12 / 12
3.エピローグ
理解したか、それじゃあさよなら
しおりを挟む
あれから少し月日が経って。今更ながら思う、あれは何だったんだろう、と。キツい着物を着崩し、だだっ広い実家の和風で殺風景な自室で寝そべりながらため息を吐いて天井を眺める。と、そこへ「お嬢。ため息ばかり吐いていると良縁を逃しますよ」とマイが側にそっと座って声を掛けて来た。
「……ふんっ、そんなものある訳ないでしょ」
結局この家に戻ったんだから、と責める様に言いかけて言葉を呑み込んだ。
「そんな事ありません。元に今の顔、とっても怖いです」
「あ? ……ごめん」
「謝らないで下さい。…………やはり、お嫌でしたか? ここに戻るのは」
「……別に」
実の所、彼女は最初から父に言われ私をヤツから引き離し家に戻そうと動いていたらしい。飲み屋での浮気現場の目撃も仕組まれたもので、最終手段として入念に計画し実行した結果ああなったんだとか。計算外だった事といえばヤツが少女になってしまった事くらいで、そこで制裁計画に変更があったものの、結末としては殆ど筋書き通りに事が運んだのだと、後になって直接話をされた。
「元々、あのクソが居たから家を出た様なもんだったし。まあ親父もみんなも好きじゃないけど、迷惑かけたんだから筋は通さないといけないかなって」
「……昔から義理堅いのはお嬢の美徳ですが、また抱え込まないで下さいね」
「……善処するよ」
分かっている。全部私を思っての行動だ。けれど、従者じゃなくて友達でいて欲しかったな、なんて。そんなのは私の我が儘か。
と、その時、何やら着信が。懐からスマホを取り出して応対すると、どうも私に対する呼び出しの様だ。店の方で何かあったらしい。
「……成る程、で、私を呼んでると……分かった、今から行く」
いそいそと外出の準備を始める私をマイがお待ちを、と止める。
「私が行きますよ。娼館の代表取締役だなんて……私に一任して下さい」
「いや、コッチの責任でお店に迷惑かけてんだから、顔は見せないと」
「しかし……」
「大丈夫だって。自分で引き受けた事なんだから、きっちりやるよ」
「……わかりました。お供します」
「有り難う」
小さな声で、やはり始末しておけば、とか聴こえて来たけれどそれはNGだ。これからはまた面子を気にして生きていかなきゃいけないからな。
そうして私はマイの車に乗せられて店に向かった。到着すると無駄に小綺麗だがチビで小太りな、何処かゲスっぽい店主が出迎える。
「ようこそ鬼柳のご令嬢、お待ちしていました」
「奴は?」
「三階に」
「そうか。迷惑をかけたな、案内してくれるか?」
「ええ」
ケバケバしい店内を歩き、奥のエレベーターに乗る。三階に上がると雰囲気はガラリと一変、事務的な空間に。
「こちらです」
導かれるままについて行き、ドアの前へ。一つ深呼吸して、ノブを捻り開けた。するとそこには、空き部屋の様な殺風景な部屋の真ん中で黒服二人に挟まれながら反ベソをかく、胸糞悪い顔があった。
「っ……! あっ、アイリぃいいん……!」
甘ったるい猫撫で声が飛んでくる。どうやら媚び方だけは一丁前になったらしい。中身を知らなければ哀れで愛らしい少女に見えた事だろう。
「いっ、家に戻ったんだってな! だったらっ、助けてくれよぉ!」
みっともなくそう言って縋り付こうと飛びついて来たが、華奢なその身体は此方には届かず。直前で黒服二人に組み伏せられ床に突っ伏した。
「ぐっ! やめろ離せっ! もう耐えられねぇんだよぉっきったねえおっさんにベタベタ触られてっ、汚されんのはよぉっ!」
私はその姿をただ冷たく見下ろして言い放つ。
「あんた、お客様に粗相したんだってな」
そしてゆっくりと腰を下ろし、相手の目をじっと覗き込んだ。「へっ、えっ?」と動揺してクリっとした瞳が逸れる。対し髪の毛を掴んで、視線を逃さない。
「しかも足抜けしようとしたんだって? ……ダメじゃねえか、ちゃんと働かねえと。借金だってあんだろ?」
「っ、なっ、あい、り……?」
名前を呼び捨てにされるのも、これが最後だ。血色の良い頬をムニっと摘んで、睨めつけた。
「気安く呼び捨てにすんなよ、アイリさん、な? 口の利き方もなってねえなどうなってる店主」
