いつも凛々しい救世主少年様は私の前では少女で可愛い

あかん子をセッ法

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第一章 愛らしき予言の子

難儀な運命3 僥倖な出逢い

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 賑やかな子供達の声のする方に向かって、薄暗い廊下を歩く。ぎし、ぎしと軋む床の音、舞う埃に年月を感じながら、私は中庭へ続く扉を開いた。

 「おらっ! くらえっ!」
 「きゃははは!」
 「きゃー! きゃー!」

 曇天模様にも関わらず、そこには底抜けに明るい世界があった。

 「あれー? だれー?」
 「うわっ! おっきい!」
 「おっきいおねえさんだ!」

 あまりのエネルギーに思わずうっと声を漏らしたじろいだ隙に、付近の砂場で遊んでいたと思わしき幼気な男女三人に囲まれる。
 赤毛男児に茶色毛女児が二人。この子達ではない。

 「うおっ! でっけぇ!」
 「なになにー?」

 更に続々、ボール遊びをしていた男児達まで寄ってきた。栗毛黒毛金毛金毛茶毛。直毛癖っ毛様々な、小さな毛束が足下でふわふわ踊る。

 おおほほほ、あっという間に寄って集られたっ……私そんなに子供の気を引く人間じゃない筈なんだけどっ。

 修道服を着ているとはいえ、決して優しい顔立ちではない上に長身な自分は初見の子供達には警戒されがちなのでここまで寄られた経験が無い。少し面はゆい。
 この怖いもの無しな感じ、一体どんな教育指導をしているんだろうか。見た感じ普通庭で遊ぶ時間に外に居て然るべきであろう保護監督者も、向こうで手一杯になっている一人しか見当たらないし、もしかして人手不足なのでは。

 「…………」

 色々不安になったのはさておき。しゃがんで皆に視線を合わせた後、目一杯愛想の良い笑顔を作り早速「こんにちは」と挨拶する。

 「私、ちょっとある子とお話がしたくて教会から来ました。オネストと申します」
 「えーっ! キョーカイのヒトなの⁉︎」
 「すげー!」
 「まじでー⁉︎」

 ハイテンション男児達の興奮が一斉にピークに達し耳を劈いた。そしてそのままガヤガヤガヤガヤ。収拾のつかない質問合唱が始まってしまう。

 「キョーカイの人ってアレでしょ? ジュツとかつかえるんでしょ?」
 「カイイとたたかうんだよね? おねえさんもたたかうの?」
 「ぶきとか! ぶきとかあるの⁉︎」

 ヤバい、教会の名前を出せばスムーズに進むと思ってつい口にしたけど余計な情報だったか、これじゃ話が進まない。
 どうどうどう、少し落ち着く様に促しつつ、端的に訊きたい事を訊く。

 「お静かに。あの、どなたか白金の髪の毛をした目立つ男の子を知りませんか?」
 「あーあのこー?」
 「しってるしってるー」

 女児達がいち早く答えたが、直後、遠くの遊具で屯していた、身体が大きめの男児グループの中でも一際恰幅の良い一人が駆け寄って来て、それ以上に大きな声ではしゃぐ。

 「お姉さんもしかして、あのアクマ、退治しに来てくれたの⁉︎」

 一目見て分かった。この子が話に出てた例のいじめっ子かと。

 「あら、どうしてそう思ったの?」
 「えっ、だってお姉さん教会の人って事は、その為に来たんでしょ?」
 「そうだよ! 教会の人ならアレやっつけられるよね! はやくやっつけてよ!」

 ワイワイガヤガヤ。いじめっ子達は勝手に盛り上がる。彼らからなら何か情報が得られそうだが、いかんせんちょっと気分が良くない。一つ嗜めよう。

 「あらあら、本物を見て生還している程お強いのでしたら、私は不要だと思うのですが……」
 「へっ?」「えっ?」「そうなの?」

 ちょい、喜ぶなそこ。皮肉が分からない奴もいるみたいなので強めにしかし、と前置きして、脅かす様に続ける。

 「しかし、強くても無知な様なのでご忠告致します。そんなお強い方々でも、不用意にそのワードを口にしていると……より強い怪異を呼び寄せて命を落としてしまいますよ」
 「っ…………!」「う、うそだぁ」「そんなの、おどかしてるだけのメーシンでしょ?」
 「嘘じゃありませんよぉー、実際にこの目で何人も見てきましたから。アナタ方の様な愚かな強者の方々がそれを呼び寄せ、八つ裂きにされたり引き千切られたりして、手脚とか内臓とか、カラダのパーツをまるでパーティーの装飾の様に飾り立てられているところをね」

  分かり易い様、極力明確な表現をしてやった所、ぞわっと音がする様に、彼らは微かに身を震わせ縮こまって静かになった。

 しまった、やり過ぎたか。他の子までどん引かせてしまった。

 少々無理矢理だが、パンと手を一つ打って「とまあそれは置いといて」と朗らかに仕切り直す。

 「君達は知ってる? あの子が今何処にいるか」

 そう尋ねると、恰幅の良い子はハッとした後、歯切れ悪く「いや、今は何処か知らね」と答えた。どうもグループは今日、彼を見つけられていないらしい。お前は今日見たか? とお互い聞いて回ってはいるものの、誰一人首を縦に振らない。

