【完結】父さん、僕は母さんにはなれません 〜息子を母へと変えていく父、歪んだ愛が至る結末〜

あかん子をセッ法

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10.推定監禁日数フメイ アカ→シロ

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 「あっ……あああ……」

 怯えすくみ、ベッドの上で後退りして転げ落ちて身体を打った。ゴッと鈍く嫌な音がして、腕に強い衝撃が走る。うっとくぐもった声も漏れた。
 上体を起こして右腕前腕部を確認する。ぶつけた所が、忽ち青々と腫れ上がっていっている。けれど痛みがない。それよりも何よりも、腹奥から込み上げてきて全身を這いずり回っている不快感の方が強くて其方にばかり感覚が持っていかれる。未だ継続している狂った様な性的興奮と相まって、兎に角気分が悪くて仕方がない。

 「ふっ……うぅっ…………」

 血塗れのズボンと、汗でぐしょ濡れのシャツ。例にもよっていつの間にか着せられている病衣の様なそれらを、不快感に堪え兼ね身を捩りながら脱ぎ捨てた。すると幾分かマシにはなったが、今度は濡れた素肌が空気に触れてジンと特有の痺れを伴った淫熱を発し、今まで通り行為に耽りたくなる。にも関わらず、一呼吸もすれば腹奥がズシリと重だるくなって、気が滅入ってしまう。

 おかしいっ……なんかへんだっ……。

 徐に右手を股に持っていこうとしたが、途中で突っかかって上手く動かない。なので仕方なく左手を持っていき、その手で敏感な箇所を刺激してみた。ぬるり。絵の具に触れたみたいな感触がして、快感と苦痛、入り混じった物が過分に生じ下腹部が痙攣する。一層気分が悪くなって、苦悶の吐息を漏らしながらふと触れた指先を見れば、案の定、ベッドの上と同じ、受け入れ難い鮮やかな赤の色が付着していた。

 出血箇所の断定により、自身に起こるはずの無い現象の名前が頭に浮かび上がる。そんな筈ない。きっと何処か縫われていた傷口が開いたんだなどと考えても、症状があまりに妥当で、それ自体を否定出来ない。

 赤以外の景色がモノクロに色褪せていく。狂った様に速る心拍に合わせて急速に、単調かつ暗澹とした色調へ変わっていく。

 だめだ、こんなのぜったいちがう……自分じゃない……こんな身体は自分じゃないっ……。

 這いずって鏡の前に出た。映し出されたのは、乱れた黒い長髪を垂らし憔悴した様子の女子の裸姿。立ち上がれば同じく立ち上がって全身が映る。肉感の柔らかそうな肢体、乳頭周辺の微かな腫れ上がり、つるりとした股座。どれをとっても自分とは程遠い。ほら、やっぱりと安堵しようとした。
 しかし、鏡の中の女子と同じタイミングで吐息を吐いて、吸った直後。「じゃあ今の自分は何?」と、彼女が口にして心臓が跳ねた。

 自分? 僕は僕だ、それ以外の何者でもない。普通の男子で────

 どろり。自己問答を遮る様に、鏡の中の少女は股の間から血の塊を落とした。同時に何かの液体が自分の足元を打つ音と感触がして、恐怖に心打ち砕かれた僕は素っ頓狂な悲鳴を上げその場に尻もちをつく。そしてそのままベッドの側まで這いずって、顔を埋めて塞ぎ込んだ。

 いやだ……ちがうちがうちがうちがうこれはゲンカクゲンジツじゃないウソダウソダウソダ…………!

 既に使った事のある手段の効果は薄い。おまけにベッドに染み付いた血生臭さが鼻をつき、逃避の邪魔をする。堪え兼ねてその場を離れて落ち着き無く彷徨き、安心出来る場所を探すも、部屋中何処にいっても臭った。
 それもその筈、自分の身体から臭っているのだ。だから、逃げ場なんて無い。

 「はぁっ、はぁぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 呼吸はどんどん荒くなって、末端が痺れ始める。涙が溢れて止まらない。血も止まらない。縮こまって部屋の隅で震えれば、足元に赤い水溜まりが出来いく。
 異常な出血量を前にして、パニックになった脳裏に死がよぎる。僕にはもう、取り繕う余裕は無かった。

 「……いやだ、いやだ……! たすけて父さん……! 死んじゃうよっ……たすけてってばっ……!」

 捨てられそうな子犬みたいに吠えた。甲高く変化してしまった声で、キャンキャンと。しかし全てを投げ売った必死の命乞いも当然返答は無し。何処へ向けて良いのかすら分かっていないので各方に身体を回して叫んだが、全くもって意味を成さなかった。
 それでも、分かっていても乞い願ってしまう。神様よりも存在の確実な、すぐ近くで自分を見ているであろう父に縋らずにはいられない。

