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15.療養?日目 寂寥
しおりを挟む毎日毎日。積み重ね続けて少しずつ体力を取り戻し、そしてある日の朝。
「…………ぁ」
血生臭さと下腹部の重怠い不快感で目覚める。布団を捲れば、そこには赤い牡丹の様なシミがじんわりと広がっていた。
うっ、これ、また……。
例によってオムツのお陰で被害は抑えられているものの、助かった気はしない。寧ろあってこれなのかと戦慄してしまう。
視界が俄かに滲んだ所で、間の悪い彼が丁度駆け付ける。
「っ、少し待っててくれ!」
そして大慌てで部屋と部屋の外を往復し、必要な道具が揃えられた。
「ほら、これ。まずオムツを外してこれで拭きなさい」
「……ありがと」
拭くものを手渡され、股座の血を自分で拭う。見た目の割に股座表面は痛くはなくて、こそばゆい。
「…………ふけた」
「そしたら、はい。新しいオムツと、当てるナプキン」
オムツをしているのに必要なのかと疑問に思ったけれど、無いよりは安心出来そうなので指示に従った。
「顔色が良くないな……痛むか?」
無言で頷きを返す。痛みもそうだが、気分が悪くて落ち込みが激しい。何故か涙が止まらない。
と、その時。彼の腕が後ろから僕を包み込み、その掌が柔和な下腹部にそっと添えられた。何とも言えぬこそばゆさで「ひぁっ……!」と微かに背筋が跳ねる。
「この辺りか?」
「っ……!」
えも言われぬ羞恥に唇をキュッと結んだ此方に気付いているのかいないのか。相変わらず真っ当な表情のまま続ける。
「この部屋はよく冷えるからな……生理痛は冷やすと良くないんだ」
「だからってっ……」
態々こんな事をして暖めて貰う必要は無い。そう振り払おうとしたが、その前に掌は離れていく。
「今日は一日安静にしよう。リハビリは無し。ゆっくり休みなさい」
「ーーっ……わかった……」
「明日以降も考えないとな……」
そこで漸く、暫し徹底されていた日程が崩れた。丁度少し嫌になっていた所だったので、僕は比較的快く休養を受け入れたのだが。
「リナ、すまない」
朝食中ふと彼は改まって言う。
「僕は今日ちょっと遠出しないといけないんだ」
「……ぇ?」
「先送りにしていて溜まっていた用事に遂に追い詰められてしまってな。少なくとも一日丸々帰って来られない」
俄に驚いた。就寝時間や休憩時間等には自分の側を離れては居たけれど、今の今まで恐らくほぼ付きっきりだった彼が、長時間ここを離れると言うのだ。驚いたし、何となくショックを受けた。てっきりこれからはまた丁重な看病を受けるものだと、そう思い込んでいたから。
「一応食事の心配は無い、作り置きの物を置いておく。鉄分をしっかり摂れるメニューだ」
此方の今の表情をどの様に読み取ったのか。分からないが、彼は今一度頭を下げる。
「……本当にすまない。何分昨日の段階で決めていた事で、キャンセル出来ないんだ。最近は君の容態も安定していたから大丈夫だと思っていたんだが、まさかこのタイミングで月経が再開するとは……」
「…………い」
「ん?」
「っ、いや、なんでもない……」
僕は何かを尋ねようとしたけれど、途中で訊こうとした内容も理由も分からなくなって言葉は霧散した。
何はともあれひと段落付いてその後。朝食を済ませれば宣言通り、彼は出掛ける準備を済ませて「行ってくる」と口にし、僕の頭を撫でる。
「こういう時、行ってらっしゃいと返してくれると助かる」
「っ……いって、らっしゃい……」
「有難う。ふっ、寂しがり屋の君を一人にするのはやはり心配になるな」
そんな事はない、早く行け、などと言えたらどれだけ良かったか。飼い慣らされた自分はもう、内心本当に不安になってしまっていて、言葉も出せずに彼を見上げて瞳を揺らし、寧ろその逆の「いかないで」という言葉を口にしようとしてしまう。
「…………厳しいがやはり今日はキャンセルに」
「っ、いってきて……!」
が、慌てて溢れたのは虚勢だった。
「……なるべく早く帰ってくるから。大人しく待っていなさい」
哀願の表情は伝わっていた事だろう。もしかしたら、無理を言えば引き留められたのかもしれない。しかし僕はそうしなかった故、彼は部屋から去って行った。