 あら、当てが外れたか。そう思い様子を眺める最中、茶色毛のおさげの女児が私の耳元でこっそり耳打ちする。

 「さいきんね、ゼタくんあいつらにみつからないところにいるの」

 ゼタくん。事前に名簿で見た、彼の名前だ。

 「あら、そうなんですか」
 「うん。しずかでいいばしょをみつけたっていってた。たぶん、コジーンのそとにでてる」
 「外に出てはいけないって教えは?」
 「ある。けど……うぅ……」

 成る程、悪い子だ。私と一緒じゃないか。

 「教えてくれてありがとうね」
 「えっ、う、うん……」

 私はにっこり微笑んで、茶色毛の女児のおさげ頭を優しく撫でて立ち上がり、子供達をひょいと跨ぐ。そして「分かりました、みんな有り難う」と軽く会釈をした後、きょとんとしたいじめっ子達の顔を尻目にその場を離れ、そして唯一の保護監督者らしき子供達に引っ張りだこの小柄な修道女の方へ。

 「こんにちは」
 「あっ、ぁ、こんにちは……」

 一つ相手の空いている方の手と多少強引に握手を迫り実行した後、すぐさま本題に入った。

 「忙しそうですけど、ちょっとお聞きしても?」
 「あっ、はい、このままで、よろしいのでしたら……」

 小柄なのに「せんせーはやくー」と肩車を要求されている。うわっ、私の方を見るな高くて楽しそうとか思うな。

 「大丈夫です、聞きたい事は一つだけ。ゼタという子についてだけですから」

 そう口にすると、「あー……」と彼女はバツが悪そうに視線を逸らした。
 
 「誠に申し上げ難いんですけど、彼はその、ちょっと他の子とは違ってて……」
 「いえ、責めに来た訳ではありませんからお気になさらず。どういう風に違うんですか?」
 「う、容姿もそうなんですが、纏う雰囲気と言いますか……ちょっと大人びてると言えばいいのか、歳の割にすごく静かで落ち着いてて……」

 ふむ、ジーナの言っていた事と一致する様な、しない様な。まあこれは参考にはなる。

 「一応なんですけど、彼の居場所に心当たりなんかは」
 「うう、すみません……ずっと分からなくて……」

 危機感が無さ過ぎて思わず「それで大丈夫なんですか?」と少し刺々しく聞きそうになった。いかんいかん、責めても仕方ない。

 「そうですか。ありがとうございました」

 心許ないけど、これ以上の情報を集めるのは難しそうだ。切り上げて行動に移ろう。
 そう思いその場を立ち去ろうとすると、小柄な監督者が「あの」と引き留め言う。

 「彼と会いたいんですよね? だったら夕食の時間まで待てば……」

 大人びている。そう称して少年の放浪を許容している節があるのはそういう事か。納得だが、聞いても変わらない。私は「見つからなかったらそうします」とだけ言って、歩みを進めた。



 確かに簡単な話、夕食まで待てば、少年は戻って来るのだろう。そこで話し掛ければ済む。探し出す必要は無いのだ。
 なので、これはあくまで個人的な興味。彼の趣向が、あわよくば自分の想像と、もとい自分の好みと合っていて欲しいという勝手な想いによる行動だ。

 ……人目につかず抜けられる孤児院の裏手、そこから徒歩で行ける範囲で、漂う気質も悪くない、静かに、一人で落ち着ける場所。

 記憶上のルートを辿る。昔の倍の歩幅で、ゆっくり、ゆっくりと、景色の些細な変化に思いを馳せながら。

 変わらないな、この辺は。寂れてて開発が進んで無いから殆ど昔のままだ。

 路地裏を右に一つ、左に一つ進んで、林に出る。少し進めば、茂みの向こうに金網が。

 ……今の私だとギリギリだな。

 空いた穴を突っ切って抜ければ、殆ど土に埋まったアスファルトの上り坂、銀杏並木に廃屋に、錆びたガードレール。人気もなく、誰も通らなくなった道が続く。そこを真っ直ぐ進めば、小高い丘の頂上、廃工場跡地に到着。

 跡地と言っても建物は微かな痕跡を残すのみ。林に囲われた、殆ど更地の人に忘れ去られた野原だ。相変わらず自然が豊かに芽吹き、歌う鳥の中蝶は舞い、綺麗な草花が咲いている。

 ここは私が見つけた、私だけの唯一の穴場スポットだった────筈だけれども。

 「…………ぁっ」

 目の当たりにした光景に不意に小さく声を漏らしてしまい、口を抑える。
 俄に曇り空に隙間が空き、光が差し込む。照らされ光る野原のその中央に、ぽつり。息を呑むほどに美しい少年が静かに微睡んでいた。
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