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85話
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ミヒアの書状を受け取ったドレインは、飼い主に呼ばれた犬の如くイールズ商会にすっ飛んで来た。
「お久しぶりね」
「はいっ、お呼びくださいましてありがとうございます!」
まるで軍人のように、怒鳴るような挨拶でカチッと腰を曲げて見せる。
「ああそういうのはいいから、早くそこに座て。トリュース・・・は知ってるからドミー、彼はドレイン・トロワー。ほら、例の調査官よ」
「あ、あああ!」
例のと言われ、ドレインは居心地悪そうにむずりと動いたが、誰も注意を払う者はいない。
「これに目を通してくれる?」
ミヒアが差し出した写し紙に、斜めに視線を走らせていたドレインの顔色が変わっていく。
「これ、これはどうしたんですか?どうやって」
「ええ、お察しの通りちょっと違法なやり方でね」
ふふふと笑みを浮かべるミヒアは悪そうなオーラを放っている。
「え・・・」
口籠るドレインに焦れったそうに、ミヒアが引き出しから紙束を取り出すとドレインの前にバン!と叩きつけた。
「でもこういうものが間違いなくジメンクス伯爵家にあることがわかったから、あとは役人の皆さんがそれを正しく押収できるように動いてくれない?少なくとも、トルグス家とホングレイブ家は裏金を受け取っているわ。特にホングレイブとジメンクスは双方の記録が一致してる。税務部に確認なさい、ホングレイブが貰った金を申告していなければ、まずは脱税で検挙できるわよ」
そこまで言われて漸くドレインは頷いた。
「確かにそうですね、税務部ならこれでも十分か!」
「そうそう。それがわかったら早く動きなさいな」
手でシッシッと払われたことを屈辱と感じる間もなく、一礼したドレインは走って出て行った。
「ミヒア様、あの男は本当に役人ですか?随分と頭の回転が鈍いですが」
「残念ながら本当よ。しかも調査官とは、国もだいぶ人材が足りてないようだわね」
「まあ馬鹿と鋏は使いようと言いますから、いい上司が上手く扱えば・・・」
「上司が気の毒だわね」
ミヒアの評価はどん底のままだ。
笑い飛ばすドミーとは違い、トリュースはドレインの残り香を気の毒そうに見つめた。
「トリュースにはまだ頼みたいことがあるわ」
「何です?」
「ドレインがあんなだから、万一ジメンクスが気づいて逃げたりしないよう見張るのよ!あとホングレイブ伯爵もね」
「トルグス子爵はどうしますか?」
「トリュースに人手を貸すから差配して」
「え?」
トリュースは思わず自分を指さした。
「そうよ、ドミーは画商の仕事があるもの。いつまでもこっちをやらせるわけにはいかないわ」
言われてみれば至極当然。
「ええっ、せっかく面白くなってきたのに私は御役御免かあ」
「何を寝惚けたこと言ってるのよ。その時が来たらまた呼ぶに決まってるじゃない。今回のことで贋作を紛れ込ませたのだから、大事になる前に回収しなくちゃでしょ?だから暫し外してあげるだけよ」
年長者二人はニヤニヤと笑い、肘を突きあう。
トリュースは不思議な気持ちでそれを見ていた。
ミヒアはある時はどの貴族より貴族らしく冷徹な判断を下すが、反面貴族の夫人とはとても思えないようなフランクさを見せる。
今の、夫でも親戚でもない、一平民ドミーと肘を突きあうのもそうだ、男爵夫人としては有り得ない。
そんなトリュースの疑問に気づいたらしいミヒアは、口元を歪めた。
「言いたいこと、わかってるわ。トリュースくらいの年頃だと知らないのよね、私と夫は平民出身なの。商会を大きくした手腕で爵位を頂いたのよ」
ミヒアは堂々と胸を張っていた。
