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第一章 愛らしき予言の子
難儀な運命4 少年ゼタとの初邂逅
しおりを挟む一枚の絵画を思わせる神々しさに声を掛けるのも憚られ、私は暫しその場で立ち尽くし、彼をじっと眺めてしまった。するとある時。
「……何用ですか?」
気取られたか。そう、美しく澄んだソプラノの声が小さな少年の方から発せられた。一切此方を向いてないし、気怠げなニュアンスを含んだ、吐息多めの発声。にも関わらず、ごく自然に、余りに真っ直ぐ届く声だった。
「ぇっ、あっ、すみません……お邪魔したくは無かったのですが……はい」
しまった。つい返事がしどろもどろになってしまった。こんな所で何やってんだ悪ガキめって切り出そうと思ってたのに。
「っ……?」
少年は首を傾げ、ゆっくりと身体を起こすと、綺麗な二つの水色眼で私を上から下に観察。その後眉を顰め警戒気味に「新任の方……?」と訊ねた。
何処か幸薄そうで、儚げで。その幼い顔貌に不相応な、無愛想で少し影の差した表情の何と愛くるしき事か。私は一目で胸を打たれ「っっっ…………!」と膝を折りそうになる。
が、それだけに。それだけに此処は意地を見せねばと一つ咳払いして立て直す。
「っ、おほんっ。いえ、そういう訳では御座いません。ええと、私、こういう者でして……」
キメ顔バッチリな写真の添えられた自己紹介用のカードを慌ただしく取り出して、まず相手に見せた。目を細めながら少しだけ近付いた彼が「教会……?」と呟いた所で、いつも通り名乗る。
「はい。訳あって教会から参りました。オネストと申します」
「……成る程、どうりで」
「……?」
何が成る程なのかと首を傾げる私。対し彼は一切目を合わせず、再び楽な姿勢に戻って賢しげに言う。
「いや、僕、誰も知らない秘密の場所のつもりで此処に居て……現に今まで自分以外誰も来なかったので」
「まあ、だいぶ入り難い場所ではありますからね」
「はい。だから少し気になったんです……けれど、あのマザーが所属する機関の人間なら納得だ」
隠しているのか、此方を徹底的に向いてくれないし、表情も動かないからニュアンスが不明瞭だ。辛うじて口調から皮肉が感じ取れたが、冗談で合ってるだろうか。
いやほんと、それで納得されたら困る。あんなんばっかりじゃないんだよ。
本音をオブラートに包み、私は「いえいえ、皆が皆あんな大層なモノではありませんよ、買い被りすぎです。ここに来たのだって偶然ですし」と謙遜して見せた。しかし、相手はそれを気にも留めず、緑の上で寝そべって言う。
「っー、はぁ。ここはいい場所だ。白い気が集まってて、静かに揺れてて心地良い」
案の定、見えている世界が違うらしい。私はそこへ歩み寄り、隣に腰を下ろして良い顔でしれっと「そうですね」と同意した。
白い気、ね。
私は一切見る事も感じる事も出来ないが、恐らくは正の思念の類いなんだろう。
「それで、どういう目的でここに?」
はぐらかされはしないか。
涼しい顔を崩さず余裕の体勢を取って見せた彼だが、やはり気を抜いた訳では無かった様だ。
一層険が立ち、敬語が失せた言葉から警戒感がひしひしと伝わって来た所、私は気圧されず笑みを作って切り返す。
「……実は私も昔あそこの孤児院で暮らしてて、ちょくちょく抜け出してはここで一人時間を潰してたんですよ。ここなら誰にも見つからず落ち着けますからね」
「へぇそれは……奇遇だな」
「ええ。近隣では一番のスポットです。なので、貴方もここに居るかも、と。懐古に浸るついでに訪れたんです」
「……目的は、やっぱり僕か」
「おや、やっぱり、とは……何か心当たりがお有りで?」
「…………」
彼は飛び起きてその場から去ろうとした。が、私は「いやいやちょい待ち!」と捕まえて諭す。
「くっ、はなせっ! 僕は悪くないぞっ!」
「ちょっと揶揄っただけですのに……退治されるとでも思ってるんですか?」
「っ、違うのか……?」
ええ……私が怪しいから警戒してるのかと思ったんだけども。
反応に違和感はあった。マザーの名前を自分から出しておいて全く信用の素振りが無かったし。
「当たり前です、ヤるならこうして堂々と姿なんて見せませんし……何も咎める為に来たわけじゃありませんよ。マザーから何か伝え聞いていませんか?」
嫌な予感がして思わず確かめた。すると、やはり。彼はピンと来ない様子で答える。
「…………? いや、何も。僕はあの方に救われただけで、会話らしい会話なんて……それこそ、この孤児院で最初に目を覚ました際、声を掛けて頂いたのが最後だ」
何か変だなと思ったが、なんてこった。不意にええっ、うそでしょ? と漏れ出そうになった言葉を口元を手で抑えてから、改めて訊く。
「その際に言われた事とかは?」
「ええと確か……いやちょっと、かなり昔だから流石に思い出せない、申し訳ない」
「あー…………いやいや、御免なさい謝るのは此方です。口振りから早合点してしまいました」
あんのババア……どうすんだよこれ。
一気に面倒で気が重い。何から話せばいいのか────いや、もう仕方ない。
「そうなると順番に説明しなければなりませんが…………そちらからすれば全てが突飛で、非常に伝えるのが難しい話かと存じます。それでも聞いて下さりますか?」
「うぉっ、押しが強いな……分かった、聞こう」
「有難う御座います、ゼタ少年。ではまず単刀直入に……かのマザーが、貴方を救世主として教会に迎えたいと仰っています」
「…………」
少年はフリーズした。だよね聞いてないのにいきなりこんな事言われたらそうなるよね訳わかんないよね。
「すみません、おかしな話にしか聞こえませんよね。でも本当で────」
案の定懸念した通りになったので、かくかくしかじか。私は彼に理解して貰う為、お使いの経緯についてや救世主について等々、必死に説明を行った。
「────という訳で、私が受けた命は、貴方の勧誘なんです。漸く明かした感じになりますが……その為にここへ参りました。分かって頂けましたか?」
「うーん、まあ…………冗談、にしては些か大袈裟過ぎる、からな……信じよう」
怪しいが、何とか信じては貰えた様だ。私は疲労感たっぷりに目を伏せ「お気持ち、お察しします」と頭を下げる。
「ほんと、受け入れられなくて当然です。本当に申し訳ありません……こちらとしても、まさか事前に何の素振りも無くお伝えする事になるとは思っていませんでした」
「いっ、いや。受け入れられないというか、何だろうな……懸命に伝えようとしてくれたのに、申し訳ない」
突飛な話だ、無理も無い。理解には時間を要するだろう。
「結論は急ぎません。分からない事があれば訊き、その上で十分考えてからお答え下さい。私はそれまでここに滞在するつもりですから」
「むぅ……訊きたい事だらけで整理が付かないんだが」
「そこも急かしませんよ」と私は空を見上げる。陽が傾いて来たせいか、はたまた雨が近いのか。だいぶ暗くなってきた。
一体どれくらいの時間話通していたのかと手元の時計を確認すると、既に午後の五時を回っていた。
「取り敢えず一度孤児院に戻りましょう」
そう進言し、少年へ手を伸ばす。彼がその手を取ろうとした時だ。ズゥンッ……! 孤児院の方角から一つ、大きな地鳴りがした。
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