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第三章・影の協力者
その差は歴然
しおりを挟む殴り飛ばされたヴィネアを見て、アグレアスは瞠目した。いったい何が起きたのか、まったくわからなかったのだ。信じられないことに、人間の子供を相手に全身が緊張で強張っているようだった。
――コイツはヤバい、彼の直感が静かにそう告げる。
ジュードは殴り飛ばしたヴィネアには目もくれず、まっすぐにアグレアスを睨みつけていた。その瞳は暗闇の中でも黄金色に煌々と輝く。
ジュードの視界の片隅では、拳を叩き込まれた鳩尾を摩りながらヴィネアが起き上がる。空咳を何度も繰り返して苦しそうだ。それを確認して、アグレアスはジュードから視線を外さぬまま声をかけた。
「ヴィネア、無事か?」
「え、ええ……でも、ちょっとカッチーン☆と来ちゃったわよ。やってくれちゃったわねぇ、ジュードくぅん?」
その言葉通り、ヴィネアは笑みこそ浮かべてはいるが大層不愉快そうだ。アグレアスは武器を片手に勢いよくジュードの元へと駆け出す。
「大人しくしてりゃ余計な怪我をしないで済んだってのによ! 少しばかり躾が必要だな、小僧!」
「悪く思わないでね、ジュードくん! 反抗するアナタが悪いんだから!」
猛然と駆けてくるアグレアスを見ても、ジュードは微動だにしない。程なく、アグレアスが大振りの剣をジュード目掛けて叩き下ろした。ウィルと戦っている時よりも手加減はしているが、直撃すれば重傷になりかねない勢いのある攻撃だ。
だが、ジュードは短刀を持つ手を静かに上げると、振り下ろされる剣撃を右手ひとつで受け止めてしまった。それにはさすがのアグレアスも絶句するしかない。
苦労して受け止めているというような素振りもない。ジュードは身構えることもせず、短刀を持つ片手を軽く上げただけ。
アグレアスは両手、ジュードは右手ひとつ。
それなのに、アグレアスはこの鍔迫り合いに勝てる気がしなかった。両手で剣を押し込んでいるというのにジュードの腕も彼が持つ短刀も、まったく動かない。ビクともしない。
ヴィネアは傘の先に意識を集中させ、魔法の詠唱を始める。可愛らしいと自負している己を殴り飛ばされた怒りは半端なものではない。最早彼女には手加減などする気もなかった。詠唱の言葉を紡いでいくたびに、大気が震える。それは、その魔法が初級や中級程度のものではないことを示していた。
ウィルは何とか身を起こすと、先ほどの竜巻にも似た衝撃で負った傷を片手で押さえる。肩や腕、腹部に足など様々な場所に鋭い刃で斬られたような傷が刻まれていた。呼吸のたびに全身が悲鳴を上げるように痛む。
それでも、ヴィネアの詠唱を阻止しなければと槍を片手に握る。ジュードは魔法に弱い、先の竜巻で倒れなかったところを見るとあれは魔法ではなかったようだが、今度は違う。確実に魔法そのものだ。
「ぐ……ッ、ジュード……」
マナたちに目を向けてみれば、各々起き上がり始めていた。ウィルやリンファのように前列で戦っていたわけではない彼女たちは、ヴィネアの放った竜巻で深い傷は負わなかったらしい。ウィルはあちこちに裂傷を抱えてはいるが、マナたちには出血らしい傷はないことが確認できる。
アグレアスとヴィネアは、すっかりジュード相手に夢中だ。
アグレアスは大振りの大剣を振り回して攻撃を繰り出すが、ジュードはそれらを難なく避ける。身を屈め、横に翻し、時には跳んで。悉くアグレアスの攻撃を避けては、同時に反撃をぶち込んで確実にダメージを蓄積させていく。
身を屈ませれば足元を短刀で斬りつけ、身を翻せばその勢いを利用し、回避ついでに斬撃を浴びせる。跳んで避けた際には顔面に思い切り蹴りを叩き込んだ。
力も素早さも、完全にアグレアスの上を行っている。特にアグレアスが扱う武器は大剣。一撃の威力は高いが、避けられた際には大きな隙ができる。だが、アグレアスは決して弱くも遅くもない。大剣にありがちな隙とて遥かに少ない方だ。それだけ切り返しが速い。
しかし、ジュードの速度はそれを上回っていた。
ウィルたちは、次にヴィネアに視線を移す。アグレアスの方は何とかなりそうだが、問題は彼女。けれど、妨害は間に合いそうもなかった。ヴィネアはニタリと笑うなり傘を掲げる。
「うふふふ……よくも殴り飛ばしてくれたわねえぇ、ジュードくぅん? 死なない程度には加減してあげるけど、ヴィネアちゃん怒っちゃったからぁ……ズタズタにしてあげる!」
アグレアスは大きく後方へ飛び退くことでジュードから離れた。近くにいれば彼女の魔法の巻き添えを喰うからだ。アグレアスが離れたのを確認すると、ヴィネアは掲げた傘の先をジュードへ向ける。完成した魔法に「行け」と命令でもするように。
「風の塊をプレゼントしてあげるわ、触れればそれだけでボロボロになっちゃうわよおぉ! ――ヴァンブルト!!」
刹那、凝縮された巨大な風の塊がジュード目掛けて猛然と飛翔した。避けようにも、そのサイズはあまりに巨大。今からでは回避も到底間に合わない。
ヴィネアが唱えた『ヴァンブルト』は風属性を持つ最上級クラスの攻撃魔法である。凝縮した風の塊をぶつけ、単体に甚大なダメージを与えるものだ。そんな魔法を容易に操るヴィネアは、やはり只者ではない。
マナとカミラは必死に立ち上がり、悲鳴に近い声を上げた。ジュードが魔法に弱いことは仲間であれば誰もが知っている。
「――ジュード!!」
それでも、ジュード本人はどこまでも落ち着いていた。迫り来る巨大な風の塊を黄金色の双眸で睨むように見据える。一度その目を細め、薄く開いた口唇から静かに息を吸い込んだ。肺に空気が溜まっていくのを感じながら、軽く拳を握り締める。
そして、次の瞬間――腹の底から声と共に吐き出した。
「……――――あああああぁッ!!」
それは悲鳴ではない、ジュードが吼えたのだ。まるで、獣が上げる雄叫びの如く。
すると、目の前まで迫っていた風の塊は風船が割れるかのように大きく弾け、周囲に飛散した。散った風の塊はすぐに勢いを失い、周囲に漂う空気や風に溶け込んで、ジュードの身を自然風と共に優しく撫でていく。
だが、その様を観察することもなく、ジュードは早々に駆け出す。その視線の先には、驚愕に目を見開いて身動きひとつ取れないでいるヴィネアがいた。
自身の放った魔法を雄叫びだけで掻き消されたヴィネアは、小さな身を小刻みに震わせながら愕然としている。殺さぬように多少の手加減をしたつもりではあるが、半端な魔力で放ったわけではないのに。それを、手を触れることもなくいともあっさりと。信じられなかった。
「う……嘘よ、嘘ですわ……! なんですの、なんですの……これはいったいなんですの!?」
魔族はプライドが高い者が多い、特にヴィネアはそれが顕著のようだ。
だからこそ許せず、認められないのだ。自分の魔法があっさりと掻き消されたことを。それも、彼女が蔑む人間に。
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