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十九話 悪女

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 ある日ある時、ある通信回線で。本日も内密に報告が行われる。
 内偵と思わしき謎の女声は言った。

 「母胎、種子と交合した模様」

 「ほほ、ついにですか」という大らかな男の返答の中には、女の喘ぎ声が混じる。
 通信中の不貞。だがやり取りは一切それに触れる事無く、つつがなく続く。

 「しかし魔力差が未だ大きく、子を成すには至らない事が想定されます」
 「それはそうでしょうなぁ」
 「よって、特段手を加える必要は無いと思われますが、如何致しますか?」
 「うむ、問題は無いでしょう。しかし気は抜かない様に。依然干渉はせず、偵察を続けて下さい」
 「了解致しました」

 プツリ。通信が途切れた。
 続いて、内偵の女声は別の人間へ報告する。

 「────と、この様な反応でした。ミマタ様」
 「うんうん、了了~」



 結局の所、焦りに焦って行った初行為は、散々な結果に終わったと言っていいだろう。

 「っえ、ダメだったのか……?」
 「ええ、残念ながら。受胎の反応は見られません」

 あの日の翌日。再びの治療室の寝台の上、看護服姿のシスイから報告を受けた少女は、ホッとしながらも落胆した。
 下腹部の奥、かの圧迫感と、灼熱を注がれ満たされていった感覚がまだ残っている。
 故にぼーっとした頭は楽観的に思ってしまっていた。これはいきなり孕んだのではと。
 そわついてしまっている自分を恥じずにはいられなかった。うつ伏せになり硬い枕に顔を埋めようとする。

 「アハっ、あ~んなおざなりなセックスで気を失うなんてぇ~……そんなんで孕めるわけなぁ~いっしょ~」
 「見てたのか……」
 「見てない訳ないでしょ~? あんなおっきい声出してぇ~」
 「っ、ミマタさんっ! デリカシー!」

 追い討ちを掛けようとするミマタと、それを諌めるカゾノ。
 羞恥の振り切れた少女は二人を尻目に俯き、何度も逡巡する。彼は、チハヤはどう思っているのかと。
 訊けない胸の内を察したかの如く、ミマタは言った。

 「孕みさえすればそれで良いと、功を焦るのも分かるけどさぁ……ちゃんと訓練通りにヤらないと、あっちに嫌われちゃうよ?」
 「ぅっ……そんなこと、どの道……」

 その為に、彼女らに仕込まれた技術がある。
 一度もまともに使えていないのは、偏に心理的な壁を越えられないからだ。
 己はそこまで堕ちていない。本物を扱う抵抗感には抗えない。やった所で円滑に進むとは思えない。どの道、無様を晒し続ければ心は離れていく。
 悪循環だった。だから早く済ませるしか無い。だから、必要以上に焦る。

 「ここに来て、ちょぉっとヌルいよねぇ。過保護にされちゃうのはやっぱり良くないのかなぁ?」
 「ミマタさんっ! 彼は十分」
 「その最たる例のカゾノちゃんはシャァラァップ。これは決して単純な問題じゃぁな~い」

 長い舌が巻かれ喋る。

 「分かるでしょぉ~? 向こうはキミの浅ましさに勘付いてぇ、だぁ~いぶお冠だったぞぉ~?」
 「っ、チハヤはっ、チハヤは、なんて」
 「この場に来ない事が答えじゃぁないかなぁ~?」
 「だったらっ、直接、訊きに……」

 末尾は消え入った。
 歩み寄った所を、感情的都合で騙し討ちしたのだ。どの面を下げて良いのか分からない。
 暫し沈黙が流れた後、はぁ、と呆れた溜め息が吐かれ、長い脚の踵が返る。

