上 下
67 / 230
第三章・影の協力者

国王への願い

しおりを挟む

「お父様! ただいま戻りましたわ!」


 鉱石を無事に手に入れた一行は、オリヴィアを送り届けるのと、国王リーブルへ感謝を告げるために再び王城を訪れた。

 謁見の間に足を踏み入れると、オリヴィアはジュードの傍を離れて玉座に座る国王の――父の傍へと駆け出していく。国王リーブルは帰ってきた愛娘を出迎えるように玉座から立ち上がり、彼女の後ろに見えるジュードたちを視界に捉えて表情を和らげた。


「おお、戻ったか。無事で何よりだ。目的のものは手に入ったかな?」
「はい、問題ありません。これでエンプレスに戻れます、色々とありがとうございました」
「いや、私は何もしていないよ、……ん?」


 玉座の前まで歩み寄ったジュードたちは、それぞれ深く頭を下げた。国王はそんな彼らに柔和な笑みを浮かべると小さく頭を左右に揺らす。誰にも深い怪我がないことを確認して国王も安堵を洩らしはしたが、すぐに一人足りないことに気付く。目を丸くさせながら彼らに改めて視線を巡らせた。
 そんな様子に気付いたウィルは、会釈程度に軽く頭を下げて説明を向ける。


「申し訳ありません。リンファは消耗がひどく、先に部屋で休ませる方がいいかと医務室に……」
「なんと……そうだったか、彼女ほどの者が……」
「陛下、また魔族が現れたんです。今後はもっと増えるかもしれません、リンファはその魔族と戦って深手を……」


 どうやら、リンファは国王からの信頼が厚いらしい。だが、続くウィルの言葉に思わず息を呑み、表情を曇らせながら視線を下げた。魔族が今後も現れる――更に、信頼を寄せるリンファでも激しく消耗するほどであれば、対抗策を練るのも難しい。
 だが、その隣でオリヴィアは不貞腐れたように唇を尖らせると、つんと明後日の方を向きながら口を開く。


「お父様、リンファなんて使えませんわ。わたくしの護衛だというのに……ほらっ、こんな傷を負うハメになりましたもの! 護衛が姫であるわたくしの身に傷を許すだなんて!」
「オリヴィア……」
「ここは是非とも、ジュード様のようなお強い殿方に残っていただくべきですわ。魔族が現れてもジュード様ならコテンパンに叩きのめしてくださいますもの!」


 そう激昂しながら、オリヴィアは自分の片腕を国王へと突き出す。そこには、白い肌にほんのり赤らんだみみず腫れがひとつ。大きさにして二センチにも満たないほどの小さいものだが、オリヴィアにとっては傷と呼ぶべきものなのだろう。国王は眉尻を下げて困ったように笑った。


「オリヴィア、ジュードくんたちはすぐにエンプレスに戻らなければいけないのだよ」
「ええぇ……では、ジュード様みたいにお強い殿方を迎え入れてくださいな、そうすれば我が国は安泰ですもの。できればジュード様のように勇敢でお優しくて素敵な方がいいですわ」


 いつものことながら繰り出される娘の駄々に、国王は困り果てたように苦笑いを零す。だが、そんな様子を見守っていたウィルは神妙な面持ちで視線を下げると、一歩足を踏み出して口を開いた。


「……陛下、厚かましい願いで恐縮なのですが、ひとつ宜しいでしょうか?」
「うん?」
「リンファを、我々に預けては頂けませんか?」


 それは、突然の願いだった。ジュードたちも何も聞いていない。ジュードもマナも、そしてカミラやルルーナも驚いたような視線を彼に向けた。それは国王やオリヴィアも例外ではなく、皆一様に目を丸くさせてウィルを見つめる。


