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しおりを挟む俺は、決して間違った選択はしていなかった筈だ。
「うあっ、っ、ぐぅっ」
目を覚ませば、見知らぬ天井。布団を払い、視線を下げれば、飛び込むのは豊かな双丘。
巻かれた肌触りの良さそうなシルクの布を張り上げて豊満さを主張している、きめ細やかな白肌のそれは、何故か自分の胸元で膨らんでいて、自分の荒い呼吸に合わせて上下し、布と擦れ、灼けて痺れる摩擦の熱を、俺に感じさせている。
鼻腔を擽る、ほろ甘くいやらしい香り。
中枢から生じる、悩ましい官能。
下っ腹が疼き廻り、身動ぎせずにはいられない。
「んっ、なん、なんら、こりぇ、はぁっ」
口から漏れるのは、呂律の回らない、甘ったるい女の悶声。
内腿を締めて、何度も摩る。股の間に、ある筈の物の輪郭を捉えられない。
感じられるのは、汗とは似ても似つかない、ヌメりけを帯びた滑らかな肌の感触ばかり。空しさを覚えても、切なさが身の内側を締め付け、ぷちゅり、またぷちゅりと、股間から新たに汁気が溢れ出す。
「はぁーー……ふぅーー~~……」
繰り返す。決して、間違った選択はしていなかった筈だ。
なのになぜ、こんなことになっている?
時は遡る。
まず初めに。俺はこの道に入ってそこそこの、一端の冒険者だ。
職種はスカウト。能力は悪く言えば器用貧乏、良く言えばオールマイティ。際立った所は無い。ただ単独でも仕事をこなせるし、どのパーティに入っても腐らない自信がある。
先祖に小人がいたのか何なのか、二十歳過ぎてもガキと間違われる見た目のせいで舐められがちだが、別にそこまで非力を感じたことはない。敵を倒すのに派手な腕力や魔法は要らないからな。別に地味なのを引き摺ってる訳じゃないぞ、間違えるなよ。
一番のアピールポイントは、我ながら実直である所だと思っている。前述の通り、単身で滅茶苦茶凄いという訳ではない。堅実で丁寧な報告。それをただ繰り返してきた口だ。
ただ案外、それは冒険者の中では珍しいようで。ギルドからの信用は着実に得られ、つい最近Bランクに昇格した。
と、そんな俺はある日、掲示板にある依頼が貼られているのを目の当たりにした。
【調査依頼】
ダンジョン、行方不明者報告多数。
【推奨】
Bランク以上の男性冒険者。人数問わず。
初見、これは訳アリだなと直感した。
調査依頼でランクが求められる場合は必然、相応の危険が想定されているものだが、それに加えて男性推奨とは。実に怪しい。
触れる気は無かった。だが、
「すみませんアルさん、折り入って話が」
そう言って、ギルド側から頼まれれば話は別だ。
ギルドは仕事を管理するだけでなく、その受注者に評価を下す機関でもある。だから基本的に、我々冒険者は向こうからの申し出を断ることは出来ない。俺のような売り出し方をしているなら尚のことだ。
「分かりました、受けましょう」
「ほ、本当ですか?」
「はい、成功報酬を弾んで頂けるのであれば、まあ」
気は進まなかったが、低頭で頼み込む馴染みの受付嬢ちゃんを無碍には出来ず、俺は渋々仕事を引き受けた。
して、迎えば、案の定。現場は混沌としていた訳で。
「んっ、ん、んぐっ、んんんっ」
得体の知れない罠がてんこ盛り、女を捕らえ犯す類の魔物がウヨウヨしており、その中をやっとの思いで進んで行った先で、彼女を見つけたのだ。
「んぶっ、んっんん゛っ、っ゛ーー~~~~!」
うわぁ。
思わず目を逸らしたくなる程、酷い有り様だった。
身体の穴という穴に歯茎のような色をした触手を捩じ込まれていて、長い耳も金色の髪も、素肌も全部、汚されていない所無しといった様子で、全身に刻まれた淫猥な桃色の光を放つ淫紋が、彼女の乱れた呼吸に合わせて明滅して、てらついた質感を浮き立たせていた。
ああ、間違えていたとしたらここだ。
強いて言うなら、ここで変に正義に駆られて、英雄になろうとしなければよかったんだ。
「゛ーー~~~~! っうぅ゛っ!」
