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婚約者は見知らぬ人

第9話

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 最初の宿泊地シストにつくと、宿の部屋に侍女、護衛と御者も全員集まり、カーラが口を開いた。

「今日はお疲れさま。まだあと四日。それから辺境伯領での滞在期間、気を抜けないけどよろしくね」

 勿論全員、カーラを守るためならその身を投げ出す覚悟をして付いてきているので、深く頷いた。

「あ、あと、何かあっても死んじゃだめ。生きてなければ報告もできないんだから。どれほど怪我を負っても、助かる道を選択することが私からの命令よ」

 使用人だからと使い捨てにする気はさらさら無い、そんなカーラだから守りたいとも思えるのだ。

「ところでね、道路の埃ひとつでも、本で学んだだけでは知り得ないことがあったから、旅の間、領民たちの現実の暮らしを私に見せてもらいたいの」
「それは民と触れ合いながら進みたいということですか」

 ルブが訊ねると、カーラは首を傾げた。

「そうねえ、宿がある整った町だけでなく、農村の小さな土産屋や食堂を見つけたら、休憩を取るくらいでいいと思うのよ」
「そのくらいでしたら」

 護衛にとって、衛兵所がないような町として整っていない集落は、隠れるところが多く、盗賊の根城に使われることもあり特に警戒しなければならない。そんなところに民と交流したいと飛び込まれたら大変なことだと、心配したのだ。

「大丈夫、そこまで愚かじゃないわ。皆を危険な目に遭わせることは望んでいないもの。衛兵所が設置された町だけでいいから」



 カーラの願いを叶え、それ以降の旅は、警備隊や衛兵所がある町で少し馬車を停めては、必要のないものでも買ってみて、民と会話を交わしてみた。

 一日二日と日を増すごとにカーラは砕けた会話が上手くなり、四日目、あと少しでローリス辺境に入ろう頃には、フードマントを被って平民のような口調で土産屋の老婆と会話を楽しめるほどになったのだ。


「お嬢ちゃんはどぉこへ、行くんさ?」
「ローリスにねぇ」
「へえ、ローリス!今ローリスは祝いでもしてるんかねぇ?辺境伯様の坊っちゃんが見つかったって喜んでたからねえ」


 ひょんな事から驚きの話を聞いてしまう。
隣国に母に連れられて行ったノーランが見つかったのは、つい最近のことだと言うのだ。


「しっかし、おばあちゃんはなぁんでそんなに辺境伯に詳しいんだぁねぇ?」

 カーラはわざと大袈裟に語尾を伸ばしたり上げたりして、遠い地方から来た体で話す。

「あ、ああ。あたしぃの甥っ子がローリスのお屋敷でお世話になっててぇねぇぇ。ずぅっと探してた坊っちゃんが見つかったって、そりゃあ屋敷の中では大騒ぎだったってぇ」
「ずぅっと探してた?」
「んあ、あ。なんか、らしい」

 老婆の口が急に重くなった。
 久しぶりに相手をしてくれる客が来て、浮かれて喋りすぎたと気づいたようだ。

 お釣りのコインを数えてカーラに渡すと、

「ありがとうよ」

そう言って、背中を向けてしまった。
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