「リンファを、きみたちに?」
「はい、彼女の力は俺たちだけでなく、きっと多くの人の役に立ってくれます」


 ウィルの言葉に、国王は暫し考え込むように片手を顎の辺りに添えて黙る。立ち上がっていた身を静かに玉座の上に戻して座ると小さく、低く唸るような声を洩らした。
 ジュードは斜め後ろからウィルの横顔を眺めていたが、その真剣な風貌に気を引き締める。彼とは既に長い付き合いだ、どれほど真剣な気持ちで頼んでいるかは考えなくてもすぐにわかった。


「陛下、リンファさんの気功術には本当に助けられました。全員が無事に戻ってこれたのは、彼女の協力があったからだと思っています」


 だからこそ、即座に助け舟を出した。それに、ジュードがリンファの気功術に助けられたのは事実である。
 魔法を受け付けない特異体質を持つジュードにとって、彼女の扱う気功術は間違いなく大きな力になってくれる。オマケに負傷したジュードが戦線離脱を余儀なくされている今、その穴埋めをしてくれたのも彼女だ。前線をウィル一人で戦っていたらどうなっていたことか。

 だが、我に返ったオリヴィアは不愉快そうに表情を顰めると癇癪を起こしたように声を荒げた。


「リンファなんていても役に立ちませんわ、みなさまの足を引っ張るだけですわよ!」
「役に立たないって言うなら尚更だ。そんなに彼女が憎いのなら、もう解放してやってくれ」


 ウィルにとって、オリヴィアの言葉は我慢のならないものだった。リンファがどれだけの過去を経験し、そして生きてきたのか。それを仲間の中で唯一知るウィルは、どうしても彼女をこのままにはしておきたくなかった。
 魔族が今後も現れる可能性を考えれば、リンファは水の国に留まった方がいいのかもしれない。そうは思うものの、感情が――心がそれを許してくれない。

 間髪入れずに返ったウィルの言葉に、オリヴィアは一気に頭に血が上るような錯覚に陥る。自分の言うことに反対する声や反論は何よりも許し難いものなのだ、これまでは自分に異を唱える者など誰もいなかったのだから。


「リンファが何の役に立つと言うんですの!? 姫であるわたくしを守れず、護衛としてまったくの無能! 何を考えているかわからなくて気味が悪いではありませんか! そんなあの女のことなど――――!」


 オリヴィアが捲し立てるように怒声を上げる中、不意に辺りの兵士たちがどよめいた。ジュードたちは驚いたように目を丸くさせて言葉を失う。さしものオリヴィア自身も声を失ったかの如く、二の句を継げずに呆然と佇んでいた。

 それもそのはず。オリヴィアが捲し立てる最中に、ウィルが床に両手両膝をついたからだ。それは所謂、土下座というもの。
 両手と両膝を床につき、ウィルは深く頭を下げた。そんな姿は体裁を気にする水の国の民から見れば、ひどくみっともなく、滑稽に映る。直接罵声を張り上げることはしないが、周囲にいる兵士たちからは馬鹿にするような微かな笑い声と、兵士同士で囁き合う声が聞こえた。


「ウィル……」


 マナは兵士たちを威嚇するかの如く睨みつけ、ジュードは予想だにしないウィルの行動にただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
 国王は暫し驚いたようにウィルを見つめていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる

グリゴリ
ファンタジー
『旧タイトル』万能者、Sランクパーティーを追放されて、職業が進化したので、新たな仲間と共に無双する。 『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる』【書籍化決定!!】書籍版とWEB版では設定が少し異なっていますがどちらも楽しめる作品となっています。どうぞ書籍版とWEB版どちらもよろしくお願いします。 2023年7月18日『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる2』発売しました。  主人公のクロードは、勇者パーティー候補のSランクパーティー『銀狼の牙』を器用貧乏な職業の万能者で弱く役に立たないという理由で、追放されてしまう。しかしその後、クロードの職業である万能者が進化して、強くなった。そして、新たな仲間や従魔と無双の旅を始める。クロードと仲間達は、様々な問題や苦難を乗り越えて、英雄へと成り上がって行く。※2021年12月25日HOTランキング1位、2021年12月26日ハイファンタジーランキング1位頂きました。お読み頂き有難う御座います。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...