 「ま、暫く頭冷やしなさぁ~い。シスイちゃん、夜伽教育は暫くご褒美抜き、お薬抜きで~」
 「……分かりました」

 口答えする事も叶わず。以降、使用人私室の一角、もとい夜伽実習室では、これまでとは比べ物にならない哀叫が木霊する様になった。

 「────────っ、ごめんらさいっもうしわけありませんゆるしてくらさいっ」
 「ダメです。もう一回、キチンと胸で挟みながらしゃぶって下さい」

 朝目覚めた段階では抑制剤の効いた身体を、昼の使用人としての仕事で干された上で行われる、狂乱の教育の数々。
 内容はシスイの装着したペニスバンドをしゃぶらされたり、脚で扱いたり、胸で挟んで扱いたり等々。
 その間ご褒美たる手淫自慰は無し。「オナニーさせてくらさい」と幾ら強請っても無駄。

 「ダメですって。キチンと私をチハヤ君だと思わなきゃ。彼の前でそんな事言えないでしょう?」
 「ぅっ、う゛ううううぅっ……」
 「催眠系の魔法にキチンと掛かってくれちゃえば楽なんですけどねぇ……」

 本番での失態を思い起こさせられ、それだけで軽く達し、尚も悶え苦しむ。
 救われるのは、ある程度の量奉仕した後に口にする、相手に全てを捧げる旨を伝える言葉のみ。

 「────っ……!」
 「はいっ、よく出来ましたっ」

 後は尻穴を貫かれ、気絶しない為の耐久訓練が行われ、末期に果てる。
 繰り返した。繰り返した。繰り返した。

 やがて少女は彼を求める。彼を探す。
 昼の使用人の仕事の間、あらゆる物陰に彼を見る。
 そうして彼が現れたのは、更に数日後の事だった。



 朝、治療室で目が覚めて間もない頃。給仕服姿の彼女らも同室している中、ドアが開く。
 姿を現したのは、顰め面で腕を組んだ本物のチハヤだった。
 少女の紅の瞳が俄に歓喜と緊迫に見開かれたのも束の間。その視線は少女ではなく蛇女に向けられ、初っ端険しい口調で静かに声を荒げる。

 「ミマタ、貴様一体どういうつもりだ?」
 「いや~何の事ぉ~?」
 「トボけるな。あの偽の任務はお前が」
 「本当に分からないんですけどぉ~、自分のミスを人になすり付けるの、やめて貰って良いですかぁ~?」
 「……信用を得たくばふざけるのを止めろ、今すぐ首を落としても良いんだぞ?」
 「あら~ご勘弁下さいまし~」

 頗る険悪。何かあったのかと少女が勘繰った所で、彼は「レイトと話がある。女衆諸君は一度退室を」と命じる。

 「んん~? ここにはそんな名前の人間は居ないけどなぁ~?」
 「貴様は……良い加減にしないか?」
 「ミマタさんストップ! 坊ちゃんも喧嘩しないで下さいっ! ほらっ、出て行きますからっ、ねっ?」

 仲裁するカゾノが目配せして、シスイの協力の下、半ば強引にミマタを外へと押し出していく。「まあいいけどぉ~、また苦労するぞぉ~?」とミマタは言い残し、ドアの向こうへ去っていった。
 そうしてその場にはチハヤと少女だけが残されたが、チハヤは不機嫌なままだ。鉄面皮は変わらないが、怒りのオーラが目に見える。
 少女は何処か浮ついてしまっている心を抑え、愛想笑いを浮かべながら恐る恐る問う。

 「あはは、何かあったのか、お前」
 「良くもそんな口を聞けるな……」

 悪手だった。詰め寄られて恐怖に慄き、か細い喉笛は「ぁひゅっ」と声を漏らした。
 彼は柔頬をつねって捲し立てる。

 「勝手に人を襲い、その後は気をやって事後処理も何もかにも投げ出し、挙句その様な澄まし顔を晒すとは良いご身分だ」
 「ぅいっ! 仕方ないらろっ本当に余裕が無かったんらっ!」
 「計算づくで余裕の無い状況を演出しておいて何が仕方ないんだ? 言ってみろ」
 「それはっ、悪かっらっ! でも事情は理解してくれへっ」
 「分かった上でも嘆かわしく思うぞ? お前はどうだ? 恥とプライドを捨て去り過ぎていると思わないのか?」
 「…………ぅうっ」

