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第二章・水の国の吸血鬼騒動

吸血鬼アロガン

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 無事に少女たちと合流を果たしたジュードたちは、彼女たちの安否を確認していた。
 いつからこの館に閉じ込められていたのか、数人はひどく憔悴している。しかし、助かるのだと希望を見出したためか、やつれた顔には隠し切れない笑みが浮かんでいた。憔悴はしているようだが、怪我らしい怪我をしている者はいないようだ。


「……ジュード!?」
「あ、カミラさん! ルルーナも……二人とも、大丈夫!?」
 

 そんな時、背中にかかった声にジュードがそちらを振り返ると、そこにはカミラとルルーナ、そして彼女たちに支えられるもう一人の少女がいた。
 カミラもルルーナも、ジュードの姿を見て驚いたように目を見開き、あんぐりと口を開けている。当然だ、どちらもジュードは吸血鬼に殺されたものだと思っていたのだから。

 ジュードは二人に怪我がないか確認しようとそちらに駆け寄ったが、その矢先、カミラに飛びつかれて危うく後ろにひっくり返りそうになった。飛びついてきた身を慌てて抱き留めると、カミラはジュードの背中に両腕を回してぎゅうぅ、と抱き着く。


「ジュード……! 本当に、本当にあなたなの……? わたし、あなたは吸血鬼に殺されてしまったんだとばかり……」
「だ、大丈夫、ちゃんと生きてるから勝手に殺さないで」


 カミラはもちろんのこと、ルルーナも――ジュードが生きているという現実になかなか頭がついてこなかった。
 だが、これで母の願いを叶える希望はまだ潰えていないのだと思えば、彼女の顔にもホッとしたような笑みが滲んだ。ウィルとマナは、その様子を見てそっと胸を撫で下ろした。


「どうやら、そのようですねぇ……私の魔法を受けて生きているとは思いませんでしたよ」
「――!」


 だが、そんな安堵に包まれた雰囲気も不意に聞こえてきた声により一変する。
 三階へと続く階段の先を見上げると、そこにはこちらを見下ろすアロガンの姿が確認できた。少女たちは恐怖に竦み上がり、ウィルとマナは身構え、ジュードはカミラとルルーナに少女たちを任せる。


「このアロガン様の住居に土足で侵入してくるとは、躾がなっていませんねぇ。どれ、食事の前に少し遊んであげましょうか」


 ゆっくりとした足取りで階段を下りてくるアロガンからは、余裕しか感じられない。脆弱な人間が自分に勝てるはずがないと、そう思っているのだ。
 その余裕を確認して、カミラが真っ先に口を開いた。


「ジュード、わたしが援護するわ! 少しだけでいいから詠唱の時間を稼いで!」
「うん、わかった。ウィル、行くぞ!」
「ああ!」


 いくら多勢に無勢と言っても、アロガンは魔族。決して油断はできない。普通に戦えば、恐らく数で押しても勝てないだろう。先んじて駆け出すジュードの後ろに続きながら、ウィルは愛用の得物を手に頭の中で状況を整理する。

 普通に戦っても勝てないだろうが、カミラはヴェリアの民だ。彼女なら、光魔法で魔族に効果的な打撃を与えられる。勝機は充分すぎるほどにあるはずだ。


「このアロガン様を、貴様らのようなガキどもで止められると思うのか? 愚か者め! 身の程を知るがいい!」


 アロガンは向かってくるジュードとウィルを見据えると、街中での戦闘の時と同じように両手の爪を伸ばし、それを武器とする。突進の勢いそのままに斬りつけてくるジュードの剣撃を片手の爪で防ぎ、直後に振られる短剣は逆手の爪でガードした。

 力は――やはりアロガンの方が上だ。
 それを理解するなり、アロガンは余裕を見せつけるように口端を引き上げて笑ってみせるが、次の瞬間、剣を間に挟んで睨み合うジュードの口元に薄らと笑みが浮かんだのを見逃さなかった。

