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第四章・精霊
もしもの話
しおりを挟む翌朝、マナは朝食の支度に勤しみ、ウィルは持っていく作業道具の確認をしていた。作業道具は火の国の王都ガルディオンでも揃えることはできるが、やはり自分の手に馴染んだものが一番である。
ルルーナは勝手知ったる様子で寛ぎ、カミラは花の水遣りでご機嫌状態。リンファはマナの手伝いをしていた。
そして、ジュードはと言えば――
「……ジュード、傷の具合はどうだ?」
朝の支度を終えたジュードは、階下に降りようと自室を出たところで父グラムと廊下で鉢合わせた。グラムは心配そうにジュードの右肩を見遣り、眉尻を下げる。魔族と関わるジュードのことを、父であるグラムが心配しないはずがない。
「おはよう、父さん。大丈夫だよ、リンファさんのお陰でもう随分いいんだ」
「そうか……なら、いいんだが」
魔法を受けつけないジュードにとって、リンファが扱う気功術は何よりも有り難いものだ。彼女のお陰で、ジュードの右肩に刻まれた深い傷は随分と回復していた。これなら、もう戦線に復帰しても問題はないだろうと思えるくらいに。
「父さんこそ」
「うん?」
「ちゃんと、飯食ってる?」
そして、心配は何もグラムだけではない。ジュード自身、父が元気にしているのかどうか心配だった。
生き甲斐と言える鍛治仕事は、今は怪我でできずにいる。身の周りのことは支障がないほどには回復したが、退屈をしていないか、寂しくはないか、元気でいるのか。離れて暮らす以上、心配は尽きない。
しかし、そんなジュードの言葉を聞いて、グラムは目を丸くさせたかと思うと次の瞬間には愉快そうに声を立てて笑った。
「ちょ、なんで笑うの!?」
「いや……ワシがお前に心配されるようになるとはな」
唐突に笑い出す父に、ジュードは呆気に取られたような表情を浮かべはしたが、程なくして不服そうな――拗ねたような表情を滲ませた。そんな愛息子に対し、グラムはひと頻り笑うと静かにその正面に歩み寄る。そうしてご機嫌を取るように、赤茶色の頭を片手で撫でつけた。
成長したとは言え、まだグラムの方が身長が高い。自分よりも低い位置にあるジュードの頭を撫でながら、グラムは緩く眦を和らげる。
またどこかで怪我をするのではないか、魔族がこれからも関わってくるのではないか――ウィルたちが言っていた突然の変貌は何なのか。心配なことは両手の指を使っても足りないほどにある。
「……父さん」
そんな中、ふとジュードが口を開いた。先ほどまでとは異なり、視線はやや下に向いている。何か言い難いことを言う時、ジュードはこうして視線を下げることが多い。小さい頃から見てきたことで、本人も気づいていないだろう癖だってグラムは知っている。
「あの、……もし、オレの本当の家族とか故郷が見つかったら」
紡がれていく言葉に、グラムは心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。
――もし、ジュードの本当の家族が見つかったら。
それを考えなかったことはない。だが、実際にそうなった時を思うと、とてもではないが穏やかではいられなかった。あれほど子供嫌いだったのに、今となっては実の息子のように愛情を傾けてしまっている。
いつか家族が見つかったら、ジュードはグラムの元を離れるかもしれない。彼のためにもそうなればいいと思ってはいるが、ならないでほしいという矛盾した願いも確かに胸の内にある。グラムは内心の動揺を封じ込めるように、極力平静を保ちながら先を促した。
「……見つかったら?」
「……オレ、そっちに帰らないといけないの?」
小さく、本当に小さく呟かれた言葉だった。
その問いかけにグラムは改めて笑う。今度はふと微笑むように、どこまでも優しく。ジュードの視線は下がったまま、随分と不安そうだ。そんな様子に、グラムはしっかりと両腕を伸ばして彼の身を抱き締める。
「何の心配をしているんだ、お前は」
「いや、だって」
ジュードも気にしてはいるのだ。
魔族がなぜ自分を狙うのかはわからない。それでも、魔族は自分の知らない自分を知っているような、そんな様子だった。今後も魔族に関わっていくのなら、いつか自分の正体や故郷がわかってしまうのかもしれない。
そうなった時、自分はどうすればいいのか。その答えを導き出せずにいた。
「お前が自分で選びなさい」
「う、うん……」
「だがな、お前の本当の親が見つかったとしても、お前はワシの自慢の息子だよ。ここがよければ、いつまでもいるといい」
静かにゆっくりと、しかし優しい声色で紡がれていく言葉にジュードは目を丸くさせて、自分を抱き締める父を横目に見遣る。
「……と、父さんって……呼んでも、いいの?」
「構わんよ、ワシはお前のパパだろう?」
戯れに近い返答に、ジュードはようやく表情を和らげた。照れたような、気恥ずかしそうな――それでいて安心したような表情。それと共に涙腺が緩むのを感じて、ジュードはグラムの肩口に額を押しあてて顔を伏せる。そんな息子の様子を後目に、グラムは片手をジュードの後頭部に添えてゆったりと撫でた。
「行っておいで、ジュード。気をつけてな」
「はい、父さん」
また、暫しの別れになる。
グラムは息子の成長を喜ぶ反面、確かな寂しさも同時に抱えていた。それに加えて尽きない心配。信頼するメンフィスが一緒だと考えても、やはり不安は払拭しきれない。
しかし、そこであることを思い出す。グラムは身を離すと、改めて口を開いた。
「そうだ、ジュード。忘れるところだった、あいつも連れて行ってやりなさい」
父のその唐突な言葉に、ジュードは不思議そうに目を丸くさせた。
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