乳房に張り付き、吸い付いていた触手がちゅぱっと離れた瞬間、ぷっくりと腫れた様に膨らんだ乳首の先から、乳白色の液体が噴き出すのが見えた。
(これはもう、手遅れだ。苗床にされてしまっている)
そう思ったのだから、引き返せば良かったんだ。
しかし、俺もどうしたって男だ。
助ければ、あわよくばお近付きになれるかも、あの身体を触らせて貰えるかも、なんて、下心もあった。
(いや、でも一応、貴重な証言者だし。何も答えられないにしても、引き返すなら、証拠として必要だよな)
色々正当化して、救う為に、女性に近付こうとした。が、その時だ。
…………あ? 目が合っ
不意に触手がズレて露わになった蕩けた翡翠の眼の奥に、何やら怪しげな光を見た。
直後、視界がひっくり返って、何故か自分の姿を見て。その後すぐ、身体の芯と言うべきか、それとも脳の内側と言うべきか、恐らく両方を、訳のわからない速度で加速膨張する熱感に襲われ、
「────~~~~⁉︎」
壮絶な絶頂感と共に、気を失った。
「はーー~~……っ、あ゛ーー~~~~」
で、今に至り、このザマだ。迂闊だったと我が身を呪うしかないだろう。
「っ、つら、くるし……せつな、いぃ……」
さっきからそんな感想ばかりが、頭の中をぐるぐると回り続けて止まない。
別段怪我をしていて血が流れているという訳でもなく、命の危機を感じている訳でもないのだが、それに近しい物を覚えている。
「くっ、おぉーー……」
いや、まあある意味怪我か。こんな、股間に、止めどなく体液を垂れ流す裂け目が出来てるんだからな。はははは。
────ばかやろう。笑えないってほんと。
息を吸う。柔和な胸元と腹部が膨らむ。その動作だけで、腹底に悶々とした熱が溜まって、溢れる。
じわり、じゅわり。濡れた感触が広がって、張り詰めた肌に布が張り付く。
「んっ、っ、ふーー~~……!」
息を吐けば、自分の口元から漏れるのは、艶っぽい女の、熱っぽい吐息ばかり。
気が、変になりそうだ。
いや、もうなってる。これはもう、我慢、出来ない。
手元は半ば無意識に、尋常ならざる疼きを訴える胸の先と、股の間へと伸びていく。
わなわなと震え、躊躇する指先は、惑いの果てに、女肉へ触れる。
「ふっ゛」
刹那、指の腹には心地良い滑らかな触感がして、触れた部分には、治りかけの火傷を撫でた時と似ているがそうでない、灼熱を帯びた痺れが生じ、身体の芯を劈いて、弾けた。
「う゛っあっ、っ、あっ、ああああっ⁉︎」
下腹部が勝手に痙縮する。腕で抑えても止まらない。ぎゅっと圧すると、収まるどころか酷くなって、身体はくの字に折れたまま、幾度も訪れる快楽の波に悶える。
「あ゛っ、か、はっ、っ、っーー~~……!」
碌に息が出来ない。頭がぼーっとして、意識が微睡んでいく。
が、終わらない。そのまま簡単に意識を手放せたらどんなに楽か。快感の熱は弾む間にも溜まって、一層身を苛み始める。
「かっ、ふっ……ふーー~~っ……!」
味を覚えてしまった。刺激が欲しくて欲しくて、たまらない。
求るままに、今一度。腹にやっていた腕を解き、掌を横腹から豊満な胸山へと這わせ、山頂を下側からそっと包み込んだ後、広がる言い表しようのない甘やかな感覚に従って、もぎゅうっと。揉みしだいた。
「っ、はあぁーー~~っ」
気の抜けた女声と一緒に、また快楽が滲み出して、腰が抜ける。
熱い。硬く痼った胸の先端が熱い。そこから、勢い良く熱い液体が漏れている。布越しでも掌が濡れていく。乳臭いニオイが強くなる。
やばっ、いぃっ……。
身体の本来の持ち主に、悪い事をしている。そんな自覚がある。
けれどもやめられない。とまらない。背徳感が、脳髄に一層の快感として刻み込まれていく。
「はぁ、はぁっ、っ、あっ、ああぁっ」
揉む。擦る。ゆっくり、ゆっくりと。繰り返して、次第に最適を導き出していく。
突起を優しく転がすのが堪らなく気持ちいい。掌で、ころころ、ころころ。
ダメだ、焦ったい。横乳を撫であげて、指先で摘んで────
「はっ、あっ……! っ゛、あああっ」
また脳裏で火花が散って、目の前が白んだ。
