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第三章・影の協力者
また会えますように
しおりを挟む「ジュードちゃん、身体の具合はどう?」
「はい、もう大丈夫です。打撲みたいな痛みはあるけど、随分楽になりました。本当に色々ありがとうございました」
「や~ね、いいのよ。かわいい子のためならアタシなんでも頑張っちゃうから♡」
翌朝、簡素な小屋の中でジュードは完全に乾いた衣服を着用し、身体の具合を確認していた。
昨夜目を覚ました時に感じた打撲らしき痛みは、多少なりとも楽になっている。とは言え、約半日程度で完全に痛みが抜けるはずもない。まだ重苦しいような鈍痛は残るが。イスキアはジュードの返答ににっこりと笑みを浮かべると、白い湯気の立つマグカップを差し出した。
「はい、ホットミルク。朝は特に冷えるからね、内側から暖まらなくちゃ」
差し出されたカップを受け取ると、ジュードはそれを両手で包む込むように持つ。手の平からじんわりと伝わる熱が心地好かった。そっとカップに口を付け、熱を持った白い液体を喉に通す。口内に広がっていく体温よりも高い温度に、少し舌が悲鳴を上げるように痛んだ。少し熱かったらしい。
「うふふふ、おねーさんと間接キッスよ♡」
「ぶふッ!!」
甘すぎないホットミルクの味を堪能していたジュードに、イスキアは含み笑いを浮かべながら一声かける。するとジュードは不意に噎せて咳き込んだ。あら、と一度こそ目を丸くさせたイスキアだったが、予想していたよりも過剰な反応に愉快そうに笑い声を洩らして彼の傍らへと身を寄せる。咳き込むその背中を大丈夫かと片手で摩った。
「やぁだジュードちゃんったら、冗談よ冗談。ちゃんと洗ってあるから心配しないで」
「へ、変なこと言わないでください……」
ややあってから落ち着くと、ジュードは口では文句を言いつつも彼女――否、オネェに礼を向ける。見れば見るほど美しい女性に見えるのだが、決して騙されてはいけない。イスキアは男なのだ。
「そういえば、ジュードちゃんはこれからどうするの?」
「仲間を探して……それから一度、王都シトゥルスに戻るつもりです。王女様がついてきちゃったから城まで送り届けないと……」
「あららら、そうだったの。さっき聞いた話だと、火の国のためにあちこち走り回ってるって言ってたわね、大変だと思うけど頑張って」
「はい、何から何までありがとうございます」
取り敢えず、必要な鉱石は手に入れた。仲間がどこにいるか定かではないが、彼らと合流しないことにはどうにもならない。まずははぐれた仲間の捜索が第一だ。無事でいてくれるはずだと、懇願に近いことを思いながらジュードは目を伏せる。
そこへ、冷たい風が小屋の中に吹き込んできた。出入り口の扉が開かれたことで、外の冷風がびゅうびゅうと容赦なく流れてくる。反射的にそちらを見てみれば、そこにいたのはシヴァだった。イスキアは彼の姿を確認するといち早く声をかける。
「シヴァ、どうだった?」
「ここから少し登ったところに鉱山があるが、その近くの小屋に複数の人の気配を感じた。あれではないか?」
「それってもしかしてボニート鉱山……」
ウィルとリンファを待つ間、ジュードたちは確かにボニート鉱山の傍にあった小屋で暖をとっていた。ジュードとはぐれたことで、一旦あの休憩小屋に戻った可能性は高いだろう。
ジュードは座っていた床から立ち上がると、早々に荷物を纏めた。急がなければ入れ違いになりかねない。向こうも夜が明けたらジュードを探そうと思っているだろうから。
* * *
シヴァの案内で目的の小屋の近くまで行き着いたジュードは、幾分か急な斜面を登りきったところで「ふう」と息を吐く。
昨夜アグレアスたちと遭遇した時、時刻は既に夜の八時頃だった。そのため辺りはほとんど闇に支配されていて窺えなかったが、先ほどの小屋と鉱山にはそれほどの距離はなかったようだ。崖から落ちたせいでここまで登ってくるのは些か大変ではあったが。
「……ジュード!!」
小屋の方に近づいていくと、今まさに捜索に出ようとしていたらしいウィルとマナの声が聞こえてきた。どちらも疲れきった顔に嬉々を滲ませて、我先にと駆け出してくる。その後には、カミラとルルーナがゆったりと歩きながら続いた。
リンファは出血がひどかったためか未だ立って走り出すことは叶わず、駆けていくオリヴィアの背を馬車の近くに座り込んだまま見つめる。どうやら全員無事のようだ。
「ジュード、大丈夫なのか? 怪我は?」
「もう、心配したんだからね!」
「あ、ああ。大丈夫だよ。打撲みたいな痛みはあるけど問題ないし、助けてくれた人がいて……」
もし、シヴァとイスキアがいなければどうなっていたことか。服が濡れた状態で極寒の中に倒れていれば、ほぼ間違いなく命を落としていただろう。それを考えると、あのふたりはジュードにとって命の恩人だった。
仲間にも彼らを紹介しようとジュードは後方を振り返ったのだが――ここまで案内してくれたシヴァとイスキアの姿は、既にどこにもなかった。まるで最初から誰もいなかったかのように。
「あ、あれ?」
「どうしたの?」
「いや……」
彼らはもう行ってしまったんだろうか、そう思うと満足に礼の言葉さえ伝えられていなかったなと後悔の念が湧いてくる。こんなに早々にいなくなってしまうのなら、もっとちゃんと感謝を伝えておけばよかった、と。
不思議そうに声をかけてくるカミラを振り返り、ジュードは後ろ髪を引かれるような想いで意識を引き戻した。
またいつか、会えたらいい。その時は、今回の礼をちゃんと伝えよう。
そう思いながら。
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