いつも凛々しい救世主少年様は私の前では少女で可愛い

あかん子をセッ法

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プロローグ 美女シスターと美少年(?)司教は廃都で躍る

救世主

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 少しひんやりとした風が入る中、すぐさま彼は窓から飛び降りた。一応ここは三階なのだが、音もなく着地した後、何事も無かったかの様に歩いていく。その姿と、遠くて固そうなひび割れたコンクリートの路面を確認して私は嘆息しつつ、自身が靴裏に施している術式を信じてひょいと後を追い着地する。

 「っ、たぁっ……」

 耐えられはするけど、やっぱ痛い。こういうのは騎士の方々のする事なんだぞ、ゼタくんよ。

 私のそんな心の声を他所にして、現場からは男の「あ゛っがっ……たすげっ、てぇっ…………!」と悲痛な呻きが。その方に視線を向けると、目に入ったのは何とも痛々しいその姿。一体どういうやられ方をしたんだろうか、押さえている貧相で長細い片腕の肘から先が血袋の様に膨らんでおり、力無く垂れ下がったままぶらぶらと揺れているではないか。

 うわ、エグっ。良く歩けるな……って、あの顔、あの格好…………なんだ、あの巨漢デブの取り巻きじゃないか。

 腕にばかり目が行って一瞬同情してしまったが、あのモヒカン頭とダサい革ジャンはどう見てもアレの仲間である。
 そう認識した瞬間、大方喧嘩でもしてこっぴどくやられたか、馬鹿やって自爆したんだろうなんて想像が頭を過って、可哀想だと思う気持ちが半減してしまった。あくまで偏見なので良くない。良くないが、仕方ない。

 路肩に沸いた野次馬達も、恐らく同じ気持ちで傍観している事だろう。しかし、救世主たる彼は違う。

 「大丈夫か? 誰に、もしくは何にやられた?」
 「だいじょうぶなワケね゛ぇだろぉ……っ、おやぶんにっ、やられちまったんだよ゛ぉ……」

 迷わず男に歩み寄り、真っ直ぐ見つめ、端的に訳を聞くと、「成る程……分かった」と頷いて、彼にその場に座る様促した。

 「いやム゛リだっ……コシなんておろせねぇよぉっ、立ってないといたくて死んじまゔううぅっ……!」
 「そうか。ならそのままじっとしていてくれ」

 私にはゼタが何をしようとしているのかが分かった。故に止める為、口出ししようとしたが、途中でやめた。

 「主よ。寛容を司りし善なる神よ。どうか願いを聞き届け給え。行うは他者の為の自己犠牲也。我己が美徳に殉じ、彼の者の痛みを引き受けん」

 男の腕に手を翳し、流れる様に彼はそう唱えた。すると、彼の小さな掌から緑の光がぽうっと溢れ、逆に男の腫れ上がった腕が赤く光る。

 「うお゛っ⁉︎」
 「静かに。動かないで」

 赤光は緑光に包み込まれたかと思えば、持ち上げる様なゼタの手の動きに合わせて、導かれる様に浮かび上がっていく。
 浮かんで男の身から離れれば離れる程、男の腕の形が戻っていく。その様を見て「おおっ、おおおおっ⁉︎」と仰天する彼は、細身を震わせながら偉業を成す少年の姿を仰ぎ見たが、短時間で汗水を噴き出し滴らせるその顔は真剣そのものであり、思わず息を呑み、声を潜め強張る。

 「っ……ふぅっ…………!」

 緊張感の中、赤光は完全に男から離れ、ゼタの緑光に包まれた状態で持ち上げられた。その体勢のままゼタは荒く息を吐くと、覚悟を決めた面持ちで赤光を胸の中に抱き締める。

 「ふっ、ぐっ、ゔうううぅっ…………!」
 「っ⁉︎ ぼっ、ボウズ⁉︎ なにやってっ」

 抱いた赤光は潰れながら少年の腕の中で暴れ回った末、その胸の内にずずずと入っていった。
 光を取り込んだ後、彼は立ったままだらんと脱力。暫し動かなくなる。固唾を飲んで見守っていた周囲が徐々に終わったのか、大丈夫なのかと心動かしたその刹那。