平民出身を隠そうとする者も多いが、ミヒアは自分の腕一本で成り上がったことが誇りなのだ。
トリュースはその強さや自信が眩しかった。
「お久しぶりね」
「はいっ、お呼びくださいましてありがとうございます!」
まるで軍人のように、怒鳴るような挨拶でカチッと腰を曲げて見せる。
「ああそういうのはいいから、早くそこに座て。トリュース・・・は知ってるからドミー、彼はドレイン・トロワー。ほら、例の調査官よ」
「あ、あああ!」
例のと言われ、ドレインは居心地悪そうにむずりと動いたが、誰も注意を払う者はいない。
「これに目を通してくれる?」
ミヒアが差し出した写し紙に、斜めに視線を走らせていたドレインの顔色が変わっていく。
「これ、これはどうしたんですか?どうやって」
「ええ、お察しの通りちょっと違法なやり方でね」
ふふふと笑みを浮かべるミヒアは悪そうなオーラを放っている。
「え・・・」
口籠るドレインに焦れったそうに、ミヒアが引き出しから紙束を取り出すとドレインの前にバン!と叩きつけた。
「でもこういうものが間違いなくジメンクス伯爵家にあることがわかったから、あとは役人の皆さんがそれを正しく押収できるように動いてくれない?少なくとも、トルグス家とホングレイブ家は裏金を受け取っているわ。特にホングレイブとジメンクスは双方の記録が一致してる。税務部に確認なさい、ホングレイブが貰った金を申告していなければ、まずは脱税で検挙できるわよ」
そこまで言われて漸くドレインは頷いた。
「確かにそうですね、税務部ならこれでも十分か!」
「そうそう。それがわかったら早く動きなさいな」
手でシッシッと払われたことを屈辱と感じる間もなく、一礼したドレインは走って出て行った。
「ミヒア様、あの男は本当に役人ですか?随分と頭の回転が鈍いですが」
「残念ながら本当よ。しかも調査官とは、国もだいぶ人材が足りてないようだわね」
「まあ馬鹿と鋏は使いようと言いますから、いい上司が上手く扱えば・・・」
「上司が気の毒だわね」
ミヒアの評価はどん底のままだ。
笑い飛ばすドミーとは違い、トリュースはドレインの残り香を気の毒そうに見つめた。
「トリュースにはまだ頼みたいことがあるわ」
「何です?」
「ドレインがあんなだから、万一ジメンクスが気づいて逃げたりしないよう見張るのよ!あとホングレイブ伯爵もね」
「トルグス子爵はどうしますか?」
「トリュースに人手を貸すから差配して」
「え?」
トリュースは思わず自分を指さした。
「そうよ、ドミーは画商の仕事があるもの。いつまでもこっちをやらせるわけにはいかないわ」
言われてみれば至極当然。
「ええっ、せっかく面白くなってきたのに私は御役御免かあ」
「何を寝惚けたこと言ってるのよ。その時が来たらまた呼ぶに決まってるじゃない。今回のことで贋作を紛れ込ませたのだから、大事になる前に回収しなくちゃでしょ?だから暫し外してあげるだけよ」
年長者二人はニヤニヤと笑い、肘を突きあう。
トリュースは不思議な気持ちでそれを見ていた。
ミヒアはある時はどの貴族より貴族らしく冷徹な判断を下すが、反面貴族の夫人とはとても思えないようなフランクさを見せる。
今の、夫でも親戚でもない、一平民ドミーと肘を突きあうのもそうだ、男爵夫人としては有り得ない。
そんなトリュースの疑問に気づいたらしいミヒアは、口元を歪めた。
「言いたいこと、わかってるわ。トリュースくらいの年頃だと知らないのよね、私と夫は平民出身なの。商会を大きくした手腕で爵位を頂いたのよ」
ミヒアは堂々と胸を張っていた。
平民出身を隠そうとする者も多いが、ミヒアは自分の腕一本で成り上がったことが誇りなのだ。
トリュースはその強さや自信が眩しかった。
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