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恋と仕事と

第31話 

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1/1から1/3まで数話ずつ更新します。〔最新話を読む〕をご利用の場合はご注意ください。

※本日一回目の更新です。

※お詫び
いきなり最終話をアップしていたことが判明し、おわーおわーと焦って、うっかり削除してしまいました(泣)
もう一度下書きには戻せなかった・・・、栞はさんでくださった方、本当に申し訳ないです。
下書きからもう一度順番どおりに更新できるよう準備をしておりますので、何卒ご容赦下さい。

■□■


 シルベス王国のヴァーミル侯爵家に、コーテズ王国屈指の公爵家当主ブラスより書状が届いたのは、ブラスがニヤけながら決意を固めた五日後のことだ。

「・・・・」

 読み終えたヤーリッツはキャメイリアを呼んだ。

「シーズン公爵家のご当主より、ノアとカーラ様の政略結婚の申し込みだ」
「ノアは喜ぶでしょうけど、カーラ様はどうなのかしら」

 キャメイリアの知る限り、カーラは今仕事に夢中で結婚する気はなさそうだったが。

「政略結婚とはコーテズの貴族らしいね」
「ええ。でもこんなことでもなければ、カーラ様は結婚なんて考えもしないでしょうから、いいのかも知れないけれど」
「うん、カーラ様を思っての苦肉の策かも知れないね」

 ビルスから送られた書状には、一度、コーテズ王国の王都とシーズン公爵領にお招きしたい。ノアラン様がどれほどの働きをしているかを見れば、きっと誇らしい気持ちになられるだろうとある。
 ヤーリッツでもその名を知る、コーテズ王国でも指折りの、最高級ホテルの無期限ゲストパスも入れられていた、

「すごいな!無期限だって」

 ヤーリッツとて、シルベスでは豊かさに定評のある侯爵だが、知人にこのホテルの無期限パスを渡せるかというと、尻込みしてしまう。

「それにしてもノアのことを随分と買ってくださってるんだな」
「そうねえ、ブラス様に気に入られていることは間違いなかったと思うけれど。ノアはどのくらい逞しくなったかしら。勿論行くでしょ?」
「ああ。暫く会っていないからな、楽しみだよ」



 ヴァーミル侯爵夫妻がコーテズ行きを、執務代行の依頼とともに嫡男キーシュに告げると、キーシュはこどものように地団駄を踏んで自分も行きたいとごねたが、ヤーリッツはキーシュの両肩をバンバンと叩いて「任せるから頼むな」とだけ。
 取り付く島もないと理解したキーシュは、次は必ず自分も連れて行くと父に一筆取り付けて、渋々とふたりを送り出した。




「コーテズは随分とわちゃわちゃしてるな」

 ヤーリッツの感想は悪い意味ではなく、人も物事もゆったりとゆとりあるシルベスに比べて、せかせか忙しなく人々が動き回っていると、シルベス流に言い表したものだ。

「でも活気があるわ」

 キャメイリアは嫌いではない。
楽しく車窓から外を眺めている。

「恋愛や結婚はシルベスのほうが自由だけれど、コーテズは平民もお洒落を楽しんでいて人々が華やかね」

 実はシルベスは平民が着飾って歩くことを良しとはしない。
そのため平民たちは質素な服装に、目立たないようなヘアピンやペンダント、ブローチなどでお洒落を楽しんでいる。

「せっかくカーラ様がシルベス製のヘアアクセサリーをコーテズで販売してくださっているのだから、シルベスももっと平民に寛容になるべきではないかしら?せめてヴァーミルだけでも。コーテズに来てみて、市場が大きいのは平民に開かれているからだと感じたわ」
「なるほど。そう言われてみると確かにそうかもしれないな。シルベスは平民がちょっといいなりをしていると、すぐ調子に乗っているとか言うやつがいるからなあ。うん、帰ったら平民向けの開かれたヴァーミル作戦をキーシュと考えてみることにするよ」


 そんな話しをしている間も馬車は人混みの中を進み、ビルスから招かれたホテルコールドローズの前に停められる。

「着いたようだ」

 ドアマンが馬車の扉が開け、目の前に広がったホテルの重厚で贅沢な造りに圧倒された。
 随分高い建物だが、何階まであるのだろうと思いながら。

「噂には聞いていたが」
「ええ、本当に素晴らしいわ」

「これを」

 シーズン公爵家から送られたゲストパスを見せると、ドアマンは頷いて「お部屋へ御案内致します」と受付を素通りし、建物の奥へといざなった。

「君、受付に寄らなくていいのかね」
「はい、そちらはシーズン公爵家専用の部屋の鍵でございます。それをお持ちになられた方は公爵家の来賓としておもてなしするよう、申しつかっておりますゆえ」

 ヤーリッツがゲストパスだと思っていた物が無期限で使用できる鍵だと言われて、手元のカードをまじまじと見ていた。
いろいろ驚くことばかりで、侯爵夫妻は浮き立つ気持ちを顔に出さないよう注意しながらドアマンについて歩く。

「お部屋は5階でございます」
「5階!」

 そんなに階段を登るのかと、ヤーリッツとキャメイリアは顔を見合わせたが。

「こちらに昇降機がございますので、ご安心ください」

 それはヤーリッツたちも初めて見る、所謂エレベーターである。
歯車を機械で巻き上げ、客が乗り込んだ箱を上に引き上げていくのだ。

「だ、大丈夫なのかね?階段をあがっても構わないが」

 震えてなどいないが、すこーしだけびびってしまったヤーリッツが訊ねると、ドアマンはその問いに慣れているように頷いた。
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