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3.エピローグ

理解したか、それじゃあさよなら

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 あれから少し月日が経って。今更ながら思う、あれは何だったんだろう、と。キツい着物を着崩し、だだっ広い実家の和風で殺風景な自室で寝そべりながらため息を吐いて天井を眺める。と、そこへ「お嬢。ため息ばかり吐いていると良縁を逃しますよ」とマイが側にそっと座って声を掛けて来た。

 「……ふんっ、そんなものある訳ないでしょ」

 結局この家に戻ったんだから、と責める様に言いかけて言葉を呑み込んだ。

 「そんな事ありません。元に今の顔、とっても怖いです」
 「あ? ……ごめん」
 「謝らないで下さい。…………やはり、お嫌でしたか? ここに戻るのは」
 「……別に」

 実の所、彼女は最初から父に言われ私をヤツから引き離し家に戻そうと動いていたらしい。飲み屋での浮気現場の目撃も仕組まれたもので、最終手段として入念に計画し実行した結果ああなったんだとか。計算外だった事といえばヤツが少女になってしまった事くらいで、そこで制裁計画に変更があったものの、結末としては殆ど筋書き通りに事が運んだのだと、後になって直接話をされた。

 「元々、あのクソが居たから家を出た様なもんだったし。まあ親父もみんなも好きじゃないけど、迷惑かけたんだから筋は通さないといけないかなって」
 「……昔から義理堅いのはお嬢の美徳ですが、また抱え込まないで下さいね」
 「……善処するよ」

 分かっている。全部私を思っての行動だ。けれど、従者じゃなくて友達でいて欲しかったな、なんて。そんなのは私の我が儘か。

 と、その時、何やら着信が。懐からスマホを取り出して応対すると、どうも私に対する呼び出しの様だ。店の方で何かあったらしい。

 「……成る程、で、私を呼んでると……分かった、今から行く」

 いそいそと外出の準備を始める私をマイがお待ちを、と止める。

 「私が行きますよ。娼館の代表取締役だなんて……私に一任して下さい」
 「いや、コッチの責任でお店に迷惑かけてんだから、顔は見せないと」
 「しかし……」
 「大丈夫だって。自分で引き受けた事なんだから、きっちりやるよ」
 「……わかりました。お供します」
 「有り難う」

 小さな声で、やはり始末しておけば、とか聴こえて来たけれどそれはNGだ。これからはまた面子を気にして生きていかなきゃいけないからな。

 そうして私はマイの車に乗せられて店に向かった。到着すると無駄に小綺麗だがチビで小太りな、何処かゲスっぽい店主が出迎える。

 「ようこそ鬼柳のご令嬢、お待ちしていました」
 「奴は?」
 「三階に」
 「そうか。迷惑をかけたな、案内してくれるか?」
 「ええ」

 ケバケバしい店内を歩き、奥のエレベーターに乗る。三階に上がると雰囲気はガラリと一変、事務的な空間に。

 「こちらです」

 導かれるままについて行き、ドアの前へ。一つ深呼吸して、ノブを捻り開けた。するとそこには、空き部屋の様な殺風景な部屋の真ん中で黒服二人に挟まれながら反ベソをかく、胸糞悪い顔があった。

 「っ……! あっ、アイリぃいいん……!」

 甘ったるい猫撫で声が飛んでくる。どうやら媚び方だけは一丁前になったらしい。中身を知らなければ哀れで愛らしい少女に見えた事だろう。

 「いっ、家に戻ったんだってな! だったらっ、助けてくれよぉ!」

 みっともなくそう言って縋り付こうと飛びついて来たが、華奢なその身体は此方には届かず。直前で黒服二人に組み伏せられ床に突っ伏した。

 「ぐっ! やめろ離せっ! もう耐えられねぇんだよぉっきったねえおっさんにベタベタ触られてっ、汚されんのはよぉっ!」

 私はその姿をただ冷たく見下ろして言い放つ。

 「あんた、お客様に粗相したんだってな」

 そしてゆっくりと腰を下ろし、相手の目をじっと覗き込んだ。「へっ、えっ?」と動揺してクリっとした瞳が逸れる。対し髪の毛を掴んで、視線を逃さない。

 「しかも足抜けしようとしたんだって? ……ダメじゃねえか、ちゃんと働かねえと。借金だってあんだろ?」
 「っ、なっ、あい、り……?」

 名前を呼び捨てにされるのも、これが最後だ。血色の良い頬をムニっと摘んで、睨めつけた。

 「気安く呼び捨てにすんなよ、アイリ、な? 口の利き方もなってねえなどうなってる店主」
 「すみません、教育不足ですな」

 潰れた頬が圧されているにも関わらず青ざめていく。どうやら気付いたらしい。私が今、コイツをクソ野郎ではなく、ただの一端の娼婦としてしか見ていないことに。

 「まあ働きたくねえってんなら方法はあるけどよ……折角の若い身体だしなぁ」
 「っ! ひっ、やっ、やだっ……!」
 「だったらちゃんと働く事だな。今回は教育送りにするだけだが、次は無いぞ?」
 「はっ、はひっ……!」

 髪をパッと話して床に落とす。顎がゴンっとぶつかって痛そうな音がしたが、痛がる様子を見る前に私はそれを視界から外し、すぐ横に立つ店主へ向き直る。

 「娼婦の教育、しっかり頼むぞ」
 「……御意に。して、損失の補填は如何しますかな?」
 「それについてはこれから話す。ついて来い」
 「分かりました……おいお前達、教育係を読んで躾ておけ。すぐ戻る」
 「はっ!」

 店主の声と黒服達の返事を背に、私はその場を後にする。その中に何か情けなく私の名前を呼ぶ悲鳴があったが、最早気には留めなかった。

(終)
  
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