 かつての好敵手の視点からの指摘は、的確に心を抉った。
 言い返せず瞳に涙を浮かべて、震えてしまう。殊更に悔しくて仕方が無くて、改めていっそ殺せという気分にさせられる。
 チハヤはその弱々しさを見透かし、心痛で顔を顰めながら「はぁー……」と深く溜め息を吐くと、頬から手を離し改った。

 「俺は、その事も含めこれからについて話に来た」

 最早後回しには出来ないからと、真っ直ぐ少女に向き合い、簡潔に伝える。
 第一に、勝手に動かない事。必ず何か行動を起こす時は相談する事。

 「流石に三度目は許されないし、許さない。己の信条に賭けてな」
 「相変わらず固いなぁ」
 「破った場合は美味い飯は二度と食えなくなると思え」
 「ぅっ……」

 第二に、体調管理を徹底する事。先の様な魔法暴発事故を二度と起こさない事。

 「あの妙な光を浴びるのはもう二度と勘弁だ」
 「これは管理でどうこうなるものか……?」
 「玄霧の医療研究員達が全力を上げている。指導にキチンと従え」

 そして第三に、夜伽は双方の都合を合わせた上で、時間を決めて行う事。

 「えっ」

 思わず少女は声を上げた。それは受け取り様によっては他ならぬ合意である。
 俄に戸惑った空気を察し、チハヤは額に手を当てて言う。

 「勘違いをするんじゃ無いぞ? 俺は決して受け入れた訳ではない。こうでもしないと、お前はあの女衆達と結託して何をして来るか分からないからな。仕方無くだ」
 「んなっ、何だよそれっ、失敬な……」

 普通に次の手を考えていた為、あまり強くは反論出来ず。少女は言い淀んだ。
 そこへ更に理由が付け加えられる。

 「そして嫌な話。これから先、成功如何に限らず行なっているというアピールが無いと、向こうの計画が前倒しされる危険性もある」
 「……密偵がいるのか」
 「どうもな。諜報を防ぐのに難儀している」
 
 玄霧は急成長したグループだ。人の入れ替わりが多い。故に簡単に紛れ込まれてしまうのだと、説明が為された。
 少女は皮肉っぽく笑う。

 「まぁ、要は逃げるに逃げられなくなったって事か」

 退廃の香りに、浅慮にも素直に従ってしまった。彼も同じだと、そう思い込んだ方が楽だったからだろう。
 ただ、チハヤはそんな逃避を許さない。

 「本当にそう思っているか?」
 「……は? 思ってる、が?」
 「ならば今までの条件に一つ追加だ。共により良い道を模索し続けると約束しろ」
 「っ、子供を産む以外の道が、あると……?」
 「見つかって無いから探すんだろう」

 何を当たり前の事を、と言わんばかりのあっけらかんとした答え。
 少女は空笑いする。

 「……はっ、お前は、まだ余裕があるからっ、そんな事が言えるんだ」
 「そうかもな。しかし思考停止は奴らの思うツボだ」

 卑屈な一言も一蹴して、彼は淡々と説く。

 「そも、後二年弱で子を成す事は現実的じゃない。上手くいかない前提で考えるべきだ」
 「……ダメ元で挑む方の身にもなってくれよ」
 
 己が酷く卑小な存在になった様に思えて、白銀の眉間に皺が寄る。
 そこへ、トドメの一言。

 「やはり、内面まで軟弱に成り果てたか」
 「っ……!」

 彼は「時間だ」と口にして、踵を返しドアへ向かう。
 背中が遠ざかる。置いて、行かれる。
 手が上手く動かない事に、少女は感謝した。手を伸ばして、去り行く袖を掴んでしまいそうだったから。

