【完結】父さん、僕は母さんにはなれません 〜息子を母へと変えていく父、歪んだ愛が至る結末〜

あかん子をセッ法

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21. 尚も続く無情の日々 後編 鎖が齎した自由

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 母の声、母の言葉が記憶の奥底から蘇り、止めどなく湧き上がる。

 「あなたは誰に似たのか、私と違って頑張り屋さんだからね。頑張り過ぎない様にしなさい」

 そんな事は無い、母さん程の頑張り屋さんは居ない筈だ。毎日夜中になると部屋でPCに向かって難しい顔をしてるの、知らないとでも思ってるんだろうか。

 「もう、また根を詰めて……息抜きを覚えなさい。ほれ、新作のゲーム! 一緒にやろ」

 有難う。一時間だけやろうかな。え、もっと? ダメだよ、母さん終わり時を見失うんだから。

 「どうしても疲れてダメな時はちゃんと言うんだよ……私に、遠慮しないで」

 疲れた時は言うよ。でも疲れた事なんて無いんだ。まだまだ若いからね。ほんとだよ? それより母さんの方が疲れた顔してるじゃないか。ちゃんと寝なよ。

 「一人で抱え込むのはよしなさい。もう少し甘えて良いんだよ」

 抱え込んでなんかない。申し訳ないくらい、十分甘えてる。

 そう、甘えてた。今までずっと、母さんの存在だけが自分の人生の支えだった。
 生きていてくれるだけで良かった。ただ側で見守ってくれるだけで、それだけで良かった。

 けれど、それらが遠慮だったというのなら────これからはお言葉に甘えて、良いだろうか。これまで以上に甘える事を、許してくれるだろうか。



 ……あったかい。

 ベッド上、布団の中。背中とお腹にまるで啓示の如く温もりを感じ、常に飢えて荒んでいた胸の内が満たされる。

 これが、本来あるべき形なんだろう。母さんがいて、父さんがいて、自分はそれをただ体感する。必要なピースが揃って以来、家族は元通りとまではいかないまでも上手くいく様になった。何も無くても同じベッドで眠る様になったし、行為も乱暴な物はある程度少なくなった。

 「……おやすみリナ」
 「おやすみなさい、トシヤ、さん……」

 ここまで辿り着くのに随分と苦労した気がするけれど、満足だ。お互い何気なく言葉を交わし、穏やかに日々を過ごす。暖かい。今まさに、自分は両親の腕の中に居る。これ以上、何を求める物があろうか。

 「…………」

 ただ唯一、ふとした瞬間に首元に繋がれた鉄の鎖の冷感だけが邪魔をして来る。行為後は特にそう。火照った身体とそれの温度差があるせいか、気にしない様に、意識しない様に心掛けていても、どうしてもこれだけはノイズになってしまう。もう何も苦しむ必要は無い筈なのに、胸の奥がぎゅうっと締め付けられて、熱い頬をひんやりとした矛盾が伝う。

 ……はずして、なんて。言えないよね。

 しかし、どれだけ拒絶反応が出たとしても自分はこれを否定出来ない。寧ろ付けたままを望むだろう。外してと懇願し彼の心理を害する事を恐れる以上に、これが何よりも今の幸福を産んでいると理解しているから。

 「おはよう……おや、どうしたんだその眼の下のクマは。眠れなかったのか?」
 「あはは……うん、ちょっとね」
 「それは良くないな。何か嫌な事でも思い出したか?」
 「うん……まあね。でも、別に大丈夫だよ」
 「……そうか」

 事実、首輪は家族の絆を強固な物とし、これまで以上の自由と余裕を齎した。その証拠として決定的な一言が、彼から告げられる。

 「……最近は身体も動く様になったし、そろそろ料理を一緒に作ろうと思っていたんだが」
 「えっ」

 体調が万全で無いのなら見送ろうか、などと口にしようとした彼を「待って」と引き留める。

 「大丈夫って言ったじゃない。やらせて」
 「いや、しかし……」
 「良い加減世話になりっぱなしで肩身が狭いんだよ。貴方が頃合いだと思ったなら、やらせなさい」

 昔自分に向けられていた、真っ直ぐに見つめる母の眼差しの再現。それに対して向こうは一瞬たじろぎつつも、ふわりと表情を和らげ「分かった」と頷く。そして、

 「じゃあ起きて服を着なさい」

 そう言って此方の手を取り促した。やれやれと従って、軽く身支度を整える。

 「別に大丈夫なのに。心配性だな」
 「部屋の外は初めてになるだろう? パニック発作を起こしたらすぐに止めるからな」
 「えっ」

 思ってもないタイミングで唐突に機会が訪れた。重い鉄のドアが開いて、彼がその向こうへ手を引く。信じられない提案に未だ唖然とする中、鎖がじゃらじゃらと引き摺られる音と共に身体はあっさり、境界を越えた。

 越えれば何という事はなかった。眩しいが一つでは心許ない照明の下、冷たくて狭っ苦しい白壁がすぐ目の前にあって、左を向けば僅かなスペースが、右を向けば上へと続く階段が見える。

 「……いいの?」
 「ああ」

 彼は先に階段を上がって、天辺の天板を開けた。するとその瞬間、若干薄暗い地下に地上の明かりが入る。光源の素は恐らく同じ照明なれど、自分にとっては何か別の物に感じられた。

 「段差に気を付けなさい」

 態々引き返して来た彼に身体を支えられながら、じゃらり、じゃらり、ぺたり、ぺたり。誘われるままに一歩一歩階段を上がる。鎖が何処まで伸びるのかとか、そんな疑問も忘れて、じゃらり、ぺたり。

 …………あ。

 顔が出たその時、開放感で背筋が伸びた。明るくて、空気が軽く感じられて、何処か暖かだ。しかも、それ以上に。

 ……あれ、ここって……なんか見覚えが、ある様な……。

 何処か懐かしい感じがして目を細めた。それもその筈、辺りを見回せば、その空間は母方の実家で見たキッチンの間取りそのものであったのだから。

 「……ぼーっとして、どうしたんだい?」

 どうやら、こうする事は想定していたらしい。彼は地上に出る鎖の長さを調節しながら早く上がる様促している。

 「……ううん、なんでも。ちょっと、懐かしい感じがしたから」
 「ほんとかい? だとしたら記憶が戻って来てるのかも……!」

 素直な感想を口にしたら、やはり良い刺激になるのか、正解だった、もう少し早くこうすればよかったか、などと独り言を呟き歓喜された。

 「その調子で行こう。ささ、こっちに来て」

 こんなに子供みたく無邪気に笑うなんて。もしかして此方が彼の本当の顔なのだろうか。

 「いきなり刃物は、ちょっと怖いか……まあ良い。野菜の水洗いと皮剥き、手伝って貰おうかな」
 「…………分かった」

 これでいい。これでいいんだ。改めて再確認し納得して、母リナとして彼に従い動く。

 「ピーラーなら大丈夫だろう。ほらこうして、こうやって皮を剥くんだ。覚えてるか?」

 幸せだ。きっと、これで────

 刹那、一瞬の立ち眩みと共に吐き気が込み上げて来て、膝を折り野菜の入った籠の横、シンクの上に嘔吐した。

 「っ⁉︎ リナ⁉︎」

 大慌てで抱き止められ、背中が摩られる。大丈夫、大丈夫だから。母の言葉が自分の口から何度も唱えられたが、身体は上手くついて来なかった。
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