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94話
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ナミリアは苦しんで苦しんで、ロリーンの手を借り、コンテストの出品作を仕上げた。
工房の起ち上げに関わり、軌道にのせることに夢中で、急にコンテストと言っても頭の切り替えができなかったのだ。
「・・・今はこれ以上のものは作れないわ」
苦しんだわりには良く出来たとも言える。
しかしもっと早くから準備して試作を重ねていればと後悔も大きい。
眺めてはため息をつくナミリアに、ロリーンが態と大きくため息をついてみせた。
「もう!鬱陶しいわよナミリア様。ため息はやめて、それも良く出来てるから出してしまいなさい」
ナミリアのため息の理由は、誰よりもロリーンがわかっているが、今更なのだ。
今年の出来は正直微妙、入賞できたら幸運だろう。作品を作り続ける間には、そういう波が必ずあるものだ。今年の後悔を糧に、来年素晴らしい作品を作ればいい。
そう宥めて、コンテストに出品させた。
自身の推測どおり、ナミリアは入賞を逃した。
しかし寧ろそれでナミリアのやる気が増し増しになり、工房の仕事をひとりで抱え込むのはやめて分担し、自分の作品に当てる時間をしっかり確保するようになった。
「ロリーン、ナミリアさんを茶会に呼んでそろそろ引き合わせたいのだけど、どうかしら」
ロリーンはナミリアにトリスタンを紹介したいとミヒアから聞いて、ナミリアの様子を観察し続けている。
「そうねえ、ワンド子爵のことはまだ引きずっているみたいだけど、いつまでもうじうじしていても仕方ないし。次に訪ねたとき、もう一度レンラ子爵と話してみるわ」
レンラ子爵夫妻にはトリスタンが伯爵を継いだ直後に、ミヒアに頼まれたロリーンが打診済だ。
大きな醜聞はあったが、それを払拭する人物だと推薦した。メルカス公爵という強力な後見人がおり、文官見習いとして固い仕事もしているので検討してみてはどうかと。
実際のところ、どの家門にもひとりふたりは、醜聞や、それにとどまらずに犯罪を犯してしまう者はいる。
それゆえに、より本人の資質が大切だ。
「ところでその伯爵様のほうは、私たちのナミリア様をどう思っているのかしら?ミヒアの勧めなら間違いないとは思うけど、私はもうナミリア様が悲しい思いをするのは見たくないの」
「・・・それは私も同じよ。もう一度ちゃんと確かめてからロリーンにお願いするわ」
ロリーンの言葉にミヒアは気づかされた。
あのふたりならきっとお似合いだと、思い込んだのはミヒア。トリスタンにもナミリアにも、確かめたことはなかったのだ。
今や親友となったロリーンに感謝し、ちょっと慌てたミヒアはトリスタンを呼び出す手紙を認めた。
「イールズから使いが来ていたな」
目敏く気づくドーラスに覗き込まれると、黒髪のままのトリスタンはへらりと笑って頷いた。
トリュースことトリスタン・ホングレイブは伯爵となった今、後見人となった公爵家から教育係を迎えて領地経営を学びながら、文官見習いとして城に仕えている。
大忙しだが、兄の大醜聞を跳ねのけるために、様々な貴族との繋がりを作る必要があり、奔走していた。
最近のトリスタンは、犯罪者ゲイザードの弟として白い目で見られることもあれば、悲劇のホングレイブ家の息子と憐れみの目で見られることもある。
気分の良いものではないが、それも力に変えて頑張っていた。
しかしいかんせん余裕がない。
そしてまだ醜聞を忘れない世間は、トリスタンに縁談をもたらすことはなかった。
「なんだろう」
ミヒアの手紙は茶会の誘いだった。
「ドーラス様にも」
面倒くさかったのか、ひとつの封筒にドーラスへの招待状も捩じ込まれていた。
「へえ、茶会か!いいな。何かいい話が聞けるかもしれん」
情報交換に最適な茶会や夜会は、ドーラスは必ず出席する。
日時を確認し、すぐに出席の返事を返していた。
「お前のぶんもだしておいてやったぞ」
「え!ちよっとそれは」
「エスコートする相手がいないのはミヒア様も承知の上だろう。気にするなよ、私がいる」
