【完結】父さん、僕は母さんにはなれません 〜息子を母へと変えていく父、歪んだ愛が至る結末〜

あかん子をセッ法

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25. ⬛︎⬛︎約20〜30週目 罪

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 「何をしてるのかと訊いているんだ」

 冷ややかな彼の声が薄暗い廊下に木霊した。何をしているのか。聞かれた事に簡単に返事する。

 「えっと、ちょっと、探し物が…………」
 「……受話器に、か?」

 話は少し遡って、いつもの診察が終わり、一緒に昼食の調理を始める頃。彼が用便の為に場を離れたほんの僅かな隙を見計らって、自分は動いた。ここが祖父母の家を模しているのなら、もしかしたら外への連絡手段も同じ所にあるのかもしれない、と。少しでも焦燥を晴らす為、居ても立っても居られずダメ元で安直に動いてしまった。



 「あった……!」

 クリニックへのドアの反対側に続く廊下の向こう側。磨りガラスから薄陽の漏れる玄関前の横の棚に、やはりそれはあったのだが。

 鎖を引き摺り、大慌てで駆け寄って取ろうとした。けれど、ガチャン。

 「んぐっ⁉︎」

 寸前で鎖が伸び切って軋み、喉笛が圧迫された。なんと悪辣な事に鎖の長さは、ギリギリそこまでに足りない長さに調節されていたのだ。

 うそ……あとちょっとで届くのにっ……!

 尤も、届かないなら諦めて引き返せばそれで済む。元より確かめるのに然程時間もかからないのだから問題は無い筈と、軽い気持ちで試すつもりでの行動だった。

 「…………っ!」

 振り返れば、そこに彼は居た。トイレに行くと言っていた筈なのに、無音で自分の背後に立っていて。そして冒頭の一言を発したのだ。



 「…………」

 沈黙が訪れる。無言で目の前で立ち尽くす彼。怒っているとも、悲しんでいるとも取れる冷たい呆れ顔を前にしていると、なんて迂闊な事をしてしまったんだろうと後悔が込み上げ、恐怖で身体が震え出す。

 「……同じだな」

 ぽつり。彼は少し切なげによれた声でそう呟いた。何の事かと考え、口に出して問う前に相手の言葉は続き、徐々に熱を上げていく。

 「君はこうなる前も、そうやって僕から逃げようとした事があったな」
 「っ、いや、そんなことっ……!」
 「分かってる。記憶が戻った訳じゃ無い。お腹の子の影響だろう? 分かってる」

 鎖を急に引かれた。「ひぁっ!」と自分は声を上げて前方にバランスを崩し、廊下に手を付いて跪く。慌てて顔を上げようとすると、ドンッとその眼前に足音が迫った。かと思えば、「言いたくなかったんだが……仕方ない」という前置きの後、信じ難い話を告げられる。

 「その子が初めての子と言ったが、あれは嘘だ。君は昔一度妊娠して、流産している」
 「え……」
 「その時に君は酷く荒れてな…………よく僕を蹴っていたんだ。こうやってっ……!」

 語尾が明確に苛立ちに震えた瞬間、ガツンッ。こめかみと頬の間辺りに蹴りを受けた。勢いで軽い身体は硬い廊下に転がって、そのまま壁にぶつかる。鈍い痛みが蹴られた箇所と背中に走る中、追撃を恐れすぐさま「っ、い゛っ…………!」と顔を顰めながら視点を上げると、虚ろな眼差しで此方を見下ろす彼と目が合った。

 「あぁ、すまない。力の差はかなりあるから……僕は今の君程痛みを感じた事は無かったと釈明しよう」

 先の一瞬の苛立ちが嘘の様にその語気は静かだった。しかし、それを抜きにしても話自体意味が分からず困惑が先行する。

 母さんが、流産……? 父さんに、暴力を振るってた…………?

 最中、相手は此方の首を絞め上げながら壁に押し付け、今度は心底懐かしそうに言う。

 「寧ろ受けている内は快く思っていた。君は非力だからな。戯れか本気か分からなくて、ただ愛おしいだけだった」
 「っ……あ゛っ、ふぅ、んっ…………」

 苦しさに耐え兼ね口が開くと、そのまま強引に口付けされる。何処か切れたのか血の味がする口内を、少しの間舌先で乱暴に蹂躙された。そしてその後唇が離れると、絞められた首元が加減される。

 「っ……かっ、はっ…………⁉︎」
 「……しかし、ある日を境に相手にもされなくなってな……言葉を交わす機会すら失ってそこで漸くはっきりと自覚した。嫌われたんだなと」

 爛々と揺れる暗く濁った瞳には自分は映っておらず、相変わらず此方を通して失われた過去を見ている。クマは深く、瞳孔は開き切っていて正気には程遠い。にも関わらず語りはサラサラと、澱み無く流れていく。
 