「すみません、教育不足ですな」
潰れた頬が圧されているにも関わらず青ざめていく。どうやら気付いたらしい。私が今、コイツをクソ野郎ではなく、ただの一端の娼婦としてしか見ていないことに。
「まあ働きたくねえってんなら方法はあるけどよ……折角の若い身体だしなぁ」
「っ! ひっ、やっ、やだっ……!」
「だったらちゃんと働く事だな。今回は教育送りにするだけだが、次は無いぞ?」
「はっ、はひっ……!」
髪をパッと話して床に落とす。顎がゴンっとぶつかって痛そうな音がしたが、痛がる様子を見る前に私はそれを視界から外し、すぐ横に立つ店主へ向き直る。
「娼婦の教育、しっかり頼むぞ」
「……御意に。して、損失の補填は如何しますかな?」
「それについてはこれから話す。ついて来い」
「分かりました……おいお前達、教育係を読んで躾ておけ。すぐ戻る」
「はっ!」
店主の声と黒服達の返事を背に、私はその場を後にする。その中に何か情けなく私の名前を呼ぶ悲鳴があったが、最早気には留めなかった。
(終)
「……ふんっ、そんなものある訳ないでしょ」
結局この家に戻ったんだから、と責める様に言いかけて言葉を呑み込んだ。
「そんな事ありません。元に今の顔、とっても怖いです」
「あ? ……ごめん」
「謝らないで下さい。…………やはり、お嫌でしたか? ここに戻るのは」
「……別に」
実の所、彼女は最初から父に言われ私をヤツから引き離し家に戻そうと動いていたらしい。飲み屋での浮気現場の目撃も仕組まれたもので、最終手段として入念に計画し実行した結果ああなったんだとか。計算外だった事といえばヤツが少女になってしまった事くらいで、そこで制裁計画に変更があったものの、結末としては殆ど筋書き通りに事が運んだのだと、後になって直接話をされた。
「元々、あのクソが居たから家を出た様なもんだったし。まあ親父もみんなも好きじゃないけど、迷惑かけたんだから筋は通さないといけないかなって」
「……昔から義理堅いのはお嬢の美徳ですが、また抱え込まないで下さいね」
「……善処するよ」
分かっている。全部私を思っての行動だ。けれど、従者じゃなくて友達でいて欲しかったな、なんて。そんなのは私の我が儘か。
と、その時、何やら着信が。懐からスマホを取り出して応対すると、どうも私に対する呼び出しの様だ。店の方で何かあったらしい。
「……成る程、で、私を呼んでると……分かった、今から行く」
いそいそと外出の準備を始める私をマイがお待ちを、と止める。
「私が行きますよ。娼館の代表取締役だなんて……私に一任して下さい」
「いや、コッチの責任でお店に迷惑かけてんだから、顔は見せないと」
「しかし……」
「大丈夫だって。自分で引き受けた事なんだから、きっちりやるよ」
「……わかりました。お供します」
「有り難う」
小さな声で、やはり始末しておけば、とか聴こえて来たけれどそれはNGだ。これからはまた面子を気にして生きていかなきゃいけないからな。
そうして私はマイの車に乗せられて店に向かった。到着すると無駄に小綺麗だがチビで小太りな、何処かゲスっぽい店主が出迎える。
「ようこそ鬼柳のご令嬢、お待ちしていました」
「奴は?」
「三階に」
「そうか。迷惑をかけたな、案内してくれるか?」
「ええ」
ケバケバしい店内を歩き、奥のエレベーターに乗る。三階に上がると雰囲気はガラリと一変、事務的な空間に。
「こちらです」
導かれるままについて行き、ドアの前へ。一つ深呼吸して、ノブを捻り開けた。するとそこには、空き部屋の様な殺風景な部屋の真ん中で黒服二人に挟まれながら反ベソをかく、胸糞悪い顔があった。
「っ……! あっ、アイリぃいいん……!」
甘ったるい猫撫で声が飛んでくる。どうやら媚び方だけは一丁前になったらしい。中身を知らなければ哀れで愛らしい少女に見えた事だろう。
「いっ、家に戻ったんだってな! だったらっ、助けてくれよぉ!」
みっともなくそう言って縋り付こうと飛びついて来たが、華奢なその身体は此方には届かず。直前で黒服二人に組み伏せられ床に突っ伏した。
「ぐっ! やめろ離せっ! もう耐えられねぇんだよぉっきったねえおっさんにベタベタ触られてっ、汚されんのはよぉっ!」
私はその姿をただ冷たく見下ろして言い放つ。
