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64話 ドレイン
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屋敷の前で話すようなことではない。
ローズリーの背中に手を回して屋敷に入るよう促すと、後ろ手で扉を閉める。
「まず、この屋敷は通いの使用人がふたりいるだけで、彼らは最低限の掃除と料理をすると覚えておいてくれ。そして先ほどの疑問だが」
エランディアがいずれは伯爵夫人になるのだと言い触れ回っていること。
そこから推測するに、エランディアからナミリアの金の話を聞いたアレンが、その話に乗ったのだろう。
金を手にしたローズリーからエランディアがすべてを奪い、最後にそれをアレンが奪えば、ジメンクス伯爵家はナミリアの金だけでなく、ワンド子爵家のすべても手に入れられる。
但し、この計画を知られたらジメンクス伯爵家が受けるダメージは想像に難くない。
万一露見しそうになったら証人を消す一択だろう。
「そんなディアが?アレンと・・・?・・・いやそんなのおかしいだろう。それにディアはナミリア様の財産を奪うだけって」
「その時ナミリア様はどうなる?」
「・・・・・」
ローズリーも今はわかっている。
エランディアがナミリアの命を狙うということを。
「じゃあおまえと共にナミリア様の財産を手に入れたエランディアが、アレンと一緒になるための障害は何だと思う?」
クイズのようなドレインの質問の、答えを導き出したローズリーは愕然とした。
「わ、私か?私までも?」
「そう考えるのが自然だな。まあそうなったとしても、エランディアもたぶん伯爵夫人にはなれないか、なれても僅かの間だろうがな」
なんとなくふわふわしたところのあるローズリーだが、その言葉がどんな意味か理解し始めるとわなわなと震え始める。
「なっ、うそだろう?・・・そんな酷いことを平気でやれるのかアレンは?」
「・・・証拠はない。しかし疑いがあるのは間違いない。私が確たる証拠を見つけたら治安部もすぐ動くよう連携済なんだ」
まだそこまで詰められてはいないが、大袈裟に伝えると、ローズリーは深刻な表情に変わっていった。
「私を保護するということは、ディアにも危険があるんじゃないのか」
ドレインはぽかんと口を開けた。
「おまえ、エランディアの心配してるのか?あいつはローズリーにナミリア様の金を奪わせたあと、おまえから金・・・いやもしかしたらワンド子爵家のすべてを奪うつもりかも知れん!この意味意味わかってるよな?」
他人の心配をしている場合ではないのだ。
ハッと声のない声が、ローズリーの口から漏れ出た。
自分を害してその金と、なんなら領地もすべて持って・・・ジメンクス伯爵家もそれなら元平民でも受け入れるだろうと思い浮かび、エランディアの黒さにぞわりとしたのだ。
「そうか、そうだ。私は今ディアの心配などしている場合じゃないんだ!すまなかったドレイン!漸く目が覚めたよ」
一度信じるととことん信じてしまう人の良さは、間違いなくローズリーの美点なのだが、事ここに及ぶと短所としか考えられない。
それでもやっと自分を取り巻く状況を、正確に把握し始めたローズリーを見捨てることはできない。ドレインは苛つきを隠してその身を守り抜く手立てを説明するのだった。
「すべてが終わるまでは、ここで隠れていること。執事に無事を報せるのはいいが、詳しい状況はダメだ。そうだな、視察先でよい果物を見つけたからもう少し調べていくとでも書いたらどうだ?私が届けてやろう」
怪しまれないような理由を一緒に考えてやるが、ローズリーはぼんやりと聞いていた。
いや、よく見ると泣いているではないか。
「どうした」
答えはない。
「ローズリー?」
肩を揺すると、ゆっくりとドレインに目を向けた。
「私はディアの甘言に乗ってはいけなかった。そうすればナミリア様に会うことはなく、彼女を失う苦しみを知ることもなかったのに」
その呟きにドレインは血が逆流したかと思うほどの、急激に湧き上がる怒りを感じて、気づくとローズリーを張り飛ばしていた。
「いい加減にしろっこの馬鹿野郎!ああまったく、おまえなんかのためにナミリア様に嘘をつくんじゃなかった!」
「うそ?」
「ああそうだよ!上司には本当のことを話したが、ナミリア様とイールズの女主人には、おまえは何も知らないと、エランディアが独断で計画したように言ってたんだ」
「なぜ」
「そりゃ財産を頂こうと近づいたなんて知られたら、婚約なんて絶対に無理だ!ナミリア様が好きなんだろう?だからおまえは知らずに利用されているのではないかと、私が自ら気づいて調べたことにしたんだ。だがそれもバレて、今や私の信用はないに等しいがな」
友人の気遣いを初めて知ったローズリーは、深々と腰を折った。
「知らなかった・・・迷惑かけてばかりですまない」
