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しおりを挟む「うあっ、からまれてるっ、からまれてる……!」
「うおおおお散れ散れ散れえええ!」
触手の山を越え、媚毒の溜まった谷を抜け、時に降ってきた蛭のような淫蟲にねぶられ、助けられ。
「くそお、汚しおって……!」
「まて、水魔法は、節約しろって」
「そうも言ってられるか!」
ドタバタのダンジョン遭難三日目。
「なあ、貴様。いい加減食べないか」
休み休みで四つのセーフゾーンを渡り歩き、我々はようやく第三層と第二層の境界近辺まで来たのだが。
「……いい」
同時に彼女の身体の状態も、俺の彼女に対する好感度も、同じく地の底へと到達していた。
「う、わ、私の身体で餓死されては困るのだ、ほれ、口を開け只人」
「……」
彼女、リウカは、根深い差別思想に毒されていた。
場面は選ばない。襲われている時も、こうして休んでいる時も、どこか苦しんでいる俺への蔑視を感じる。
心底気持ちが悪いというのは否定しない。お互い様だ。しかしそちらの勝手で、負担を肩代わりしなければならないがためにこうなっているわけで、軽蔑するのは筋違いだろう。
「やはり赤子なのか? 開けと言っているだろうが! 赤い顔して涙目で……そうやって黙って駄々を捏ねて! 私に只人の育児などできんぞ!」
エルフには何人か会ったことがある。皆似たり寄ったりだが、ここまで酷いのは初めてだ。
元来エルフの中でも一際プライドが高いのか、極限下で気が立っているのか。二言目には相手を稚拙だ野蛮だ何だと見下し、罵倒してくる。
いや、もしくは、本当に人の心がないのか。そうでないと、願いたいが。
「はあ、それとも何だ、それ程までに深刻なのか、舌の刻印は」
目を伏せ、沈黙を返した。
「やはりな。露骨に口数が減っている。今や喋るのも厳しいのだろう」
そんなことはない、単純にお前と話したくないだけだ。
強がってそう言い切りたかった。しかしながら、彼女の指摘は事実で、最早否定するのも困難だ。
「ああ……そうらよ」
まだ確認はできていないが、下腹部に刻まれているような淫紋が舌にもあるらしい。
少し喋るだけで、舌べらが甘く痺れる。卑猥な疼きを発して、刺激を求めて、口の中で上顎を舐めるのをやめられない。お陰で碌に眠れないし、そこから生じるとろ火のような淫熱も酷くて、眠気と快感でいちいち瞼が重くなる。
迂闊に口を開けば、だらしなく涎を垂れ流してしまいそうだ。食事をすれば忽ち官能を拾ってしまうような気がして、怖くてできない。
「こぇ、おれと会う、前からなのか」
口内に捩じ込まれた際に、刻み込まれた感覚はなかった。よってその前にやられたものだと推測はできる。
ただそれなら何故、今になってこんなに疼いているのだろうか。最初の頃は、ここまで気にするほどじゃなかったのに。
「……ああ」
「対処法、は?」
「……」
何か口にしようとして、言い淀んだように見えた。
理由を知っているようだ。聞きたくないが、背に腹は変えられない。目で話すように訴えた。
すると彼女は、俺の顔を不愉快そうに顰めながら答える。
「それは、奴らの……奴らの出す汁を飲まない限り、治まらない」
「っ……!」
なんて生態だ。奴ら、捕らえた苗床を自分達に依存させる手段まで用意してやがったのか。
というか、知っているということは、飲んだのか? あの気持ち悪いうねうねが出す汁を?
