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第三章・影の協力者
アイスゴーレムとの戦い
しおりを挟む振り上げられた巨大な拳が地面を強く叩く。
それは地震のような大きな揺れを呼び、ウィルとリンファは思わずバランスを崩した。鉱山の中ということもあり、高く掘られた天井からは崩落を予感させる大小様々な岩、石が落ちてくる。
「生き埋めなんて冗談じゃないな……」
「はい、同感です」
敵は巨大、拳や腕を叩き付ける攻撃ひとつで致命傷――もしくは即死に至りかねない。戦闘が長引けば体力的に不利であることは明白。
身が大きいためか、アイスゴーレムの動きはとても遅いのだが、その身は全身が氷そのものでできている。格闘術でも短剣でも、ダメージを与えられるかは不明だ。
けれど、このまま防戦一方というわけにもいかないのは確かだ。
「あいつの注意が外れてくれればいいんだがな……」
「ええ、そうすればウィル様の魔法で……」
見るからに「氷です」というような姿をしたゴーレムだ。火属性に弱いことはわかる。こんなことなら自分たちの武器にもルビーを装着しておけばよかったと思うものの、後の祭り。
結局何の打開策も見出せぬまま、ゴーレムは再び大きく腕を振り上げた。
「――リンファ、跳べ!」
ウィルが左、リンファが右に跳ぶことで拳の叩き下ろし攻撃を回避すると、すぐに体勢を立て直す。多少なりともウィルにはゴーレムの動きが読めてきた。
「(直接攻撃は威力がある分、隙がデカい。攻めるなら攻撃直後だな、問題はどこを狙うか……)」
どれだけ威力のある攻撃でも、それが直撃しないのなら怖いことはない。ジュードの武器がそのスピードと動体視力であるなら、ウィルの武器は冷静さと情報分析能力、そして判断力だ。
ゴーレムの攻撃パターンは大きく分けてふたつ。
ひとつは大きく振りかぶり拳を叩きつける攻撃だ。これは今のように横や後ろに跳んで避ければ怖いことはない。
もうひとつは両腕を下ろしたまま回転する攻撃である。これは当たれば薙ぎ払われる恐れがあった。注意すべきはこちらの攻撃だろう。
ゴーレムがゆっくりとリンファに向き直ったのを見て、ウィルは舌を打つ。どうせ狙うなら自分を狙えばいいものを。
「ウィル様、私が囮になります。その間に魔法での援護を!」
「やっぱりそれしかないか……わかった、気をつけろよ!」
リンファは妹ではない。だが、それでも彼女に危険な役割を任せるのはできるだけ避けたいと思っていた。
しかし、やはりそれしか方法はないのである。打撃を与えられるかさえわからない巨大な敵を相手に、一か八かの賭けには極力出たくはない。
ゴーレムは再び咆哮を上げてリンファを睨み下ろす。すると、これまでと同じように太く巨大な腕を振り上げた。知能は高くないらしい――そもそも、そんなものがこの氷でできている人形にあるかどうか。
振り下ろされた腕を、リンファは横に跳ぶことで回避する。そして即座に再度地を蹴り、ゴーレムの腕へと乗った。
それを見てゴーレムは逆手を鈍い動作で動かし始めるが、当然リンファに待つ気はない。敵が体勢を整える前に腰から短刀を引き抜くと、太い腕を駆け上がっていく。
そんな彼女を捕まえようと、ゴーレムは逆手を思い切り彼女のいる箇所へと叩きつける。
しかし、間一髪でリンファは肩部分に跳び上がることで回避に成功した。ジュードに匹敵するほどの素早さを持つ彼女を、そう簡単に捕まえられるはずがない。
更に幸運なことに、思い切り腕を叩き付けたことで、自らの片腕にダメージを与えたようだ。それまで攻撃の度に振ってきた片腕は二の腕辺りにヒビが入り、微かにだが亀裂が走った。
「――はあああぁッ!!」
