつけないジュードにとって、リンファが扱う気功術は何よりも有り難いものだ。彼女のお陰で、ジュードの右肩に刻まれた深い傷は随分と回復していた。これなら、もう戦線に復帰しても問題はないだろうと思えるくらいに。


「父さんこそ」
「うん?」
「ちゃんと、飯食ってる?」


 そして、心配は何もグラムだけではない。ジュード自身、父が元気にしているのかどうか心配だった。
 生き甲斐と言える鍛治仕事は、今は怪我でできずにいる。身の周りのことは支障がないほどには回復したが、退屈をしていないか、寂しくはないか、元気でいるのか。離れて暮らす以上、心配は尽きない。

 しかし、そんなジュードの言葉を聞いて、グラムは目を丸くさせたかと思うと次の瞬間には愉快そうに声を立てて笑った。


「ちょ、なんで笑うの!?」
「いや……ワシがお前に心配されるようになるとはな」


 唐突に笑い出す父に、ジュードは呆気に取られたような表情を浮かべはしたが、程なくして不服そうな――拗ねたような表情を滲ませた。そんな愛息子に対し、グラムはひと頻り笑うと静かにその正面に歩み寄る。そうしてご機嫌を取るように、赤茶色の頭を片手で撫でつけた。

 成長したとは言え、まだグラムの方が身長が高い。自分よりも低い位置にあるジュードの頭を撫でながら、グラムは緩く眦を和らげる。

 またどこかで怪我をするのではないか、魔族がこれからも関わってくるのではないか――ウィルたちが言っていた突然の変貌は何なのか。心配なことは両手の指を使っても足りないほどにある。


「……父さん」


 そんな中、ふとジュードが口を開いた。先ほどまでとは異なり、視線はやや下に向いている。何か言い難いことを言う時、ジュードはこうして視線を下げることが多い。小さい頃から見てきたことで、本人も気づいていないだろう癖だってグラムは知っている。


「あの、……もし、オレの本当の家族とか故郷が見つかったら」


 紡がれていく言葉に、グラムは心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。
 ――もし、ジュードの本当の家族が見つかったら。
 それを考えなかったことはない。だが、実際にそうなった時を思うと、とてもではないが穏やかではいられなかった。あれほど子供嫌いだったのに、今となっては実の息子のように愛情を傾けてしまっている。

 いつか家族が見つかったら、ジュードはグラムの元を離れるかもしれない。彼のためにもそうなればいいと思ってはいるが、ならないでほしいという矛盾した願いも確かに胸の内にある。グラムは内心の動揺を封じ込めるように、極力平静を保ちながら先を促した。


「……見つかったら?」
「……オレ、そっちに帰らないといけないの?」


 小さく、本当に小さく呟かれた言葉だった。
 その問いかけにグラムは改めて笑う。今度はふと微笑むように、どこまでも優しく。ジュードの視線は下がったまま、随分と不安そうだ。そんな様子に、グラムはしっかりと両腕を伸ばして彼の身を抱き締める。


「何の心配をしているんだ、お前は」
「いや、だって」


 ジュードも気にしてはいるのだ。
 魔族がなぜ自分を狙うのかはわからない。それでも、魔族は自分の知らない自分を知っているような、そんな様子だった。今後も魔族に関わっていくのなら、いつか自分の正体や故郷がわかってしまうのかもしれない。

 そうなった時、自分はどうすればいいのか。その答えを導き出せずにいた。


「お前が自分で選びなさい」
「う、うん……」
「だがな、お前の本当の親が見つかったとしても、お前はワシの自慢の息子だよ。ここがよければ、いつまでもいるといい」


 静かにゆっくりと、しかし優しい声色で紡がれていく言葉にジュードは目を丸くさせて、自分を抱き締める父を横目に見遣る。


「……と、父さんって……呼んでも、いいの?」
「構わんよ、ワシはお前のパパだろう?」


 戯れに近い返答に、ジュードはようやく表情を和らげた。照れたような、気恥ずかしそうな――それでいて安心したような表情。それと共に涙腺が緩むのを感じて、ジュードはグラムの肩口に額を押しあてて顔を伏せる。そんな息子の様子を後目に、グラムは片手をジュードの後頭部に添えてゆったりと撫でた。


「行っておいで、ジュード。気をつけてな」
「はい、父さん」


 また、暫しの別れになる。
 グラムは息子の成長を喜ぶ反面、確かな寂しさも同時に抱えていた。それに加えて尽きない心配。信頼するメンフィスが一緒だと考えても、やはり不安は払拭しきれない。

