【完結】父さん、僕は母さんにはなれません 〜息子を母へと変えていく父、歪んだ愛が至る結末〜

あかん子をセッ法

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29.⬛︎⬛︎約30〜40週目その4 出産

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 「ふっ……ぐううぅっ……⁉︎」

 堪らずその場に蹲る。形容する言葉の全てが生易しく感じる程の痛苦だ。声を上げる事も、息を吐く事すらもままならない。

 「はぁっ……ふぅっ、ふっ、うううぅ……っ!」

 脂汗がどっと出て、涙に濡れた視界は俄かに白んで揺れる。意識が飛びそうだが、それすらも許されない。張り裂けたかに思えた腹が今度は張り詰めて、排便を極限まで我慢した時の様な強烈な不快感を伴った疼痛を与えて来る。虫のいい事に反射的に父に助けを呼ぼうとして、止めて、そしてやっぱり「だれか……助けて……」と声を漏らした。当然、助けなど存在しない。逃げ場の無い地獄が心身にのし掛かる。

 「ふぐっ、ゔううっ……くうううっ……!」

 嘆き、悶絶し、横たわって尚悶え苦しんだ。するとそこでふと股間から大量の水が漏れている事に気付いて、漸くああそうかと悟る。

 産まれて来るんだ……こんな、時に……っ。

 「ぐっあ゛っ……あ゛ああああぁっ!」

 身体が排便の要領で不意に息むと、ミシミシと背中の骨が軋み再び万力で裂かれるかの如き激痛に襲われる。

 産まれない方がいい……こんな所に、産まれたらダメだ。

 耐え切れない自分の勝手な口実などでは無く、心の底から祈らずにはいられなかった。神様、いるならどうか殺してくれ、自分諸共今すぐに、と。未来と自身を悲観しても仕切れず、今すぐ死んで自分が地獄に落ちる方がよっぽど良いと、儚い空想の救済を願った。それ程までにもう、救いようが無いから。

 「ふーーっ……ふーーっ……ううっ、ううううううっ……!」

 涙が堰を切ったかの如く溢れ出した。純粋な肉体の痛みでは無い。心痛だ。恐るべき事に、腹の中の赤子を思うと、肉体の苦痛を心痛が凌駕したのだ。殆ど毎日、激しい行為の後や眠る前等聴いて安心した暖かい心音と、人の形を帯びていくモノクロの映像。それらの数々が脳内でフラッシュバックし、哀切で胸が張り裂けんばかりに痛んで、嗚咽し、顔をベッドに伏せずにはいられなくなった。

 もう許して、もう許してよと口元は同じ言葉を何度も細々と紡ぐ。死んだ方がマシ。そう思えたらどれだけ良かったか。死すらも救いに感じられず、それでも終わりを願わずにはいられず。これぞ真の生き地獄ではないか。
 尚も自分の運命は悉く思い通りにはならない。身体はそれ以外に苦痛から逃れる術を知らんと勝手に息んで、裂いてでも赤子を出そうとしてしまう。

 「うううあ゛ああああぁっ、はあ゛あああああぁっ!」

 絶叫と共に生々しい音と共に液状の何かが排出される。赤子では無い、惨めにも糞尿である。しかし気にする余裕は無い。もう頑張らなくて良いのに。諦めて良いのに。命はそんな甘えを許してはくれない。

 「はあ゛っ……あ゛っ……ぐっ…………!」

 自分の腕は、いつの間にかぎゅうっと強く父の脚を握っていた。此方の体温が上がっている為か、より冷たく、硬く感じられる。

 「父さん……トシヤ、さんっ……!」

 もう何を言っても動いてはくれないであろうその身に微かな期待を寄せ、救いと罰を求め、咽び泣いてはまた息んでを繰り返す。
 やがて徐々に息みは要領を得て、少しずつ、少しずつ洗練され始める。