「自分から飲んだことはないぞ! ただ、口につっこまれて、延々と流し込まれて……うぇっ」
やめろ、俺まで吐き気が……うぇっぷ。
お互い青い顔をして、しばらく俯くしかなかった。
「ぅっ、サイアクだ……」
どうすればいいんだ。
まだ先は長いのに、身体の調子がもう我慢できないほどに悪い。首から下をずっと遮断しているし、鎮静魔法だってかけ続けている。それにも関わらず、身体はずっと意志を介さない浅ましい痙攣を繰り返し、乳房の先と、股の間から汁を漏らして、甘い媚臭を漂わせ続けている。
頭は熱く、強烈に快感を欲していて、今にも正気を失いそうだ。
そもそも身体を自由に動かせない状態が続くこと自体が尋常じゃないくらいストレスで、度々遮断を破りたいという衝動に駆られる。このままでは、遠からず発狂してしまう。
アレに、もう一度身を委ねろとでもいうのか。絶対にごめんだ。他の方法を探そう。
「はーー……いこう」
「私はいいが、その調子で案内できるのか?」
できるか、じゃない。するしかないんだよ。
俺達は再び進み始めた。
「────あれか、境界線は」
聳え立つ、建物5階分相当の崖の上。
遂に赤い肉感のある壁が途切れる場所が見えた、のだが。
「んっ、ん、んんんっ、んううううぅっ」
その壁の中腹辺り、行きは見なかった女性冒険者が、壁の触手に捕らえられ、くぐもった嬌声を盛大に響かせていた。
哀れ、彼女もまた、クソエルフ、リウカを見つけた時と同じ。どちゅっ、じゅぶううううう! と、上と下双方へ、白濁を注ぎ込まれている。
凄い量だ。溢れて、ぼたぼた溢れ落ちている。濃密な青臭いニオイが、こちらにまで届いてきた。
うんざりした様子で彼女は尋ねる。
「はぁ、ドワーフだな。助けるか?」
恐らく戦士職だ。小柄ながら、ガッチリとした身体をしている。
希望的観測かもしれない。だが虚な目には、僅かばかり抵抗の意思が伺えるような、そんな気がした。
弄ばれ、栗色の髪を振り乱して喘いでいるが、まだそこまで時間が経っていないのかもしれない。
「おい!」
今は戦力が足りない。当然助けた方がいい。
だが、しかし。
「はーー……あっ、ああ」
「? おい、どうした?」
頭がくらくらする。舌が、喉が、脳味噌が、ぜんぶが疼いてたまらない。
ニオイを嗅いだ瞬間からだ。鼻腔に入った臭気が脳天に染み込んで、関わる細胞全てが悲鳴を上げ始めた。「アレを飲ませてほしい」と。
うらやましい? 違う羨ましくなんかない。でも、ほしい。あの、注ぎ込まれている白濁が。
「く、りぇ……あれ、のませてくりぇえ……!」
訳も分からず口を突いて出たその言葉を、彼女は舌打ち一つでスルー。魔法を詠唱し、振り下ろした掌から風刃を射出した。
「はぁ、ぁ、ありがとう……ぅっ、ぐすっ、ありがとう、ございますぅ……!」
彼女の名はレノワ。冒険者としてのランクはC級。曰く4人パーティーでこのダンジョンに挑んでいたところ、第二層で瓦解し、逃げていたところ彼女は一人はぐれてこの崖に落ち、ああして触手の餌食になったという。
「他のみんなと、会ったりしませんでしたかぁ……?」
鼻を摘んだ俺が、顰めっ面で「会ってないな」と答えた。
「そうですかぁ、くすん」
俺が受注した時点で、必要なランクは引き上げられていた。
つまり彼女らは先行して入ってきた者達だ。いつ入れ違いになったんだろうか。
「はーー……ぁーー……」
「う、あのう、大丈夫ですか? そこのエルフさん」
悪いやつじゃなさそうだ。置かれた背負子にもたれたまま肩で息をする俺に、心配そうに声をかけてくれた。
「ぁ、へぁ……」
しかし大丈夫、なんて返事をする余裕はなかった。
舌がしまえない。焦点が揺れて合わない。
思考に没頭することで何とか意識を保てている。恐らく、止めてしまえば呑まれるのはすぐだ。
「すごくつらそうです……待っててください、今」
「おいこら待て、そいつは重症だ近づくな」
未だ白濁液の絡みついた栗色の髪の毛が、枝垂れて近づいてくる。
ドクン。瞬間、脈動を感じた。
衝動に支配され、俺は首だけを起こし、白濁のついている部分の髪を「はむ」と口にしてしまった。
「ひゃっ⁉︎」