 しかし、そこであることを思い出す。グラムは身を離すと、改めて口を開いた。


「そうだ、ジュード。忘れるところだった、も連れて行ってやりなさい」


 父のその唐突な言葉に、ジュードは不思議そうに目を丸くさせた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

NineRing~捕らわれし者たち~

吉備津 慶
ファンタジー
 岡山県の南、海の側に住んでいる高校二年生の響が、夜遅く家を飛び出し一人浜辺を歩いていると『我をおさめよ、されば導かれん』の声がする。  その声の先には一つのリングが輝いていた。リングを指にはめてみると、目の前にスタイル抜群のサキュバスが現れる。  そのサキュバスが言うには、秘宝を解放するために九つのリングを集め、魔王様と魔族の世界を造るとの事。  そのために、お前を魔族の仲間に引き入れ、秘宝を手に入れる手助けをさせると、連れ去られそうになった時、サキュバスに雷が落ちて難を逃れ、サキュバスが彼の下僕となる。しかしサキュバスの魔封じのクリスタルで、何の力も持たない響は連れ去られてしまう。  しかし、おっちょこちょいなサキュバスのおかげで、現代から未来世界に渡り。未来世界の力を得た響が、その後異世界に渡り、リングを探す事になる。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

斬られ役、異世界を征く!!

通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
 剣の腕を見込まれ、復活した古の魔王を討伐する為に勇者として異世界に召喚された男、唐観武光(からみたけみつ)……  しかし、武光は勇者でも何でもない、斬られてばかりの時代劇俳優だった!!  とんだ勘違いで異世界に召喚された男は、果たして元の世界に帰る事が出来るのか!?  愛と!! 友情と!! 笑いで綴る!! 7000万パワーすっとこファンタジー、今ここに開幕ッッッ!!

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚
ファンタジー
 それはよくあるファンタジー小説みたいな出来事だった。  ラノベ好きの調理師である俺【水無瀬真央《ミナセ・マオ》】と、同じく友人の接骨医にしてボディビルダーの【三三矢善《サミヤ・ゼン》】は、この信じられない現実に戸惑っていた。  俺たち二人は、創造神とかいう神様に選ばれて異世界に転生することになってしまったのだが、神様が言うには、本当なら選ばれて転生するのは俺か善のどちらか一人だけだったらしい。  ちょっとした神様の手違いで、俺たち二人が同時に異世界に転生してしまった。  しかもだ、一人で転生するところが二人になったので、加護は半分ずつってどういうことだよ!!   神様との交渉の結果、それほど強くないチートスキルを俺たちは授かった。  ネットゲームで使っていた自分のキャラクターのデータを神様が読み取り、それを異世界でも使えるようにしてくれたらしい。 『オンラインゲームのアバターに変化する能力』 『どんな敵でも、そこそこなんとか勝てる能力』  アバター変更後のスキルとかも使えるので、それなりには異世界でも通用しそうではある。 ということで、俺達は神様から与えられた【魂の修練】というものを終わらせなくてはならない。  終わったら元の世界、元の時間に帰れるということだが。  それだけを告げて神様はスッと消えてしまった。 「神様、【魂の修練】って一体何?」  そう聞きたかったが、俺達の転生は開始された。  しかも一緒に落ちた相棒は、まったく別の場所に落ちてしまったらしい。  おいおい、これからどうなるんだ俺達。

ランペイジ 異世界軍、日本侵攻  ~議員なら国会で無双しろよと言われそうだけど、前々世で大魔法使いだったので、異世界の軍を相手に戦います~

愛染
ファンタジー
平誠33年、桜の舞う大阪城公園に、突如として異界の軍勢が現れた。騎士、竜騎兵、スケルトン、ゾンビ、そして、ゴブリンやオークといったモンスターたちが、暖かな春の日を楽しんでいた人々に襲い掛かる。たまたま居合わせた若手国会議員(年齢的には中年)の友兼は、前々世を魔法使いとして生きた記憶を持ちながらも、これまでは隠し芸ぐらいにしか使えなかったその力を取り戻す。逃げまどう人々を助けるために、その力を用いて戦う事を決意する。  立ちはだかる死の王と呼ばれるアンデッドの王、神の使い、そして、20万を超える敵兵を相手に、友兼は、警察官や自衛隊と共に戦場を駆け巡る。 ※この物語は『フィクション』です。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは全く、全然、これっぽっちも関係ありません。

処理中です...