摩擦全部が快感になり、下腹部に響く。その都度、やはり堪らず内股を締め、擦り合わせてしまう。
「っ、ふーー~~……くっ、ふうぅ~~」
滑る。またその感触が堪らない。
じれったい。股の間が、その奥が、信じられない程の悶々を訴える。
留まり切らない。溢れる。出てしまう。
側にある布を口に咥えた。荒らぐ息を必死に殺して、涙を溢し、滲む視界を揺らす。
右掌を、股間へと這わせていく。抑える為、あるいは、解放する為。滑らかで柔い下腹部を弄り、疼きの核心を探って、とうとう、そこへと指先を伸ばそうとした。
と、その時だ。勢い良く開くドアの音がして、直後、ひっくり返った男の声がなよっちく叫んだ。
「いっ、いやあああああああああああ!」
かと思いきや、詠唱が始まった。
属性は緑。効果は二種類。拘束の類と、鎮静化。
見事、と言わざるを得ない巧みな高速並行詠唱だった。
「ふぎゅんっ」
身体の周りに緑色の光が収束し、蔓のようなものが生成され、瞬く間に縛られた。
腕は後ろに回され、両足は揃えられた形だ。そこまでならオーソドックス。だがしかし、縄締めの数が明らかに過剰であり、肩や胸、尻回りにまで及んでおり、豊かな女肉に食い込んでしまっていた。
生じる、思わぬ圧迫と刺激。
鎮静効果は確かにちゃんとあった。しかし、緩和が間に合っていなかった。
「ぅっ⁉︎」
ぷしっ! しぃー……。
「っ、ふぁ……ぁ……!」
「あ、わる……ぃ」
股下に滲み出す、温い感覚。ふわりと広がる小水のニオイ。
「いや、違う! 私の身体で何をっ、貴様!」
その中で、俺は俺自身と目が合った。
「…………」
気まずい間が開く。
最中、再確認。これは俺の身体じゃない。
だから、この感情は違う。
「っ、ぐすっ」
「んなっ⁉︎」
恥ずかしさとか、理不尽な怒りとか。自分でもよく分からない物に振り回されているのは、きっと身体のせいだ。
「泣きたいのはこっちなんだが⁉︎」
そうだろう、そうだろう。
鎮静が効いてきた。落ち着こう。取り戻そう。
頭を淫らに腐らせる余韻を、一つ、二つ、深呼吸で鎮めて、思慮を巡らせる。
寛容さというのは大事だ。
相手の事情を理解して、「まあ自分でもそうしたかもしれない」と、腹に落として、許すとする。とても大切なことだ。
「ええい、泣くな! 男だろ!」
「……」
「そんなに眉間に皺を寄せて、シワになるからやめろ!」
「……はぁーー」
ただし、相手の態度次第である。
カチンときた。ダメなときはダメだ。仕方ない。
「確かにっ、失礼したよ……」
自分に全く落ち度が無かった、とは言い切れない。
状況に流され、醜態を晒した。確かに、良い振る舞いでは無かった。
にしたって、少し独善的過ぎやしないか。
「ただ、こっちとしても、急に、こんなことになったんだっ……もう少し配慮ってもんを」
「具体的にどうしろと?」
「縄を、解くか、緩めて」
「却下だ! また私の身体を辱める気だろ」
「ちがうんだよっ、これっ、結び目、食い込んで……んっ、また、気が変にっ」
「っ! こんのっ……!」
蔓の縄は解かれず、今度は感覚遮断の魔法が唱えられた。
先程よりも少しばかり長く複雑だった。しかしこれまた驚く程の速さで詠唱は完結して、青の光が生じ、こちらの首元に集まって────そこから下の感覚が、はたと無くなった。
「……はー」
なんでだよ。もっとマシな方法があるだろ。楽になったからいいけどさ。
「助かったよ、ちくしょう」
「ふん、やはり所詮只人、野蛮であるな。早く何とかせねば」
しかしまあ、俺の姿をした相手の口から、俺なら絶対に出ないセリフが出るわ出るわ。自分の声が無駄に綺麗な女の声ってだけでも違和感が凄いのに、酷いもんだ。
「口を開けば差別発言。成る程、どうりでこの身体、耳が長いと思ったよ」
「はっ、まったく、やはり諦めて捨て置くべきだったか……」
周囲を確認する。空気の流れ、気配。鈍っているが、五感を最低限活用し、記憶上のマップと照らし合わせ、把握した。
ここは三層のセーフティゾーンだ。つまり、まだダンジョン内。
