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23. ⬛︎⬛︎約3〜10週目 検査
しおりを挟む幾度となく父と母の名が呼ばれ合い、愛が酌み交わされる。その間、脳髄が快楽に溺れている間だけ、全てを忘れていられた。だから依存し、彼に縋り、出来る限り耽り続けた。
けれど、どれだけ逃げようと現実は必ずその背に追い付き、喉元に刃を突き立てて来る。告知からまた更に月日が経った頃。
「っ、はぁっ…………!」
この頃になると、よく恐ろしい夢を見るようになった。単純に自分の腹部が膨らみ過ぎて破裂する夢に始まり、産まれた子供が怪物になって自身を襲う夢や、自分が産まれて、母さんの姿をした自分がそれを殺す夢。産んだ後の自分は父に捨てられて、子供が次の母さんになる夢。何れも凄惨で、痛みを伴った地獄の体験だった。
「はぁっ……はぁっ…………っ……!」
真っ暗な中目醒めて、何ともなくてほっと一息。などと生温い話で終わるならどれだけ良かったか。起きれば下腹部は実際に張った感覚が顕著にあって、撫でれば日毎に大きくなっていく膨らみの輪郭が確認出来るのだから。
っ、また、大きくなって、る…………?
太ってきただけ。そう考えるのも難しくなってきた。肉が付いたとしても下腹部だけ付くのは余りに不自然だし、何より触れた時の感触でその膨らみが脂肪ではない事が分かってしまう。最近では、錯覚かもしれないが微かに鼓動まで感じる様になってきた。
気のせいだ、気のせいだと誤魔化しても、その身に起きる現象が真実を告げる。確実に色濃くなっていくそれからもう、逃げ切れない。
「……リナ、またうなされたのか?」
「ぁ……はぁ……ごめん、また起こしちゃって……」
「いい……」
夜毎目を覚まし、身を震わせながら涙を流す自分を、彼はそっと抱いて安心させる言葉を唱える。
「大丈夫だ、僕がついてる……大丈夫…………」
「ぐすっ、うん…………」
単純なもので、優しくされて頭を撫でられると、それだけで嬉しくて幸せを感じてしまう。けれどそんなのは結局気休めでしかなくて。その手が止まって、自分も眠りにつけば再び不安が押し寄せる。
闇の中ぼんやりと浮かび上がる、自分の顔をした胎児に問われる。「なんでぼくが生まれたの?」と。
知らない……そんなの知らないっ……!
それは元の自分そっくりに成長してまた問う。「なんで僕を産んだの?」と。
そんなの……母さんが……。
「なんで⬛︎⬛︎してくれないの?」
「…………」
また目が醒めた。照明が付いていて今度は明るい。彼が上から此方の顔を覗き込んでいる。その状況に救いを感じ、息が整わないまま気丈におはようと挨拶すると、渋い顔で返された。
「……酷い顔だぞ、一体どんな夢を見てるんだ?」
「…………凄く、言葉にし難い夢」
しつこく内容を問われたので、暈し気味に産まれる子供に関する不安を煽る様な夢だと伝えた。が、それで深刻性が伝わったのか、彼は神妙な面持ちで逡巡した後言う。
「……少し、ついてきて欲しい」
そしてまた、地上へと案内された。体調不良を理由にその道は完全に閉ざされていたかと思っていたが、同じく鎖に繋がれた状態で再びキッチンへと上がる。
「…………?」
彼はそこを素通りし、「こっちだ」とドアを開け、その向こうへ手を引いた。
出ると木目床の廊下が右の方に真っ直ぐ続いていた。これまた母方の実感によく似ていて、初めて通るのに既視感を覚える。
「ここだ」
その廊下の方向へは行かず、彼は左正面突き当たりのドアを開け、其方に導いた。部屋に入れば、そこは診療室の様な空間が広がっていて、横になれる診察台と、何やら大きめの器具やらPCモニターやらが目に入る。
クリニックになってる所まで一緒なんだ……。
鎖が何か重要な機器に引っ掛かかって倒してしまったりしないか、気が気でなくて周囲をキョロキョロしていると、「必要な機材を持って来るから、ここで横になって少し待っていてくれ」と彼。私を置いて何処かへ行ってしまった。
仕方が無いので言いつけ通り寝そべって待つ。するとほんの数分後、ガラガラと滑車を引き摺る音と共に彼が戻って来た。
随分と仰々しい、これまたモニターの付いた、ハイテク感のある機械だ。それを手で押しながら「待たせてすまない」と前置きして、彼は運んで来たものの説明と、それで何をするかを簡潔に話し始める。
「超音波検査機だ。記憶にあるか?」
首を横に振った。名前は朧げながら聞いた事があるが、その全容はよく知らない。
「これでお腹の中の胎児の状態を見られるんだ。恐らくまだはっきりとした形は捉えられないが……やってみないか?」
「えっ……う、うん」
紛いなりにも彼は医療従事者だ。この準備に驚きはしない。しかし何故今なのかが解せず、少し戸惑いを隠せないまま頷いてしまった。
尚こちらの困惑を他所に、臨床医でも無いのに彼は手際良く機器を操作してあっという間に準備を済ませると、「よし、じゃあ服を捲って……お腹を出してくれるかい?」と指示。ここまで来て断る理由も無いので黙って言われるがままに従えば、何やら先端がT字状になっている棒状物体の先端を露出した下腹部に当てられ、ゆっくりとその輪郭を撫でられる。
「っ…………」
準備段階でT字部分にはゲル状の何かが塗布されていた。何となく想像はついていたが、やはり肌の上を滑らかに滑っていき、こそばゆさを与えてくる。同時にその動きに合わせてモニターに映るモノクロの影が変わっていく。
「……この辺だな。よく見えるのは」
彼がそう口にした所で影の移ろいが微かな生物的蠢きのみを残し止まった。最初はその形が何を表しているのか理解が追い付かなかったが、「この影が胎児だ」と説明されると、それが途端に意味を帯びる。
「心音も聴けるぞ、これで……」
微かな操作音の後、更にモニターからとくとくと、自分の心音より明らかに早く小さく脈打つ心音が再生された。
「これが、私の…………?」
奇妙な心地がして堪らない。怖くて気持ち悪いのに、優しくて暖かい感じがする。リズミカルなそれに耳を傾けながら、まだそこまではっきりと人の形をしている訳では無いシルエットをぼんやりと眺め続けてしまう。
「どうだ? 少し安心したか?」
曰く、こうした行為が母体の精神安定に繋がるとか何とか。向こうなりの気遣いだった様だ。
「分からない、けど…………」
言葉に詰まる此方の様子に、「…………これからは経過観察は欠かさず行う様にしよう」と彼は判断を下し、検査機を止める。
「あっ……」
無意識の内に手を伸ばしてしまい、モニターが真っ暗になった瞬間喉から口惜しげな声が出た。
「……もう少し見たかったか?」
「っ……いや、大丈夫…………」
決して、彼の狙い通りの効果があった訳では無い。しかしながら検査を境に何かが芽生え、その後の方向性を大きく変えた。
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