 自分の方が圧倒的に有利なはずなのに、それなのにこんな子供が魔族である自分に余裕を見せてくる。

 それは、何より許せないことだった。
 こめかみに青筋を浮き上がらせ、ジュードを薙ぎ払おうとしたのだが、それよりも先に当のジュードが動く。ぐっと体重をかけるようにして剣を押し込んできたかと思いきや、その反動を活かして後方に大きく跳び退ったのだ。
 その動きにさしものアロガンも怪訝そうな表情を浮かべたが、意図は即座に知れる。


「おっと、昼間の借りを返しにきたぜ!」


 ジュードの身体で隠れていて完全に死角になっていたが、その後ろからウィルが跳びかかったのだ。頭上から叩き下ろされる槍を一歩後退することで避けようとしたが、微かに間に合わない。槍の刃はアロガンの腕を深く抉り、確かな裂傷をその身に刻んだ。


「ぐうぅッ……!?」


 隙を突いて懐近くに潜り込んだウィルは、そのまま両手で槍を構え、斜め下から振り上げる。
 昼間、ジュードが負わせた顔面の傷の上から一撃加えてやれば、いくら魔族と言えどその口からは苦悶の声が洩れた。しかし、ウィルは特に出方を窺うことはせずに強く床を蹴って後方へと跳び、大きく距離を取る。

 武器でも充分ダメージを与えられるようだが、やはり――威力はマナの方が高い。
 後方で詠唱をしていたマナは、ジュードとウィルが程よく距離を取ったのを確認するや否や、杖を高く掲げた。装着されたルビーが力強く光り輝き、彼女が持つ火の魔力を更に爆増させる。


「燃えちゃええぇ! フラムディニ!」


 マナが声を上げると、アロガンの足元には炎の渦が出現した。勢いよく渦を巻き、竜巻のように伸び上がる。
 『フラムディニ』は、対象を炎の渦に閉じ込めて焼き尽くす火属性の中級攻撃魔法だ。巨大な炎の渦はアロガンの身を容易く呑み込み、その口からは堪らず呻くような声が洩れた。


「ぐぬうううぅッ!」


 普通の魔物なら既に絶命しているが、そこはやはり魔族。
 物理攻撃と魔法でダメージは与えられているようだが、さすがにそう簡単に倒せるということはなかった。

 マナの魔法を受け切ったアロガンは憎悪と殺意が孕む赤い双眸でジュードたちを睨み据えるが、それも一瞬のこと。その赤い目にこちらに向けて両手を突き出すカミラの姿を捉えれば、意識するよりも先に表情が引き攣った。

 彼女の身を包むあれは、あの白い輝きは――


「これで……トドメっ! ルクスイグラー!」


 刹那、カミラの全身から眩い白の輝きが放たれ、アロガンを目掛けて高速で飛翔。宙で無数の針に姿を変え、あらゆる方向からその身を貫いた。直撃を受けたアロガンの口からは悲鳴すら洩れることはなく、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちてしまった。


「……やった、のか?」


 ジュードもウィルもしばらくその場に佇んだまま、アロガンが再び動き出さないか注意深く見ていたが、気絶したのか息絶えたのか、うつ伏せに倒れ込んだ身は指先ひとつ動かなかった。
 最後方で少女たちを庇い立ちながら戦況を窺っていたルルーナは、暫し呆然とした末に深い息を吐き出す。少女たちからは堪え切れないと言わんばかりの歓声が上がった。

 マナは嬉しそうに杖を振り上げ、カミラは片手で胸を撫で下ろして安堵を洩らす。ウィルは傍らのジュードの背中を叩き、ジュードはそんな彼に応えるべく笑みを向けた。


『――まだだ』


 そんな聞き覚えのない声が頭の中に響いたのは、その直後のこと。

 次の瞬間、巨大な何かに体当たりでもぶちかまされたような衝撃と、脳が激しく揺れるような錯覚に襲われた。
 立っていることすらできず、何が起きたのかもわからないままジュードたちは抗いようのない強大な力に吹き飛ばされた。

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