リンファは肩部分から思い切り跳躍すると手にした短刀の刃を、渾身の力を込めてゴーレムの右目へと突き刺した。身体部分が頑強であるなら、比較的強度の低い箇所を狙う。それが彼女の戦い方で――女性でもできる戦法だ。
案の定、ゴーレムは痛みに地鳴りのような声を上げて暴れ回る。身体は堅くとも目の部分はそうでもないらしい。
のた打ち回るように暴れるゴーレムに、リンファは振り落とされた。身体が氷でできているため、掴まる場所がないのだ。高さ七メートルほどはある場所から落ちれば、普通の人間はただでは済まない。
けれど、リンファは焦ることなく片手を地面へ向けると自身の身体に流れる気を即座に操作した。直後、地へ向けて勢いよくその気を放つ。
すると、ほんの一瞬だけ彼女の身が上空で停止し、落下の衝撃が大きく和らいだのである。戦い慣れている、そうとしか言えない動きに彼女の戦い方を見ていたジュードの口からは思わず感嘆が洩れる。
そして、リンファがゴーレムから離れたのを見計らいウィルは利き手を突き出す。その瞬間、呼応するように赤い光が彼の手へ集束していった。
「――喰らえこの野郎! ランツェフィアンマ!」
ウィルが声を上げると、赤い光は一際強く輝き炎を呼ぶ。
炎は猛然とゴーレムの背中へと飛翔し、正面から直撃した。初めて吸血鬼と対峙した際にも使った、単体攻撃に特に効果を発揮する火属性の攻撃魔法である。
右目を突き刺された痛みにのた打ち回るゴーレムは、正面から叩きつけられた炎に更に悲痛な叫びを上げる。
その戦いを静観していたジュードは、耳を塞いでも聞こえてくるゴーレムの雄叫びに表情を顰めていた。やはり魔物と言えど、苦しそうな声を聞くと心臓を鷲掴みにされているような苦しさを感じる。
――クルシイ、ヤメテ、シニタクナイ。
そんな声が頭の中に木霊するのだ。
魔物も生きている、誰だって死にたくはない。苦しい想いだってしたくはない。
ウィルたちは必死で魔物と戦っている。だからこそ、ジュードはそんなふうに思う自分自身を嫌悪するのだ。
「あ、いた! ジュード、大丈夫!?」
聞き慣れた声に半ば反射的にそちらを振り返ると、マナ、カミラ、そしてルルーナにオリヴィア。残っていた女性陣全員が駆けつけてくるところだった。
マナはジュードの肩越し、最奥フロアに見える巨大な――あまりにも巨大なゴーレムの姿に思わず目を見張る。だが、すぐに杖を構えるとカミラに一声かけてからそちらへと駆け出した。
「カミラさん、ジュードをお願い! ――ウィル、加勢するわ!」
「う、うん。気をつけてね」
性格なのか、巨大な敵を前にしても怯むことなく即座に駆けていくマナと、なんだかんだ不仲ではあるもののそんな彼女の詠唱時間を確保するために同行するルルーナの背中を、カミラは見送る。
「ジュード、大丈夫? 肩、痛いの?」
「いや、大丈夫だよ。リンファさんのお陰で痛みは……大丈夫」
本当に大丈夫だろうか。カミラはそう思いながら彼の顔色を窺いはするのだが、そこでやはり口を挟むのはオリヴィアだった。オリヴィアは先の騒動を引き摺っているらしく、不機嫌そうな表情を滲ませたまま静かに口を開く。
「……ジュード様、どうしてですの? なぜリンファなんですの?」
「え?」
「ジュード様もウィル様も、みなさんリンファのことばかり……」
そう呟くオリヴィアはジュードの目にもカミラの目にも、愛情が欲しくて餓えている子供のように見えた。
ジュードは何か言おうとはしたのだが、それは最奥フロアから聞こえてきたマナの声に阻まれた。
「――ウィル! リンファ!」
叫ぶような声だった。
ジュードもカミラも反射的にそちらへと視線を投じる。
すると彼らが投げかけた視線の先では、ゴーレムが高々と両腕を上げて氷の嵐を巻き起こしていた。
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