 「っ…………~~~~っ……」

 俄に彼は震え出した。かと思えば胸中の赤光の影はその喉を登っていき、そして、

 「っくしゅんっ!」
 
 辺りに木霊する大きなくしゃみと共に勢い良く下方へ排出。一瞬にしてコンクリートの路面のその下へと消えていった。

 「……はぁ、終わったぞ。腕、動かしてみろ」

 ゼタは何事も無かったかの様に男にそう言って、これまで通り淡々と振る舞って見せる。唖然としたままぽかんと放心する男は暫し動かなかったが、今一度おい、とゼタに声を掛けられるとすっくと立ち上がり、「おっおお……おおおお……」と妙なテンションで元に戻った腕をぐるぐる回す。

 「どうだ?」
 「なっ、なおって、る……」
 「そうか。良かった」

 あっけらかんとそう言ってゼタは一度くるりと踵を返そうとした。が、途中で「ああ、そうだ」と何かを思い出し、彼に尋ねる。

 「さっきの怪我、何処でした?」
 「っ、えっ?」
 「怪我をさせられた時の場所だよ。何処か言えるか?」
 「えっ、えっと、オレたちの溜まり場で、倒れたビルで行き止まりになってる、その……すまん、これ以上はわからん」
 「そうか……」

 倒れたビルなど、この廃都では腐る程ある。場所の特定は不可能だ。

 間が出来た所で、呆気に取られていた人々が徐々に騒がしくなってきた。そこで私は颯爽とゼタに駆け寄り、その小さな背中に持ち合わせの黒いマントを被せた後、男に言う。

 「案内は出来ますか?」
 「っ、ああ」
 「では、今すぐお願いします。急ぎで」
 「へっ? おっ、わかっ、た?」
 


 私は困惑する男を急かし、彼の案内の下目的の場所を目指した。その道中、日も暮れて影も落ちた頃、路地裏に差し掛かった所でゼタはようやく私に声をかける。

 「……何故何も言わない?」
 「おや、何か言われる様な事をしたという自覚をお持ちで?」
 「いっ、いや。そうではない、が……」
 「でしたら胸を張っていて下さいな。彼が事情を知っていそうな人物だから助けた。そう仰って下されば、今回は納得出来ますから」
 「むぅ……」

 彼は難しい顔をして俯いた。気持ちは十分伝わっただろうか。
 本当であればもっと小言を言いたい所だ。しかし、この度は言わない理由がある。
 
 本来ならあの場面、恐らく言って聞かないにしても全力で止めるべきだけれど……今回は打算で見過ごしちゃったからね。

 落ち着かない様子で前を歩く男。その背中を改めて凝視すると、そこにどす黒いモヤが浮かび上がる。

 怪異の残穢。生きている人間にこれ程くっきり残ってるのは中々お目に掛かれない。私にまで視えてしまう程だなんて。

 と、その時。「ああっ、あねさん。着きましたよ?」と男がおっかなびっくり振り返り報告してきた。視線を上げれば、確かに。そこは倒れたビルと瓦礫に囲まれた、ある種人がひっそりと屯するのに向いていそうな空間であった。略取して来たんだろうか、おあつらえ向きに酒屋で見た物と似た酒樽まで置いてあって、普段から彼処とは別にここで飲んだ暮れていた事が窺える。

 「そう、有難う」

 素っ気なくお礼を返して、訊くまでもないが念の為、私はゼタに尋ねる。

 「ゼタ、分かりますか?」
 「……ああ、勿論」

 顰めっ面の答えが返った。それはそうだ。この辺り一帯、真っ黒な残穢塗れなのだから。
 
 「あっ、あの……オレ、もう帰っても?」

 男はそう言ってオロオロとその場から後退りするが、ゼタに「待て」と止められる。

 「貴方は今危険な立場にある。我々から離れるのは」

 そう口にした瞬間、男の背後に影の柱が立ち上がった。
 

 
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