 「今伝えたいことは全て伝えた。次話す時までに、少しはマシになっている事を願う」
 
 彼は去って行った。

 内心流石だな、と気丈にも讃え、気を紛らわせる。
 チハヤは立ち止まらない。いつだって先を行こうとする。
 その速度に、昔はついていけた。でも、今は────

 「はぁっ……っ……ぅっ……」

 ほろり、ほろり。堪えていた涙を溢しながら、少女は滑る内腿を擦り合わせ苦悶する。
 元々は間に挟まる袋と竿があった。今はそれが無い。
 虚しさと切なさが重なって、身体を疼かせる。
 当惑は必至。薬は効いている筈なのに。空いた股倉はかの満ち足りた快感を思い起こし、飢えた反応を見せている。

 己が心の制御が全く効かない。胸が張り詰めて苦しい。息が詰まる。
 悲しくて、悔しくて堪らない。そんな感情が、惨めな欲求不満を駆り立てる。

 ──何なんだよ、ほんと。

 気付けば身を捩り、うつ伏せになっていた。幾度となく取っていた行動は、最早身に染み付いてしまったらしい。
 己が体重で圧迫された胸が押し潰される。その二つの先端はじんわり、病衣にシミを作っていく。
 甘いミルクの香りと、発情の色香が混ざり合う。

 「うぅっ……」

 この部屋は監視されている。
 が、最早痴態は晒し尽くしていて、他者の目はブレーキ足り得ない。こんな身体であるという理由もある。

 ボクは、もう……。

 少女はまた気付かされた。だらしない肉体に相応しい、堕落し切った自身の精神に。

 自覚したとて止まらない。浅ましい腰の動きで、股倉を下に押し付ける。
 滑った下着の中が、硬めの病衣に擦れる。
 もどかしくも痺れる快感に身は酔いしれ、つま先はくっと丸まったり、ピンと伸びたりを繰り返す。んんぅっ、と悩ましげな艶声が絞り出された。
 とその時、がたり。室内で物音がした。

 「っ……ぇ?」

 いつの間にそこに居たのか。音のした場所に目を向けると、そこには小さな三つの人影があった。

 「痴女です」「痴女がいます、愚弟は見てはいけない」
 「ぐぅう痛い痛い痛いっ」

 大人の腰の高さ程の背丈の女児二人と、その後ろ、術式の光が浮き出ている風呂敷で目元を縛り隠された、更に一回り小さな男児一人。
 女児二人は双子の様で、見た目そっくりの顔貌を少女へ向けている。

 「ああ、愚弟のせいでバレてしまいました」
 「ようやく侵入出来ましたのに。バレてしまっては仕方ありませんね」
 「う゛っ、痛いよぉっ!」

 見た目の幼さの割に明瞭かつ整然とした口調の彼女らは、乱暴に男児を足蹴にして隅へ追いやると、はしたない姿の女体を揃って指差し、拙いながらも鋭い魔法の光をその爪の先から生じさせた。

 『にいさまを誑かし煩わせる悪き存在、成敗致す』

 直後異変を感知し、外からカゾノと使用人複数人が駆け付け三人を取り押さえる。
 「私達は玄霧です」「使用人なら私達に協力しなさい」と抵抗しわちゃわちゃとするちびっ子達を、「めっ! 血筋を権力を振り翳すなんてみっともない事しちゃめっ!」と嗜めるカゾノ達。
 それらを他所に、少女の瞳からは光が失せ、赤らんだ顔貌に俄かに絶望の影が差す。

 そっか、そう見られてしまうよな。

 感情が溢れ、また大粒の涙が零れ落ちる。
 苦しい胸の内が、震える口を突いて出た。

 「その通りだ……ボクは、悪しき存在だ……」

 彼女らの言葉を借りた、半ば冗談に乗るような一言。
 しかしその場の人間皆が少女へ視線を向け動かなくなり、軽薄だった場が一気にずんと重くなる。

 「どうか、殺して成敗くれ……」

 少女らは何も言えず、その藍色の眼を丸くして固まった。

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