「あんた、お客様に粗相したんだってな」
そしてゆっくりと腰を下ろし、相手の目をじっと覗き込んだ。「へっ、えっ?」と動揺してクリっとした瞳が逸れる。対し髪の毛を掴んで、視線を逃さない。
「しかも足抜けしようとしたんだって? ……ダメじゃねえか、ちゃんと働かねえと。借金だってあんだろ?」
「っ、なっ、あい、り……?」
名前を呼び捨てにされるのも、これが最後だ。血色の良い頬をムニっと摘んで、睨めつけた。
「気安く呼び捨てにすんなよ、アイリさん、な? 口の利き方もなってねえなどうなってる店主」
「すみません、教育不足ですな」
潰れた頬が圧されているにも関わらず青ざめていく。どうやら気付いたらしい。私が今、コイツをクソ野郎ではなく、ただの一端の娼婦としてしか見ていないことに。
「まあ働きたくねえってんなら方法はあるけどよ……折角の若い身体だしなぁ」
「っ! ひっ、やっ、やだっ……!」
「だったらちゃんと働く事だな。今回は教育送りにするだけだが、次は無いぞ?」
「はっ、はひっ……!」
髪をパッと話して床に落とす。顎がゴンっとぶつかって痛そうな音がしたが、痛がる様子を見る前に私はそれを視界から外し、すぐ横に立つ店主へ向き直る。
「娼婦の教育、しっかり頼むぞ」
「……御意に。して、損失の補填は如何しますかな?」
「それについてはこれから話す。ついて来い」
「分かりました……おいお前達、教育係を読んで躾ておけ。すぐ戻る」
「はっ!」
店主の声と黒服達の返事を背に、私はその場を後にする。その中に何か情けなく私の名前を呼ぶ悲鳴があったが、最早気には留めなかった。
(終)
0
お気に入りに追加
24
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!
ジャン・幸田
恋愛
私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!
でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。
【完結済み】「こんなことなら、婚約破棄させてもらう!」幼い頃からの婚約者に、浮気を疑われた私。しかし私の前に、事の真相を知る人物が現れて……
オコムラナオ
恋愛
(完結済みの作品を、複数話に分けて投稿します。最後まで書きあがっておりますので、安心してお読みください)
婚約者であるアルフレッド・アルバートン侯爵令息から、婚約破棄を言い渡されたローズ。
原因は、二人で一緒に行ったダンスパーティーで、ローズが他の男と踊っていたから。
アルフレッドはローズが以前から様子がおかしかったことを指摘し、自分以外の男に浮気心を持っているのだと責め立てる。
ローズが事情を説明しようとしても、彼は頑なに耳を貸さない。
「こんなことなら、婚約破棄させてもらう!」
彼がこう宣言したとき、意外なところからローズに救いの手が差し伸べられる。
明かされたのはローズの潔白だけではなく、思いもよらない事実だった……
婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む
柴野
恋愛
おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。
周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。
しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。
「実験成功、ですわねぇ」
イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
義母の秘密、ばらしてしまいます!
四季
恋愛
私の母は、私がまだ小さい頃に、病気によって亡くなってしまった。
それによって落ち込んでいた父の前に現れた一人の女性は、父を励まし、いつしか親しくなっていて。気づけば彼女は、私の義母になっていた。
けれど、彼女には、秘密があって……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる