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第三章・影の協力者

戦いの後の……

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 ゴーレムが放ったのは、氷属性の中級攻撃魔法『グラスタルナーダ』である。広範囲を巻き込むことのできる複数攻撃型魔法のひとつだ。
 火魔法を得意とするマナが駆けつけてくれたことで前線での戦闘に向かったウィルは、ゴーレムの足元にいた。そこを狙い撃ちされた形だ。

 突如として氷の嵐が巻き起こり、ウィルやルルーナ、リンファを巻き込んだ。
 鋭い氷刃は彼らの身を容赦なく切り裂き、大小様々な傷を刻んでいく。足元から巻き起こる冷たい風に身体が浮き、その身は枯れ木の如くいとも簡単に吹き飛ばされた。

 しかし、早々に体勢を立て直したウィルは煩わしそうに表情を顰めつつも、身に感じる痛みに意識を向けることなく再び駆け出す。
 見れば、ゴーレムはリンファに狙いを定めている。吹き飛ばされた際に彼女は岩壁に背中を強く打ち付けたらしい、未だ起き上がれずにいる。


「――リンファさん!」
「ジュード! 待って!」


 そして、そのゴーレムの狙いは状況を静観していたジュードにも理解できた。
 ジュードはカミラの声を背に受けながらも咄嗟に駆け出すと、ゴーレムへと一目散に向かっていく。何か注意を引けるものはないか――そう考えながら素早く周囲に目を向けたジュードの視界に、地面に転がった短刀が映り込む。

 それは先ほどまでリンファが振るっていたものだった、吹き飛ばされた際に手から離れてしまったらしい。

 ジュードは咄嗟に短刀を拾い上げ、持ち前の素早さを活かして駆ける。ゴーレムは再び腕を振り上げた。照準は無論リンファだ。


「く……っ! こんな……!」


 リンファは自身を叱咤しながら何とか起き上がろうとするのだが、ダメージから完全に回復しきれていない。打ち付けた背中はまだ痛む。電気でも走ったような鋭い痛みに軽い眩暈さえ覚えた。
 カミラが治癒魔法の詠唱をしているが、間に合いそうにない。

 振り上げられた腕にリンファは唇を噛み締める。だが、それが振り下ろされることはなかった。

 先ほど、リンファを殴り落とそうとゴーレムが自ら傷つけた片腕。そこに走る亀裂。
 ジュードがその亀裂目がけて、拾った短刀を思い切り投げつけたのだ。亀裂は腕周り全体へとビキビキと音を立てて広がり、その先部分がリンファの横へと轟音と共に転がり落ちた。

 突如として片腕を失ったゴーレムはバランスが取れなくなったらしく、何度かグラグラと揺れたかと思いきや、その場に背中から転倒してしまった。巨大な身が転げる衝撃は強く、地震かと思うほどに大地が揺れる。


「――マナ、今だ!」
「了解よ、みんな離れてて!」


 ウィルはマナの声を聞くと再び駆ける、ゴーレムの近くにいれば彼女の魔法に巻き込まれてしまう。
 行き先はリンファの元だ、まずは彼女の安否確認が先だった。

 幸いにも、そこでカミラの治癒魔法が発動し、柔らかな白い光がウィルだけでなく、リンファやルルーナの身を優しく包んでいく。程なくして、魔法により刻まれた傷も痛みも身体から消失した。

 そして次の瞬間、ゴーレムの下に赤い魔法円が出現し、巨大なその身さえも大きなドームへと閉じ込める。マナが放った――炎の嵐を巻き起こす火属性攻撃魔法『フラムオラージュ』だ。瞬く間にドーム内部は紅蓮の炎に包まれ、アイスゴーレムの身を溶かしていった。

 そこはやはり弱点属性に加え、マナの高い魔力。直接的な攻撃では柔らかそうな部分以外は刃さえ通しそうにない身だが、魔法ではいとも簡単にその身を溶かしてしまった。ウィルの魔力では、こうはいかない。
 ドームが消えた時、先ほどまでの巨大なゴーレムは跡形もなく消滅していた。


「……なんとか、なったか」
「はい……そのようですね」


 それを見てウィルは深い安堵を洩らす。その傍らで座り込んでいたリンファも、安心したように胸を撫で下ろした。
 ルルーナはマナに歩み寄りながら言葉をかける。話の内容まではウィルやジュードの耳に届かないが、即座に憤慨するマナを見ると、また何かじゃれ合いでもしているのだろう。
 カミラはジュードの元に駆け寄り、両腕を振り上げてその無茶を怒っていた。彼はまだ負傷中なのだから。

 同じくその無茶を叱りつけようと思っていたウィルだったが、それを見てそんな気持ちも飛んでいく。
 実際ジュードが割って入ってくれなければ、リンファを助けられなかったかもしれない。恐らく、ウィルでは間に合わなかった。


 オリヴィアは、そんな彼らの様子をぼんやりと見つめる。蝶よ花よと大切にされてきた彼女にとって、放置されるという現実は理解できないことだった。
 誰もが自分を最優先にすることが当たり前、なのになぜみんな自分を無視して笑い合っているのか。彼女にはまったくわからない。

 やがて、こちらを気遣わしげに見つめるリンファの視線に気付いたが、オリヴィアは彼女を鋭い視線で睨み付けて即座に顔を背ける。リンファはそんなオリヴィアを見て、人知れず俯いた。


 しかし、その場が安堵に包まれたのも束の間のこと。刹那、不意に天井の一部が崩れ落ちてきたのである。


「……ウィル! リンファさん!」


 ジュードの声を聞いてリンファが意識を引き戻すと、それと同時に彼女の身には衝撃が走った。突き飛ばされるような、そんな強い衝撃。次いで突き倒されたような鈍痛を背中に感じる。何事かと慌てて顔を上げて見てみれば、ウィルがリンファの身を抱えて倒れ込んでいた。


「……ウィル様!」


 リンファが続いて目を向けたのは、つい今し方まで自分たちがいた場所だ。そこには、天井から落ちてきた巨大な岩が重なり合うようにして鎮座している。オリヴィアの態度に落ち込んでいたリンファは、天井から岩が落ちてくるのにも気付けなかった。
 そんな彼女を傍らにいたウィルが抱き込み、勢いよく倒れ込むことで助けたのだろう。

 天井の崩落はまだ続いている、次々に聞こえてくる轟音が嫌でも教えてくれた。あの巨大なゴーレムとの戦闘により、鉱山内部は随分と不安定になってしまったようだ。
 幸いウィルやリンファの方にそれ以上崩れてくることはなかったが、ジュードたちの方はどうなったのか。ウィルは慌てて起き上がると、巨大な岩へと駆け寄る。

 崩落してきた岩により仲間たちと完全に分断されてしまっていた。彼らの安否を確認したくとも、完全に道が塞がれている。破壊しようにも規模が規模だ、難しい。
 同じ理由で動かすこともできそうになかった。

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