 「馬鹿だと謗ってくれたまえ。あらゆる手段を講じてどうにか別居だけは免れ続けたが、それだけだった。君の心は離れるばかりで……結局、僕は仕事に逃げた」

 その時スッと、何の前触れも無しに注射器が取り出されて此方の腕に突き刺さる。「っ、まっ……おなかっ、あかちゃっ……っ!」と静止も虚しく、薬液が注入された。

 いやだ、何を注射された? 話の流れ……もしかして堕胎剤? いやだ、嘘だ。

 「その後暫くしてだ。疎遠な間に君は倒れた。僕は己を呪ったよ────」

 声は遠退き、目の前が真っ暗になる。肯定し難い暖かな物。その喪失を想像して、先程蹴られた瞬間よりもずっと重い衝撃を味わったみたいにずん、と心が沈んで、自分が今何処に居るのかすら分からなくなった。

 かあさん、わたし…………。

 絶望に打ちひしがれ、全てを閉ざしかける。無理だ、もう無理だと。全部投げ出して、楽になろうとした。
 が、何故だろうか。底の底まで堕ちる程に頭は醒めてかつて無いほど回転し、知識の中に希望を見出す。

 ────ちがう、きっと違う。堕胎剤じゃない。そんな事をしたら母さんに嫌われるから。母体の安全は保障されている筈。

 動揺が正され一気に冷静になる。すると、先程までの話の真偽が見えてくる。

 初めての子、流産の話はウソだ。その後すぐ疎遠になったと言っている。それが本当なら自分はここに居ない。断言出来る。

 暗んだ視界と音が戻って、彼の声が頬を撫でる。

 「────だから決めたんだ。もう絶対に逃げないし、離さない。そう、心に誓った」

 真相は分からない。しかし、仲睦まじかった彼らが何かを境に壮絶な仲違いを始めた事だけは確かだ。これまで聞いた話の経緯から推測がつく。その時期も、原因も。

 共に研究していた学生時代を最後に曖昧になる昔話、ぱたりと無くなるアルバムの写真。彼に徹底して疎まれ、消された息子、リク。

 ────そっか。やっぱり、のせいなんだ。

 「君が不安で、僕を信じられなくても。逃げたくて仕方がなくても。離さない。例えそれで嫌われたとしても、僕は逃げない」

 漸く気道が完全に解放されたが、注射された薬の影響か、はたまた純粋な肉体へのダメージが原因か。衰弱した身体に力が入る事は無い。糸が切れた人形の如くだらりと脱力したまま壁に背を預け、小さく震えるばかりだ。

 「くすりっ……たよってぅ、くへにっ……!」

 呂律が回らない。鼻で息を吸うと小水の臭いが香り、漏らしてしまった事に気付く。しかし、それなのに相手は気にも留めずに此方の履き物を脱がし、自身も下半身を露出する。

 「分からないのなら、思い出せないのなら何度でも教えよう。僕はもう二度と、君を失いたくないんだ」

 もしかしたら、今と同じ様な事はあったのかもしれない。彼の束縛的な愛情に危機を感じたのか。それともただ単に妊娠中のノイローゼだったのか。母さんは、彼に抵抗して暴力を────

 気もそぞろに推測と想像が脳裏を過ぎる最中、どくんっ。心拍が明らかに早まって肌がぞわぞわと泡立ち始め、ひりつく様な掻痒感が全身に湧き出す。視界は呼吸に合わせて明滅して回りだし、破滅的な多幸感が思考を溶かしていく。

 「君だって、本当は僕から離れたくはない筈だ」
 「まっへっ……まっ、ぁ゛っ」

 胸を愛撫されて、背筋から腹奥に掛けて電流が駆け抜けあり得ないくらい痙攣する。「はひゅっ、はっ、あぁっ」と口から涎と一緒にはしたない声が垂れる。

 こんらつよいくすりっ……おなかの子にも、えいきょうがっ…………。

 「ずっと一緒にいよう」

 何度も囁かれた毒の様に染み込む言葉が耳元で囁かれると共に、蕩けた股座が熱い肉竿でじゅぶりと貫かれると、「ああ゛あああぁっ!」という自身の絶叫を最後に意識は一気に彼方へ吹き飛び、性感の乱気流に晒された。

 「お願……リナっ」
 「やあ゛っ、あ゛っ、はぁああぁっ、ああ゛あぁっ!」
 「愛して……っ、僕は、君無しじゃ…………っ」
 「ん゛っ、ん゛っ、んぐっ、んんんっ、んうぅっ
!」
 「っはぁっ、何処にも…………でくれっ」

 甘い淫臭が鼻奥を埋め尽くし、狂った様な嬌声と甘言が反響し、肌と肌のぶつかり合う淫らな水音が飽和する。今まで味わった中で最も濃密な、目眩く快楽の世界。屈服させんと身も心も灼き尽くそうとする彼の責苦が延々と続いていく。

 「ぐっ、ゔっ、ゔうううううぅっ────」

 しかし、それでも。鼻から血を噴いても、頭が真っ白になって蕩けても。必死に此岸にしがみ付いた。腹の中から自分を応援する様に、何度も何度も蹴り上げるその存在が鼓舞してくれたから。沈み掛けても引き戻されて、踏み止まる事が出来た。

 元より破壊され、その中一欠片残った小さな小さな意志。それが荒波に揉まれ、削られ────残されたのは、たった一つの核心だけ。

 おなかの、この子だけは…………この子だけは、僕が………………。



 人としての尊厳を賭けた、最後の戦いが始まった。
 
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