【完結】父さん、僕は母さんにはなれません 〜息子を母へと変えていく父、歪んだ愛が至る結末〜

あかん子をセッ法

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2.プロローグ後編 醒めた悪夢

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 ……事故? いや、違う有り得ない。

 まず暈けた視界に入ったのは、自分の身体の横から伸びていると思わしき複数本の管。辿れば病院でよく見る輸液バッグが数個ぶら下がっている。点滴か、薬物か。内容は窺い知れない。絵面から事故で病院に運ばれたのでは想像したけれど、果たしてこの世に怪我人に猿轡をして拘束する病院があるだろうか。

 拉致、監禁? 僕が寝ている間に何かあって、攫われた? そんな事ある?

 「ううううっ……んうううっ……」

 何処からか吹き込む仄かな暖気は感じられるけれど、乾いた空気は少し冷っとしていて肌寒い。身じろぎしようとするが、腕と脚がベッドに張り付けにされていて身体を殆ど動かせなかった。

 「っ……ふぅっ……」

 焦点が合ってきた。首から上だけは動かせそうなので、頭だけを転がして辺りを確認する。
 
 すぐに分かるのは、やはり一般的な病院やクリニックでは無いという事か。六畳一間程度の広さもそうだが、木目調の床のフローリングや間取りがどう見ても普通の一軒家の一室の規格だ。

 けれど明らかに通常と異なる点もある。部屋の模様に合わない、入り口となりそうな鉄のドアが一つあるのだが、ドアノブが一切見られないのだ。窓らしき物も一つあってカーテンの向こうから光が漏れているものの、揺れるその光源も何処か人工的でハリボテに見える。時間を確認したいのに時計が無い辺りも含めて、やはりそういう意図がある部屋なのかもしれない。

 しかし、それ以外が釈然としなかった。なんせ照明が適度に明るい上、他の家具は無駄に充実していて小綺麗過ぎるのだ。分かるだけでも大きい物は手前から箪笥と白いクローゼットと姿見、それに本棚だろうか。家具全体、角という角に緩衝材が付けられていたり、医学書がずらり並ぶ中に中途半端に少女漫画の単行本や料理本が混じっていたりする妙な本のラインナップが目を引くがそれはさておき。全体的に淡い色調も含めて何処か清廉としていて真面目だが可愛らしい、女性的な部屋の模様をしている様な……少なくともぱっと見ならそう判断してしまう要素が揃っている気がする。

 「ん……?」

 身体を何度か動かそうとして気付く。服を着ていない。地肌が布に擦れる感触がする。道理で寒い訳だ。それに何というか、重怠い。眩暈と吐き気もするし、下腹部の辺りが鈍麻した様な、そんな体感がある。

 風邪とは違う。毒か、薬だ。

 幼い頃、ちょっとした先天性の疾患を直す手術で一度だけ全身麻酔を受けた経験があるが、まさにその時の起き抜けと同じだ。頭がぼんやりとして、末端の感覚がイマイチ遠い。断定は出来ないが、何かされているのは間違いなさそうだ。

 なんで? 何の為? っ……頭が回らないっ、考えないといけないのにっ……!

 まずい事態に直面したという実感が焦燥を煽る。しかし何が出来るわけでもなく、時間は刻一刻と過ぎていく。

 誰が、何の為にこんな事を……父を脅して、身代金でも要求する気……?

 と、その時だ。静かな部屋の中、突如ガチャリと目立つ音を立ててドアが開いた。そこで見えた顔に、僕は目を見開いて驚愕する。

 「……っ⁉︎」
 「………………」

 それは紛れもなく父自身だった。誰かに脅されているのか、そこに意志があるのかは窺い知れないが、彼は無言のまま虚な目でじっとりと此方を見下ろし、ひたりひたりと極力小さな足音で幽霊の如く白衣を揺らして近付いて来る。

