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夢は交錯する

第10話

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 パンクしているのはノアランだけではない。何も知らなかったのはヤーリッツも同じ、何よりも恐ろしいのは国境を隔てたローリスの領主が知らぬ間に替えられていたことを知らなかったことだ。

「あのシーズン様、前のローリスの領主はどうなるのです?」
「前辺境伯マトウ様は捕らえられ、私がコーテズを発つときはまだご詮議中でしたわ。良くて生涯幽閉ですが、辺境伯という地位を利用しての数度の不敬と謀議を、甘い処置で許されることはないと囁かれております」

 ふーっと息を吐いたのはヤーリッツだ。

「そうでしょうな・・・しかし何故調べればわかるような嘘をついたのでしょうな」
「最初はそのうちに見つけられると思って、軽い気持ちだったそうですわ。そのうちに本当のことが言えなくなったようです」
「そんな行きあたりばったりなことで、よく辺境伯が務まりましたね」

 カーラは他にも誰か、マトウのことをそんなふうに評価した者がいたなと思い出していた。皆、同じように感じるのだ。

「新しい領主はいつから?」
「正確には存じませんが、まだ数日ですわ。私もよく知る方で、元はボルブ辺境伯家のケリンガン様と仰います。
今はローリスを落ち着かせるのが最優先ですが、そのうちにヴァーミル侯爵様にご挨拶があると思いますわ」
「そうですか・・、しかしそんな交代劇があったなんてまったく知らなかった」

 ぼう然としたヤーリッツが呟いたのを耳にしたカーラは、慰めるようにやさしく告げる。

「ローリス領での触れは出されたそうですが、領民には喜ばしいことと受け止められたようですね。ただ、実際は新しい領主の統治が始まらねばどうなるかわからないと様子見をしていて、たいした騒ぎにならなかったと聞いています」
「領民の方が冷静なのですね」
「得てしてそういうものかもしれん。キーシュに聞かせたかったな」

 ヤーリッツはいずれ侯爵を継ぐキーシュの顔を思い浮かべた。
それは機嫌良さそうにふわふわとした笑みを浮かべているもの。

「キーシュだって、やる時はやるぞ!」

 何故か口からそう漏れていた。

「キーシュ様とは?」
「私の兄上で」
「我が息子ながら性格がとても良いのです!」

 ヤーリッツの言葉は、カーラに会ったことのないキーシュの姿を思い起こさせた。
性格が良いのはよいことだ、しかし有能でなければ領主は務まらない。
 そこに言及せずにこにこしている父子を見て、キーシュはまだ未知数なのだとカーラは理解した。

「今回はいつまでご滞在ですか?」
「最低でも二十日はいるつもりですわ」
「ではその間にぜひ、今度は妻と長男もともに晩餐にお招きしたい」

 カーラはキーシュには興味なかったが、シルベスの貴族の女性と会って装飾品の話を聞いてみたかったので、うれしそうに頷いた。
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