そういうドーラスは妻を伴ってくるに違いないのだが。
上司の命令では仕方ない。渋々と頷くトリスタンであった。
工房の起ち上げに関わり、軌道にのせることに夢中で、急にコンテストと言っても頭の切り替えができなかったのだ。
「・・・今はこれ以上のものは作れないわ」
苦しんだわりには良く出来たとも言える。
しかしもっと早くから準備して試作を重ねていればと後悔も大きい。
眺めてはため息をつくナミリアに、ロリーンが態と大きくため息をついてみせた。
「もう!鬱陶しいわよナミリア様。ため息はやめて、それも良く出来てるから出してしまいなさい」
ナミリアのため息の理由は、誰よりもロリーンがわかっているが、今更なのだ。
今年の出来は正直微妙、入賞できたら幸運だろう。作品を作り続ける間には、そういう波が必ずあるものだ。今年の後悔を糧に、来年素晴らしい作品を作ればいい。
そう宥めて、コンテストに出品させた。
自身の推測どおり、ナミリアは入賞を逃した。
しかし寧ろそれでナミリアのやる気が増し増しになり、工房の仕事をひとりで抱え込むのはやめて分担し、自分の作品に当てる時間をしっかり確保するようになった。
「ロリーン、ナミリアさんを茶会に呼んでそろそろ引き合わせたいのだけど、どうかしら」
ロリーンはナミリアにトリスタンを紹介したいとミヒアから聞いて、ナミリアの様子を観察し続けている。
「そうねえ、ワンド子爵のことはまだ引きずっているみたいだけど、いつまでもうじうじしていても仕方ないし。次に訪ねたとき、もう一度レンラ子爵と話してみるわ」
レンラ子爵夫妻にはトリスタンが伯爵を継いだ直後に、ミヒアに頼まれたロリーンが打診済だ。
大きな醜聞はあったが、それを払拭する人物だと推薦した。メルカス公爵という強力な後見人がおり、文官見習いとして固い仕事もしているので検討してみてはどうかと。
実際のところ、どの家門にもひとりふたりは、醜聞や、それにとどまらずに犯罪を犯してしまう者はいる。
それゆえに、より本人の資質が大切だ。
「ところでその伯爵様のほうは、私たちのナミリア様をどう思っているのかしら?ミヒアの勧めなら間違いないとは思うけど、私はもうナミリア様が悲しい思いをするのは見たくないの」
「・・・それは私も同じよ。もう一度ちゃんと確かめてからロリーンにお願いするわ」
ロリーンの言葉にミヒアは気づかされた。
あのふたりならきっとお似合いだと、思い込んだのはミヒア。トリスタンにもナミリアにも、確かめたことはなかったのだ。
今や親友となったロリーンに感謝し、ちょっと慌てたミヒアはトリスタンを呼び出す手紙を認めた。
「イールズから使いが来ていたな」
目敏く気づくドーラスに覗き込まれると、黒髪のままのトリスタンはへらりと笑って頷いた。
トリュースことトリスタン・ホングレイブは伯爵となった今、後見人となった公爵家から教育係を迎えて領地経営を学びながら、文官見習いとして城に仕えている。
大忙しだが、兄の大醜聞を跳ねのけるために、様々な貴族との繋がりを作る必要があり、奔走していた。
最近のトリスタンは、犯罪者ゲイザードの弟として白い目で見られることもあれば、悲劇のホングレイブ家の息子と憐れみの目で見られることもある。
気分の良いものではないが、それも力に変えて頑張っていた。
しかしいかんせん余裕がない。
そしてまだ醜聞を忘れない世間は、トリスタンに縁談をもたらすことはなかった。
「なんだろう」
ミヒアの手紙は茶会の誘いだった。
「ドーラス様にも」
面倒くさかったのか、ひとつの封筒にドーラスへの招待状も捩じ込まれていた。
「へえ、茶会か!いいな。何かいい話が聞けるかもしれん」
情報交換に最適な茶会や夜会は、ドーラスは必ず出席する。
日時を確認し、すぐに出席の返事を返していた。
「お前のぶんもだしておいてやったぞ」
「え!ちよっとそれは」
「エスコートする相手がいないのはミヒア様も承知の上だろう。気にするなよ、私がいる」
そういうドーラスは妻を伴ってくるに違いないのだが。
上司の命令では仕方ない。渋々と頷くトリスタンであった。
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