 「ごめんなさいっ……ぼくが悪かったからっ、もう許してくださいっ、ゆるしてっ、たすけてくださいっ……!」

 只管謝って許しを乞う。悪い事をした自覚なんか無い。でも、現状そう言葉にするしか無かった。
 相手は自分を罰するつもりでこんな事を行っている訳じゃ無いだろう。僕に求められている事は、恐らくもっと受け入れ難い別の事。だから謝罪なんて、全くもって的外れで無意味な行為だ。分かっている、分かっている分かっている分かっている。

 けれど、それでも謝った。ごめんなさい、自分には無理だ、もう耐えられないと必死に叫んだ。心が、そう屈していた。
 
 ただただ、無慈悲な静寂が返る。一体どんな気分で僕を眺めているんだ、などと不意に発したが、愉悦に浸っている姿も、心を痛めている様子も一切想像出来ず、ただ無関心な表情で観察する父の顔が浮かんでしまった。
 徐々に声が出なくなって、心は諦観に沈んでいく。

 ……なんで今更死にたくないなんて思ったんだろう。

 言うまでもない。もう嫌と言う程分かっているからだ。きっと死なせてなんて貰えないと。
 この部屋でずっと過ごしていればどう足掻いても理解させられる。即死手段が徹底的に排除されていて、自死で逃げられない様になっているのだ。いざとなればガスだってある。薬のせいで今暫く死のうという気分にすらなれなかった。

 だから恐怖しているのは肉体の死じゃない。精神の死だ。このまま生殺与奪の全てを握られたまま弄ばれ、冒涜され続ける事は、最早死ぬより恐ろしい。

 「……ころして」

 そうして不意に出た言葉は、先程までと正反対の物だった。

 「ころしてくれ……たすけてくれないなら、いっそ、ころしてくれっ…………ころしてっ……ころせっ……ころせぇっ……!」

 返事は返らない。それでも僕は譫言の様にころせ、ころせと繰り返す。これまでの人生における父との邂逅を呪いながら、ふつふつ、ふつふつ。

 どうして父さんなんかがぼくの父さんなんだ。いつもいつも、ぼくに無関心で。そのくせ時々恨めしそうに見てくる。ころせ。ほんとうにアレは父さんなのか。ちがうあんなの父親じゃない。ころせ。ぼくには母さんだけだ。母さんはアレとケッコンしたせいでフコウになったんだ。ぼくには向けなかったけど、母さんはふとした時いつもさみしそうな顔をしてた。ころせ。病気だってアイツがいてくれれば大丈夫だったんだ。なにが父だ、なにがキョージュだ。ころせ。母さんをころしたのはアイツだ。母さんをかえせ。かえせないなら、母さんみたくころせ。ぼくをころせ。いらないんだろにくいんだろころせよ。ころせころせころせころせころせころせ────

 「あ゛あああああああああああああああああああああああああああぁ…………!」

 最後にままならない全てを絞り出す様に慟哭すると、僕は脱いだ服を自分の首に巻き付けてキュッと絞めた。瞬間、吹き浴びせられたガスが意識を奪い、心身を狂わす強烈な淫夢の中へ沈められ、溶かされる。そしてハッとして気付いたら、またベッドの上。馬鹿みたいに自分の身体を慰め、浅ましく絶頂した後の自分がいた。数刻の正気の隙に今一度自分の首を絞めて自死を断行しようとしたが、非力過ぎて即死に至らずまた止められて振り出しに戻る。戻されたらまた憂鬱時に頭を床に打ち付けて死のうとして、止められて。

 繰り返す。繰り返して繰り返して、何度も繰り返して、無理だと知っていながら死ねない事を証明し続けて────────そしてある時、ぷつり。糸は切れた。



 …………。

 今日も今日とてベッドの上。点滴に繋がれて、寝かされている。身体はほんのり熱く浮かんでいるみたいで、心は虚で真っ新だ。何も思い浮かばず、何も思わない。何もかもおかしいけれど、何かをする気も起きない。ただ瞳に映る白い天井を認識し、それをぼーっと見つめるだけ。それだけで時間が過ぎていく。

 「………………」

 そうしてどのくらい経ったか。一切分からないし気にもしなかったがある時、部屋のドアが開いて、誰かが入ってくる音がした。

 静かな足音は近付いて、すぐ側で止まる。そして、その音の主は優しげな男の声で告げた。

 「おはよう。起きてるかい、リナ」
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