向こうは尻餅をついて離れていく。逃せない。必死に食いついた。
するとこちらの方が前に倒れて、彼女の上に覆い被さった。
こうなれば、舐め放題だ。こめかみ、柔頬、鼻の頭。届く場所で、その存在が確認できる場所へと舌を伸ばす。
「ひょわっ、ん、わああ!」
「っ、この、痴れ者め!」
引き剥がされるなり、頬にビンタを受けた。
「正気に戻れ! 見ていられんぞ!」
「ちょっ、私は大丈夫ですから」
「私が大丈夫じゃないんだよ!」
「ええぇ⁉︎」
事情がわからず困惑するレノワ。それを横目に、視界に飛ぶ星を見る。
沁みる。青臭い、ともすれば吐き気を催す、決して舌触りのよくないネバネバが、舌の根に沁み込んで、脳を痺れさせる。
頬のひりつきと相まって、熱感が駆け上がって、またあの感覚がクる。
「っ゛、くふぅっ」
二人の声が遠ざかり、俺は深い絶頂感に襲われた。
うそだろ、こんなの、で。
「ふっ、ふぐううぅっ」
翻弄される最中、白い明滅の中に、鎮静の光が混じる。
ひと舐めでも、だいぶ違うらしい。先程まで一切効かなかったのに、冷水が浴びせられたかの如く、急激に熱が冷めていく。
「……はーー、ふーー~~」
「落ち着き、ましたか?」
焦点が合う。
くりくりとした丸めの人懐っこそうな顔が、心配そうに覗き込んでいた。
恥じらいと悔しさが込み上げる。奥歯を噛み締め、心のそこから謝った。
「ぅ、もうし、わけない……!」
「そんな、いいんですよ。私も、アレに汚された身です。事情はわかってますから」
微笑み、わざと見せるように、彼女は舌を出した。
そこには、痛々しい淫紋が刻み込まれていた。
「っ、空気に晒すと、ヒリヒリしますね。えへへ」
アレだけのことがあった後だ。もちろん、表情に強張りは見えるし、微かに震えてもいた。
しかし、それでも彼女は気丈に振る舞って見せたのだ。
やばい。惚れそうだよ。
「うっ、ううう」
「よしよし」
涙ぐむ俺を、優しい抱擁が包む。この場所に来てから、初めての癒しを感じる。
しかし長くは続かない。「うぉっほん」という咳払いの後に、「その辺にしておけドワーフ娘、中身は男だぞ」という空気を読まない発言が、場を凍り付かせる。
「? 先ほどから、何か要領を得ないのですが」
「……」
クソエルフめ。こんな少しの憩いすら許してくれないのか。
冷ややかな視線を浴びせられていると、決して悪いことをしているわけではないはずなのに、心に罪悪感が押し寄せてくる。
いや、まあ、でも、隠したまま、こんなスキンシップを取るのは、良くはない、か。
はあ、と深く一呼吸、置いてから。
「レノワさん、落ち着いて、聞いてください」
俺は渋々、自分達の名乗りと合わせて、これまでの経緯と、今自分達が置かれている状況を話した。
「そんな……」
やっぱり、ドン引きするよな……。
「アルさん、でいいんですよね」
「っ、はい」
「貴方は、立派です! 尊敬します!」
「そうですよね、軽蔑し、え」
聞き間違いかなと思った。どうやら、俺はだいぶリウカ論法に毒されていたらしい。
「軽蔑なんてしません! 赤の他人のためにそこまでできるなんて……! 凄いことです!」
「あ、そう、かな?」
感覚のない掌が握られる。不思議と温かい。
「私、貴方に協力したいです! ぜひ協力させてください!」
なんて、いいこなんだろう。
こちらから頼むつもりだったのに、向こうから進んで申し出てくれた。
断る理由がない。無論「よろこんで」と、二つ返事だ。
「無事脱出できたら、君の仲間の捜索を、約束するよ」
「本当ですか⁉︎ ありがとうございます! 絶対力になってみせます!」
「よろしくね」
「よろしくお願いします! リウカさんも! よろしくお願いします!」
「……ふん」
こうしてドワーフのレノワが仲間に加わった。
実力は不透明だったが、それでも、しんどいダンジョン探索では精神力がものをいう。
短時間でも素晴らしい人間性が垣間見えた。大きな希望である。
彼女の助力は、きっと役にたつ。これでこの困難も乗り切れる。大丈夫だ、と。
この時は、信じて疑わなかった。
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