 「ふぐううんっ⁉︎ ううふううううっ⁉︎」
 父さん⁉︎ どういう事だよっ⁉︎

 言葉は当然猿轡に遮られ形にならない。強引に身体を起こそうと力を入れても拘束を破るには至らないので、ベッドの軋む音とみっともないくぐもった声が閉所に木霊する。

 「…………」

 対し枕元に立った父は口を開かない。相変わらず生気の無い顔でただじっと見下ろして来る。あまりに不気味で、やがて僕は押し黙って次の動向を待つ様に身構えた。すると直後、何の前触れもなく掛け布団が掴まれて捲り上げられる。そこで露わになった自身の身体の大きな変化が目に入り驚いた。

 「んふっ……んんっ⁉︎」

 胸板、みぞおち、臍の更に下だろうか。麻痺した感覚のある下腹部に、シワに沿って目立たず綺麗にされてはいるが、よく目を凝らすと身体を真っ二つに横断するかの如き大きな手術痕がある。
 尚最初に目が行ったのは其方だが、更に驚愕すべきはその先。少し膨らんだ腹の向こうに、あるべき影が無い。

 はっ、はぁっ⁉︎ ……見間違いじゃ、無いっ?

 何度も首を持ち上げて確認するが、間違いない。股間にある筈の玉と竿、男性器が無い。切り取られてしまったのか、見慣れた凹凸が忽然と姿を消してしまっている。

 「ふっ、ふっ、ふぅっ……ううっ……!」

 その事実を前にして呼吸が荒れ、視界が揺れる。何だこれ、何で。嘘だ。悪い夢だ。極限の動揺で酸欠になり末端が痺れだす。
 最中、父はスッと注射器を取り出し、ブスリ。針先を僕の腕に突き刺した。

 「んぐう゛うううっ⁉︎」

 声を上げたが痛みは殆ど無く、薬液が入って来る感覚だけがやや鮮明に与えられた。尚それもあっという間で、一体何を入れられているのか、疑問を持ち始めた時にはもうピストンは押し切られていて、間も無く僕の皮膚から針は抜かれた。

 「ふっ、ふぅっ、ふぅっ、ぐううっ……」

 全身が震え出し、涙と冷や汗が頬を伝い落ちていく。湧き上がるのは恐怖と不安。訳も分からないまま自身の生命が、尊厳が脅かされているという根源的嫌悪。

 なにをしたっ、なにを、されたんだ、なにをっ……!

 父はそんな僕を無感情に俯瞰し、観察する様な視線を向け続ける。否、見ている様で見ていないのだろうか。何にせよその眼差しは濁り切っていて温度は皆無だ。知っている筈の人間なのに、何を考えているのか全く分からない。

 なんなんだっ、ふざけんなっ、ふざけんなよっ……!

 「ふぅーっ、ふう゛ぅーっ、ふうう゛うううううぅっ!」

 あまりの理解し難い状況に一転恐怖は振り切れて怒りに変わり、僕は狂った様に喚き散らした。ただその様を見ても相手の顔色は一切変わらない。汗を吹き出して震える僕の身体に今一度布団を掛けて整えると、冷淡に視線を切ってドアの方へ歩いていく。

 まてっ! どこへ行くっ! まてっ! まてええええええええええええっ!

 くぐもった叫び声は無論届かず、父は結局一言も発さぬままその場から立ち去った。僕は張り裂けた心を紛らわす為叫び続けたが、注入された薬の影響か、はたまた精神の限界か。やがて力尽き、再び意識は暗転した。

 そしてその時、ショックの反動からか脳裏で淡く幸福な家族の夢を垣間見る。

 「────く、りっくん、どうしたの?」
 「……かあ、さん?」
 「リク、キャッチボールするか?」
 「…………だれ?」

 リク、りっくん、リク、りっくん。理想の世界は何度も僕の名を呼んで、取り留めのないありきたりの物語を次々模っていく。しかし母以外あまりに拙く、杜撰であった。違和感を抱いた瞬間脆くも崩れ去り、僕は拒んでも醒めない悪夢へと浮上する。

 ────夢であって欲しいのに。

 祈る様に目蓋を開いた。そこには夢の中以上に現実味の無い鮮明で異様な部屋の光景がありありと広がったままで、心は囚われ、押し潰されていく。

 「ふっ……ふぐっ、うっ…………」

 こうして汗と涙で濡れた枕の冷たさの中、愛憎と狂気狂乱に塗れた監禁生活が幕を開けた。
 
 
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