なら念の為、確かめた方がいいな。
「そうかよ、こっちは助けに来たってのに」
「確かに、救助に来たことは感謝している。ちんけなお前の身体でも、助かったのに変わりはない」
「ちんけって、この重そうな身体運べる程度には鍛えられてただろ?」
「貴様っ……! ああ、そうだな! 大概、私が魔法で補強したからだろうがな!」
一応、嘘を言っているようには見えない。化け物ではなさそうだ。
しかし本当に俺なのかと不安になるレベルだ。同じ顔と声なのにこうも変わるか。
腕を組み、貧乏揺すりをしながら、苛立ちと焦燥を露わにしている。高慢不遜。その言葉がピッタリだ。
一応エルフなのだから、いい歳をしているのだろうに。恥ずかしい。
俺の見た目でやられると一層幼稚に見えて、羞恥に耐えかね目を背けてしまった。
「よく俺を野蛮呼ばわりできたもんだ」
「は?」
「助けられた相手を見下して悦に浸って、そっちの方がよっぽどだろ」
「んな……如何に邪に汚されていようと、其方に預けた我が肉体は高貴なる物だ! それを辱めておいて……どの口がそれを言う⁉︎」
しかし、耳が長いお陰だろうか。キチンとその言葉を聞き逃さなかった。
「ほーんやっぱ、これは、お前が意図してやったんだな」
「当然だ! 神域で授かり、いざという時の為に身に付けていた“入れ替わりの指輪”を使っ、て……」
「なら、元に戻せるよな?」
「…………」
空気が凍りつき、沈黙が返る。
そしてわざとらしく、視線は逸らされた。
おいおい、バカかよコイツ。
「おい、返事、しろよ」
「……いや、あ、へへへ」
「愛想笑いで誤魔化さず答えろ」
極小の答え。恐らく「むり」と。唇が動いていた。
「ん? 何だって? 今耳がデカいのに、声が小さ過ぎて良く聴こえなかったぜ」
「え、あ、その、体感したから、分かるだろ?」
「ああ?」
「その身体が治るまでは、まあ、戻りたくないかな、って」
「……」
「ひっ」
ひりつく空気を察したか。自分で口にしておいて、彼女は徐々に言葉を濁した末、引っ込めた。
確信、有罪。
そもそも、俺は彼女を助けようとしていた。身体を入れ替える必要など無かったのだ。
なのに彼女はただ、苦労を人に押し付け、自分が楽になりたいというだけの為に行使した。
「いや、それはちがくて、悪い人かもって思ったら、念の為に、ほら、ね?」
そうか、そうか。そういうことか。
「俺の冒険者タグを見てないか? 一応銀色で、Bと刻まれている筈なんだが」
「んん? いや、ははは、そんな、まさかねー」
完全に、舐められてたらしい。
「首に、下がってるだろ」
「えっ……うわっ、ほんとだ」
今初めて見た、みたいな反応は演技か? 幾ら何でも有り得ないだろ。
「あー、はは、まだ幼いのに、信用あるんだねーぼく」
拙い煽りはスルーしつつ、憤りを込めて、最短で詰める。
「タグの意味が分からない訳じゃないなら、話は早い。知っているだろ? 虚偽の活動報告をする様な輩は、そんな物持ってないからな。偽物じゃないのも、魔術に秀でたエルフ様ならご存知だよな? 他人に奪われても、持ち主が死んでも、しっかり失効する優れ物だぜ? 確証にはもってこいだ」
「ふ、ふふふ」
引き攣った笑顔をより引き攣らせていく相手に対し、慣れない表情筋で笑みの様なものを作って、はっきりと言った。
「誓っていい。俺は俺の生活の為に、お前の身の安全を保証する」
だから、今すぐ、戻せ。さもなくばギルドに、不法行為として報告すると。
「…………!」
彼女は俺の顔を目一杯、バツが悪そうに歪ませ、暫し視線を右往左往させる。
次の一言が中々出て来ない。俺は痺れを切らしそうになった。
が、丁度その直前で、頭は下げられた。
「悪かった……! この通りだ、許してくれ……!」
「必要なのは謝罪ではなく」
「私に出来る事なら何でもする! お願いだ!」
ベットに頭を擦り付け、瞳に涙を滲ませて、みっともなく、必死に、縋るように、彼女は謝罪と懇願を繰り返した末、叫んだ。
「もうしんどいのはイヤなんだよおおおおおおおおお!」
