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幕間

裏で暗躍する者たち

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『――なるほど。魔族がこの世界に現れた以上、いつかこうなるだろうとは思っていたが……そうか、よくわかった』
『彼女の願いは叶わなかったのですねぇ、我が子を想う母のささやかな願い……ぜひ叶ってほしかったものですけれど……』


 青々とした緑が生い茂る森の中で、イスキアは目の前に並ぶ水晶を見下ろす。水晶から声が聞こえてくるたびに、その透明な石はほんのりと輝きを増した。

 左から、青色、水色、黄色、白色、赤色、そして桃色。
 先ほどから反応を見せているのは青、赤、桃の三つの石だけ。それ以外のものは輝きを持つことなく沈黙している。


「魔族さえ現れなければ、そのささやかな願いさえ本来は必要なかったのよ。全ては奴らが現れたことが原因」
『ふむ……それで、どうするのだ。今は我々の方も数が少ない上に自由が利かぬ、満足に動ける者はお前やシヴァくらいしかいないだろう?』
「むっ、トールちゃんもいますよぅ!」
『あ、ああ……だが、神殿を完全に空けるわけにはいかぬのではないか?』
「そうね、トールはここでお留守番よ」
「ひ、ひどいですぅ!」


 赤い水晶に向かってぎゃんぎゃん喚く小さな少女――トールを横目に見遣りながら、イスキアは複雑な表情で下唇を噛み締める。その頭にあるのは魔族のこと。それともうひとつ。


「……あの子たちが造る“魔法武器”というものが気になるの。もしかしたら、人間は過去の過ちを再び繰り返す気なのかもしれない」
『もしそうだとしたら、どうするのだ。相手が相手だ、迂闊に手は出せまい』
「そうね、それはその時に考える。思い過ごしかもしれないし……杞憂であって、こちらの想像の上をいくものであることを願うわ」


 イスキアの言葉に、赤い水晶は「そうだな」と幾分か和らいだ声で応えた。――この水晶の数々は、遠くにいる者と通信ができる非常に便利な道具だ。


『イスキア、シヴァも。無理をしてはいけませんよ。タイタニアとアプロディアが眠りについた今、ヴァリトラが戻るまでこの世界を支えていけるのは、残っているわたくしたちだけなのですから……』


 淡い光を湛えながら言葉を届けてくる桃色の水晶を見下ろしながら、イスキアはそっと頷く。傍らではトールが拗ねたようにころころと転がっているが、今は構ってなどいられない。


「(そう、ヴァリトラが戻るまでは絶対に……魔族の好きになんてさせない。そのためにも、今はとにかくあの子・・・を守らなければ……)」


 それが言葉になることはなかったが、イスキアは通信を切ると快晴の空を仰ぐ。風に吹かれてざわめく木々が、今後を案じているようにさえ感じられる。

 雲ひとつない晴天はこの上なく清々しいが、気分はまったく晴れなかった。

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