 「ふーーっ……っ……ふぅっ……っ~~~~!」

 思考し絶望する余裕が削り取られていく。頭はぼーっとして、ただ自身の呼吸と鼓動ばかりが聴こえる様になる。ひっひっふー、ひっひっふー。出産の為の知識なんかは思い出して実行したりはしてみたものの、それもやがては忘れて。ただ無心で努める。

 「うっ……ぐっ……! …………はぁっ! っ、はぁっ、ああっ……ふぅっ……ふーーっ、っ…………!」

 肘と膝を付いた四つん這いで息んでは呼吸を整え、偶に崩れ落ち父の脚を枕に休んでは、這う様にベッド横の壁を使って体勢を立て直しまた息む。漏れ出す呻き声は枯れ、末端は痺れて弛緩し、余計な力はもう入らない。気の狂いそうな疼痛にも慣れて来た。労力は殆ど排出のみに注がれ、文字通り気が遠くなる作業となり延々と繰り返される。

 「はぁ……はぁ……っ、あぁ……」

 体力の限界か、目が霞んで暗くなってきた。

 もうがんばった……十分、だよね……。

 「はぐっ……ゔうっ……」

 一抹の悔しさが込み上げたが、涙は既に枯れ果てて出てこない。体勢も変える余力も失せ、壁を背に寄りかかったまま肩で息をするに留まる。いよいよか。予感し静かに瞼を閉じたその時だ。

 ……ずるっ。

 不意の脱力か、それとも無意識の息みによるものか。何れにせよ何かが上手くいったらしくそこで股間から少しだけ何か大きな黒い塊が滑り出し、今まで入り口だった場所を内側から押し広げた。頭は「っ、えっ……」と思わず困惑したが、身体は違った。

 「はっ、ぐっ……!」

 少し気を抜くと戻りそうな所を、腹は反射的に最後の力を振り絞った。すると壮絶な激痛がぶり返すと共に、更にずる、ずるると、外に出て来る。

 「あっ、がっ、あ゛っ……!」

 瞳を白黒させながらも最早後戻りは出来ず、強く目を瞑り、シーツを握り締め力一杯息んだ。が、それでも一息では出て来ない。力尽き、一度横に倒れる。倒れたままでは力が入らない。何とか張って体勢を整えようともがく。

 起きなきゃ……っ。

 指先は偶然父の掌に触れた。徐にそれに指と指を絡めてギュッと握り締めると、不思議と力が湧いて来る。「ぐっ、あああっ……!」と猛々しく声を上げながら身体を起こし、その場で再度肘膝付いた四つん這いの体勢を取ることが出来た。

 「ふっ……ん゛うううううっ……!」

 愛情、憎悪、恐怖、幸福、これまでの様々な感情が交錯し、迷いとも決意とも取れぬ何かが胸中に生じる中、強く深く息んだ。刹那、

 ずるるるっ、ずりゅんっ!

 重さとも相まってか、塊は勢い良く滑り出してベッドの上に落ちた。

 「っ……ふぅ……」

 一気に腹の軽くなった身体は虚脱してその場に蹲る。達成感、安堵感がじーんと疲れ切った頭に染み渡り、静かに目を閉じた────────

 ────が、それも束の間。まだだ。確認せねばと湧き上がる使命と好奇心に突き動かされ、泥の様な身を徐に起こし、産み落としたと思わしき場所に目を向ける。

 「っ、ああ……」

 感慨も一入だった。自身の股倉から伸びる尾の先、白黒の影でしかなかった存在がそこに色を持って現れていたのだから。

 あは……男の子だ……僕そっくり……。

 愛しさに満ち、全身がふわりと浮く様な錯覚に陥る。今すぐにでも抱き締めたい。そんな気持ちに突き動かされ、ボロボロの筈の身体は子の元へ擦り寄った。
 しかし直後、一気に不安の黒い靄が押し寄せる。

 「あ、れ……?」

 赤子が、産声を上げていなかった。
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