追求の言葉が続かず、沈黙してしまった。
つくづく、損な性格だと思う。
演技の可能性もある。こんなものとっとと報告して、然るべき沙汰を下せる者に任せてしまう方が良いに決まっている。
なのに、先程までの不遜な態度が嘘のように弱々しくて、俺は困ってしまった。
身体には確かに、凄惨な陵辱の痕跡が残っている。その精神的なダメージが如何程のものかなど、男の自分には想像が付かない。
配慮を巡らせて、少しでも気の毒に思うと、罰する気が失せてしまった。
「……はぁ」
ため息一つ吐いてから、俺は合理的な理由を探し出して、形にした。
「分かった、いいよ」
「えっ」
「勘違いすんなよ。お前が俺の身体なら、っ、この身体の負担も軽く出来るだろうし、治療も出来るだろ?」
「あっ! ああ!」
一瞬それがあったか、みたいな顔をした気がしたけれど、気にしないでおく。
「因みにタダじゃないぞ。依頼料は頂く」
「ああ! いいぞ! 元から謝礼は払うつもりだった!」
「じゃ、契約。えと」
視線を送ると、彼女は「リウカだ!」と名乗った。
「分かった! 待ってろ今────」
と、普段なら慌てて陣を描き始める相手を止めて、自身の名前を名乗る所だが。
俺は別の理由で、「ちょっとまて」と止めた。
「っ、ふっ、なんか、息が、あ」
ちくしょう、交渉に意識が向き過ぎてた。
「縄解け! なんか、ヤバげだ、これ!」
「えっ、あ」
なんでもっと早く、気づけなかったんだ。
首から下が感覚遮断されていても、肺から空気が送られている以上、呼吸に異変として現れる。
ただ、兆候としては、手遅れも良いところ。
「はっ、ふっ、ふうぅっ⁉︎」
懸命に首をもたげて下を見た瞬間、目を見開いてしまった。
蔓の隙間から覗く、怪しげなショッキングピンクの光の紋様。恐らく女の大事な箇所に刻み込まれているであろうそれが、今まさに悪さをしているようで、薄い布に遮られている筈なのに、軽々通す程強く輝いていた。
そういえばあったじゃねえか最初見た時に! この類いは鎮静じゃダメだろ! 抗呪か、解呪じゃないと!
痙攣の度、その光の軌跡が残る。そして腰が「くんっ」と持ち上がったとき、その向こうの股の間が、盛大に飛沫を吹く。
「はっ、はやくしろぉっ!」
「ええいっ! 指図されずとも!」
解除の詠唱をして、彼女はちょんと蔓縄に触れた。するとようやくスルスルと解けて、身体の強張りが────解けない。
自由になったにも関わらず、寧ろ大きく波打ち、一層の醜態を晒してしまう。
「は、ふ、ぐっ」
感覚の遮断は継続されている。ただ、息が出来ない。詰まってしまう。
逡巡し、血の気が引く。もし、これが解除されたら────
「? お、ぃ……?」
「……」
何だよその、やっちまった的な顔は。
「な、んっ、なん、だよ……!」
「いや、その……焦ったせいで、遮断の術式に綻びが、出来ちゃって」
「は、ぁ……⁉︎」
それって、つまり。
「ばっ……! はやく、かけなぉ」
「わるい、さすがに、間に合わなぃ」
ああ、くそ。
「ちく、しょ」
刹那、首元で何かが破綻する感触がした。
留められていたものが堰を切ったかの如く、感覚が頭へ流れ込む。
「ぅ゛」
連続する電撃が、瞬時に脳天を貫いていき、視界を白黒させた。
通り道になった神経は灼かれて、強烈な熱を発する。
痺れてひりつく、暴力的なまでの官能だ。震える腰の奥から、際限無く膨れ上がっていく。
「ぉ、っ、ぐ」
身体を締めて、息を殺し、幾許か堪えようとした。
が、まもなく、抑えきれなくなって、
「ん゛、ぎゅう゛うううううううううううううううううぅ!」
意識は沸騰し、吹き飛ばされた。
間違っていなかった? これが?
残念ながら、一つ二つの取り零しで済んでいたとは、とても言い切れないだろう。
それでも違うと、強がれるようにはなったが、ずっと後のことだ。
これは、間違いだらけの物語である。
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