ああ本当にと言いかけたが、浅はかな嘘をついたのは自分が勝手にやったことだと思い直したドレインは口を噤んだ。
ローズリーの背中に手を回して屋敷に入るよう促すと、後ろ手で扉を閉める。
「まず、この屋敷は通いの使用人がふたりいるだけで、彼らは最低限の掃除と料理をすると覚えておいてくれ。そして先ほどの疑問だが」
エランディアがいずれは伯爵夫人になるのだと言い触れ回っていること。
そこから推測するに、エランディアからナミリアの金の話を聞いたアレンが、その話に乗ったのだろう。
金を手にしたローズリーからエランディアがすべてを奪い、最後にそれをアレンが奪えば、ジメンクス伯爵家はナミリアの金だけでなく、ワンド子爵家のすべても手に入れられる。
但し、この計画を知られたらジメンクス伯爵家が受けるダメージは想像に難くない。
万一露見しそうになったら証人を消す一択だろう。
「そんなディアが?アレンと・・・?・・・いやそんなのおかしいだろう。それにディアはナミリア様の財産を奪うだけって」
「その時ナミリア様はどうなる?」
「・・・・・」
ローズリーも今はわかっている。
エランディアがナミリアの命を狙うということを。
「じゃあおまえと共にナミリア様の財産を手に入れたエランディアが、アレンと一緒になるための障害は何だと思う?」
クイズのようなドレインの質問の、答えを導き出したローズリーは愕然とした。
「わ、私か?私までも?」
「そう考えるのが自然だな。まあそうなったとしても、エランディアもたぶん伯爵夫人にはなれないか、なれても僅かの間だろうがな」
なんとなくふわふわしたところのあるローズリーだが、その言葉がどんな意味か理解し始めるとわなわなと震え始める。
「なっ、うそだろう?・・・そんな酷いことを平気でやれるのかアレンは?」
「・・・証拠はない。しかし疑いがあるのは間違いない。私が確たる証拠を見つけたら治安部もすぐ動くよう連携済なんだ」
まだそこまで詰められてはいないが、大袈裟に伝えると、ローズリーは深刻な表情に変わっていった。
「私を保護するということは、ディアにも危険があるんじゃないのか」
ドレインはぽかんと口を開けた。
「おまえ、エランディアの心配してるのか?あいつはローズリーにナミリア様の金を奪わせたあと、おまえから金・・・いやもしかしたらワンド子爵家のすべてを奪うつもりかも知れん!この意味意味わかってるよな?」
他人の心配をしている場合ではないのだ。
ハッと声のない声が、ローズリーの口から漏れ出た。
自分を害してその金と、なんなら領地もすべて持って・・・ジメンクス伯爵家もそれなら元平民でも受け入れるだろうと思い浮かび、エランディアの黒さにぞわりとしたのだ。
「そうか、そうだ。私は今ディアの心配などしている場合じゃないんだ!すまなかったドレイン!漸く目が覚めたよ」
一度信じるととことん信じてしまう人の良さは、間違いなくローズリーの美点なのだが、事ここに及ぶと短所としか考えられない。
それでもやっと自分を取り巻く状況を、正確に把握し始めたローズリーを見捨てることはできない。ドレインは苛つきを隠してその身を守り抜く手立てを説明するのだった。
「すべてが終わるまでは、ここで隠れていること。執事に無事を報せるのはいいが、詳しい状況はダメだ。そうだな、視察先でよい果物を見つけたからもう少し調べていくとでも書いたらどうだ?私が届けてやろう」
怪しまれないような理由を一緒に考えてやるが、ローズリーはぼんやりと聞いていた。
いや、よく見ると泣いているではないか。
「どうした」
答えはない。
「ローズリー?」
肩を揺すると、ゆっくりとドレインに目を向けた。
「私はディアの甘言に乗ってはいけなかった。そうすればナミリア様に会うことはなく、彼女を失う苦しみを知ることもなかったのに」
その呟きにドレインは血が逆流したかと思うほどの、急激に湧き上がる怒りを感じて、気づくとローズリーを張り飛ばしていた。
「いい加減にしろっこの馬鹿野郎!ああまったく、おまえなんかのためにナミリア様に嘘をつくんじゃなかった!」
「うそ?」
「ああそうだよ!上司には本当のことを話したが、ナミリア様とイールズの女主人には、おまえは何も知らないと、エランディアが独断で計画したように言ってたんだ」
「なぜ」
「そりゃ財産を頂こうと近づいたなんて知られたら、婚約なんて絶対に無理だ!ナミリア様が好きなんだろう?だからおまえは知らずに利用されているのではないかと、私が自ら気づいて調べたことにしたんだ。だがそれもバレて、今や私の信用はないに等しいがな」
友人の気遣いを初めて知ったローズリーは、深々と腰を折った。
「知らなかった・・・迷惑かけてばかりですまない」
ああ本当にと言いかけたが、浅はかな嘘をついたのは自分が勝手にやったことだと思い直したドレインは口を噤んだ。
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