ドアの駆動する音が鳴り止めば、久々に自分以外の物音が期待出来ない静寂が訪れる。
「…………」
幾許かそれに浸かれば、不意に下腹部を意識して、先程まで紛れていた重怠さが見つかってしまう。溜息を吐きながら楽な体勢を探して寝返りをうつ。
「……ぅーー…………」
それを何度も繰り返す。が、落ち着く体勢は見つからない。すると自然と不安と寂寥感に苛まれ、胸の内に押し込まれていた自己嫌悪が溢れ出す。
……なんでこんなキブンにならなきゃいけないんだ。
この状況を受け入れれば、あの人に優しくしてもらえる。受け入れる事さえ出来れば何も問題は無い。そう思っていた。
しかし、こうなると浅はかだったと自覚してしまう。思考停止が生み出した浅ましい心理だったと。
やっぱり、どこまでいっても……ちがう。
自分は女子ではないし、母、リナじゃない。それが抗いようもない現実である。
ぼくは、見てもらえてない。ぼくは、たいせつにされてない。ひつようなのは、ぼくじゃない。
虚しさと切なさが込み上げ、重怠い腹の底に悶々と溜まっていく。ふー、ふーと深めに息を吐いて逃がそうとしたけれど、あまり意味は無かった。よく知る欲求不満。元より薬漬けにされ刻み込まれていたそれが、久々の孤独によって引き出されてしまったらしい。溜まりゆく物は少し前に彼に触れられた感触と重なって、何故か淫熱を孕んで疼きを生む。痛くて気分が悪い筈なのに、それすら錯覚の内側に取り込まれる。
太腿の内側を擦り合わせると、サラサラとしたナプキンの感触の中に何処か滑り気を感じる。それは血液なのか、それとも。
恐る恐る付けたばかりのオムツを外して確認した。すると、白い部分にじんわりと赤い染みが滲んでいて、濃密な血の匂いが鼻をつく。
「うっ……!」
一気にその気が失せて、ナプキンとオムツを元に戻した。そして動作の過程で鏡が目に入り、母そっくりの人間が酷くはしたない格好をしている所を目撃してしまう。
もう、やだ……。
布団を被って不貞腐れ気味に目を瞑る。とにかく目の当たりにした現実が嫌で嫌で仕方なくて、眠ってしまいたかった。
しかし、眠れない。幾ら待っても、意識は沈んではくれなかった。当然である。ただでさえ眠くないのに、そわそわそわそわ、身体が落ち着かず、まるで寝付ける状態では無いのだ。
「……うぅ」
時間が分からない。彼が居ないと、朝も昼も夜も知覚出来ない。冷たい部屋の空気が動かなくて、まるで世界が停滞したみたいに感じられる。
その中で、腹の奥に沈殿した熱だけが重く渦巻く。時折暴れて僕を苦しめる。
「……ぐすっ」
それでも涙を呑んで必死に堪えた。堪えて、泣いて、また堪えて。そうしたらいつの間にか腹が減っていて、くーっとその虫が鳴いた。
徐に身体を起こし、ベッド前テーブルの上に置かれていたタッパーを手にとって開ける。
「っ………!」
中身は、あのじゃがいもの煮っ転がしだった。添えられていた箸を漸くある程度動く様になった右手でなく、訓練された左手で取って操り食す。
おいしい、けど……。
冷めたその味は余計に温もりを、人恋しさを思い起こさせる。美味しいのに、彼と一緒に食べた時の方がずっと美味しかったと思わずにはいられなかった。
完食後、満たされた胃袋とは裏腹に心は飢えて渇望し始める。彼の帰りを、彼との会話を。例え求められているのが自分じゃなく、母だとしても。与えられる温もりが偽りだとしても、それが無いと生きていける気がしない。
粉々の反骨心がそんなことないと弱々しく呟いたが、もうそこに拒絶の力など残っていない。腹一杯に溜まった寂寥感は胸にまで込み上げて、裂けんばかりに張り詰める。
「っ……はぁっ……っ……!」
時間が経てば経つ程、どんどん酷くなる。比例して熱っぽい皮膚がひりついて、何かと擦れる度甘く痺れる様になっていく。どうにもならない現状を慰めて欲しいと、身体が叫び悶える。
しかし、肉体がどれだけ欲求を発しても、その日は心はガンとしてそれにノーを突き付け続けた。自分に色濃く残った母の面影が、僕を離さなかったから。
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